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KallistoDreamProject  作者: LOV
その3:共鳴しない娘、やがてすべてが一点に
109/150

第51話

 約1ヶ月後。正確には27日後。


 イオは生まれて初めて社外で生活することを許された。会社から与えられていたあらゆる権限が剥奪される代わりに、あらゆる責務から解放されたのだ。いわばカリストと同じ、ただ世の中を生きていくだけの益体のないバイオロイドになったというワケである。これからは、生活していくためにアルバイトなりして自分で稼がなくてはならない。相応の貯蓄もあるにはあったが、会社勤めの頃とは打って変わって今や単なる未成年の娘だ、労働の対価として与えられる賃金など、たかだか知れているだろう。よっぽどの事態にでもならない限り、もう会社が護ってくれることもない。そう考えると非常に心細く、不安な気持ちになった。ずっとひとりで暮らしていたカリストが多少は偉く思えないことも無くない。

 荷物を運び込んだ小さな部屋。荷物と言っても、そう多くはない。1日もあれば元の自室のようにできるだろう。働いて、買い物をして、自炊して、眠り、夢を見る。今日から、この小さな部屋で、ひとりで暮らして行くのだ。


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 エウロパは小さなボール箱を手に、社内の廊下を歩いていた。生まれてこの方、社内業務などやったこともなかったため、慣れない作業に忙殺される毎日だ。事務仕事は決して苦手ではなく適正もあるにはあったが、どうにも性に合わないらしく、長らく自分自身のことをインドア派だと思い込んでいたが、今さらながら外にいる方が向いていたらしいことに気付かされた。が、もう後の祭りである。何にせよ、安請け合いだったとは言え、ひとたび請け負ったからには投げ出すわけにもいかないし不平不満もクチにすることはない。前向きに考えれば、そのうちに配置転換もあるだろう。一応は、どうしても我慢できなかったら交代する旨、ガニメデと口約束を取り付けてもいた。

 新しい上司のディオネは呆れ顔で、オヒトヨシにも程があると笑う。エウロパ自身も余りにオヒトヨシな決断だったと自省するが、カリストやイオの足元にも及ばないとも思う。あのふたりは互いのためなら、底抜けにオヒトヨシだ。そんなふたりを護ることができたのは、間違いなく今後の糧になる。自分のためではなく、利に流されるでもなく、誰かのために無償で尽力できたことに、エウロパは得も言われぬ充足感を覚えたのだった。


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 「片付け屋エンゾーガー」ことテティスは、いまだ一度たりとも任務をしくじったことがない。どのような状況であろうとも、いかなる外圧や邪魔が入ったとしても、自分の為すべきことを見誤ったり、作業に遅滞を来したことはない。それはもちろん、どのような無理な要求に対しても文句ひとつ言わずに実直に作業に当たってくれる同胞アンドロイドたちの存在あってのことだ。彼女たちは自ら良否の判断ができるにも関わらず、決してテティスの指示に異を唱えることをせず、揺るぎない信頼を寄せてくれている。それゆえに、時間を押してまでカリストとイオの帰還を待ったことを指摘する者も、その是か非かを計ろうとする者もいなかった。

 そんな同胞たちに、テティスは僅かに罪悪感を抱いてはいたが、その反面、自分の決断や判断を誤ったとは微塵も感じなかった。バイオロイドは絶対に同胞を裏切ったり見捨てたりはしない。たとえ会社の意に反していたとしても、あのふたりを護ることができたのならば、それは自分のことを信頼してくれている同胞たちへの最大の応えになると確信していた。


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 ガニメデは依然として社外活動を主にしていたが、カリストの警護と監視の任からは解かれた。現在は別命を請けて、件の外敵から会社と同胞を護る任務に就いている。見ているとヤキモキすることが多かったカリストから離れ、今は任務にだけ集中して当たることができるため、なかなか満足できる環境と言えた。

