第49話
いったい何が間違っていたんだろう。どこで私は選択を誤ってしまったんだろう。もしかしたら、こうなる前からカリストはサインを出していたのに、それに私が気付けなかっただけなのかもしれない。だけど、もう後悔なんてしても仕方がない。それに、私はカリストに失望もしていないし、ましてや怨んでなんていない。カリストがいてくれたから、私はここまでやってこれたんだろうし、この後のことは知らないけど、ここまでは本当に幸せな人生だったと思う。本当にそう思う。
だから思ったような結果にならなくて残念には思うけど、やっぱり私はカリストに添い遂げることに決めた。カリストを置いて私ひとりで還ることはできるけど、そんなことをしてまで生きていける気がしないから、互いのムネの火が消えるその時まで、ずっと一緒にいる。もうカリストが私のことをどう思ってるかなんて気にしない。カリストのココロを護ってあげられなかった贖罪としてではなく、私は私にしたいように私の人生を決めた。ずっとカリストと一緒にいる。何も生み出さなくても、何の意味が無くても、最初からそうだったように、最期の瞬間まで、私はカリストと……。
……最初から?
「最初から」、いま確かにそう思った。カリストのことを思うとき、今までずっと当たり前のようにそんなふうに考えていた気がする。この「最初から」は、エンケラティスとしてカリストとコンタクトを初めて取った時から、という意味ではない。そのもっと前からだ。そのもっと前から、私はカリストを知っていた。違う。「知っていた」なんて程度じゃなく、もうすでにカリストのことを愛していた気がする。
よく判らないけれども、私は最初からカリストを愛していた。その最初っていつ? そして、ここはどこ? 間違いなく見覚えがある。私はここか、もしかしたらここと同じような場所で、ずっと前にカリストに会ったことがある。夢や思い違いだと思っていたけど、今なら断言できる。そしてあれは……現実世界の出来事じゃなくて、きっとここと同じような仮想世界での出来事だったんだ! そしてあの時、カリストが……たぶんカリストが私のココロに触れてきたんだ!
あの時、私とカリストは結ばれていたんだ……!
リリケラやエウロパが言っていた、なぜ自分だけがカリストを救うことができるのか、漠然とではあったが、今なら彼女たちが何を言わんとしていたのかがイオには判るような気がした。どのような理由によるものなのか、これもまた会社の何らかの思惑があってのことなのか、あるいは何かしらのテストケースなのかは判らないが、とにかく、これといった決定的な出来事があったワケでもないままに、理不尽なほどに惹かれ合う自分とカリストの特殊な関係性の根底にある「何か」をイオは悟った。確証はないが、恐らく厳然とした理由があってのことだろう。現実世界に暮らしているときにはまったく感じられなかったが、仮想世界に深く入り込むことによって、若干だが記憶の奥底に沈んでいた「何か」の欠片が浮揚してきたものらしい。
イオは単体では意味を為さないそれら記憶の断片をジグソーパズルのように繋ぎ組み貼り合わせ、おぼろげながらも自分とカリストがいかなる理由で現実世界に降り立ったのか、その手掛かりを見出した。言葉では巧く表現できないが、もし、その推測が正しければ、イオはカリストを連れて現実世界へと還ることができる。カリストが何に傷つき、それをどのようにしてやれば癒すことができるのか、まだそれは判らないけれども、とにかく現実世界に連れ還ることさえできれば何とでもできる気がする。こんな時間の流れすら感じられないような場所にいるから、イロイロとよからぬ考えが浮かんでくるのだ。
イオは見る見るうちに覇気を取り戻していく。面倒な理屈などはもう必要がない。
「ねえ、カリスト、聞いて」
「なあに~。イ~オ~、もう還りなよ~」
依然としてカリストは不貞腐れたように横たわったまま、動こうともしない。しかしイオはもう怯まなかった。
「あんたさ、いい加減にしなさいよっ!? 私とあんたは、現実世界に還らなくちゃいけない」
先程までとは打って変わって、イオの言葉は普段のように力強く勇ましかった。カリストを想う余りの優しさと鋭さがあった。そんなイオに気圧されたのか、カリストの口調も心なしか普段のようなホエホエとした間の抜けたようなものに変化したように感じられた。
「んえ~。イイよ~。わたしってば、ココでゴロゴロしたりボケーッとしたりして寝て過ごすよ~」
「バカっ! ココだろうが現実世界だろうが、どうせあんたなんてどこにいたってゴロゴロしてボケーッとして寝てばっかりじゃないっ!? いい? 私はあんたと一緒に現実世界に還って、ふたりで楽しく過ごしたいの。一緒に美味しいモノ食べたり、映画を見たり、他愛のないお喋りしたり……時にはケンカをしたりするかもしれないし、現実世界はイロイロ大変でイヤなことも多いけど、それでも、私はあんたと一緒に生きていくのっ! 最初から、今も、これからもよっ!」
そしてイオはカリストの傍に寄り、その肩に手をかける。何かがパチンと弾けたように感じた。