 ガニメデは漠然と、カリストとイオが何か道を示してくれるような気がしていたが、結果、具体的な結論に達することはなかった。結局、あのふたりはワアワア喚きながら右往左往するばかりで、きっとこれからもそうやって生きていくことだろう。しかし、もしかすると、そうやって生きていくうちに巨大な砂山の中から一粒のダイアモンドを見出すかもしれない。それならば、あのふたりを護りきったことには深い意義も意味もある。そして、それでもなおガニメデは、そのダイアモンドの在りかを実はカリストとイオはすでに知っていて知らないフリをしているだけなのではないかなと、そんなふうに考えている自分に気付き、苦笑いするしかないのであった。


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 我らがカリストは、今日も今日とて昼近くまでベッドの上で寝て過ごしていた。自分自身を根底から覆すような体験をしてもなお、そう易々とヒトは変わりはしない。だがしかし、多少は、ほんの僅かではあったが、変わった部分もある。カリストは漠然とではあったが、自分がどんな存在になりたいのか、何をやりたいのか、そういうことを少しだけ真剣に考えるようになった。ただ人生を生きることだけを課せられて生まれてきたわけではない。それは「最低限の義務」であり、そこから先、どのようにして自分を生かすのかは、それは自分次第だということに気付いたのだ。そして、望むままに生きることができる自分と、みんながいる。それはとてもシアワセなことで、恵まれたことなのだ。

 だけれども、とりあえず今日は昼まで寝て過ごすことにカリストは決めていた。決めていたのだが、それはチャイムの音とともに現れた来訪者によって、唐突に破られることになる。


「はあ~い♪」

 寝惚け顔で玄関から顔を出すカリスト。そこにいたのは、小さなボール箱の包みを手にした宅配業者だった。カリストは言われるままに受領書にサインし、小包を受け取った。差出人はアストラル技研ベルリン工廠とだけ記されていた。会社からである。

「??……なんだろ~? お菓子とかかなっ♪」

 逸る気持ちを抑えようともせず、カリストは玄関先で立ったまま小さなボール箱を開けた。

「あっ! コレってば……!?」

 ボール箱の中には、あの地下壕の中でカリストが発見した純銀のシガーケースと、鉄十字章、そして、ラミネート加工された古い手紙、さらに差出人からのメモも同封されている。メモにはこう書いてあった。

『これがどういう価値のあるモノなのか私には判らないし、会社も特に興味を覚えなかったようだから、発見者のあなたが預かっていても問題ないと思う(鈎十字が彫ってあるから安易に人目には晒さないように注意すること)。あなたの友だちエウロパより』


 カリストは清浄な気分でベランダに出た。手摺りに寄りかかり、昼下がりのポツダムの街を見渡しながら、ここ半年ばかりの出来事を思い返してみる。楽しくないことも時々あったが、それでもやっぱり楽しいことの方がずっと多かったように感じられる。実際、楽しいことばかりだった。これからも、きっとそうだと思う。


 長らく空き部屋だった隣の部屋のベランダに人の気配がしたので、カリストはそちら側へ反射的に顔を向けた。新しい隣人は自分と同じようにベランダから外の景色を眺めている。

 カリストは満面の笑顔で声をかけた。

「今日からお隣だねぇ♪」

「そうね。これからも、よろしくね」

 イオもカリストの方へ顔を向け、笑った。


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 Wie wir wollen, können wir leben.


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KallistoDreamProjectのお話は、ここで一旦エンドマークを打たせて頂くことにしました。

まだ書きたいことの半分も書けていませんし、伏線や伏せてあるエピソードの回収もしていないのですが、身の回りが忙しくなってきたこともあり、中途半端な状態で書き続けても空中分解する怖れがあるため、気安く「次に続きます」とは言えませんので……。

とは言え、せっかく4年余りも書き続けてきたお話なので、コッソリと書き続けてみて、どうにかモノになりそうなら再開したいという気持ちもあります(まるでアテになりませんが)。終盤に行くに従って百合色も薄まる一方だったので、その辺も不本意でしたしね。

最終話なのにメチャクチャ淡泊なのは、筆者の傾向なので、ご理解ください。


いずれにせよ、こうも展開の遅い、ただ惰性のように続いていたこの物語に最後まで付き合ってくださった皆様に、ひたすら感謝致します。

ありがとうございました。

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