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KallistoDreamProject  作者: LOV
その3:共鳴しない娘、やがてすべてが一点に
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第48話

 仮想空間内での出来事ではあったが、イオの目にジンワリと涙が滲んでくる。カリストが、あのカリストが・・・・・・・、ココロを折ってしまった! イオにとって、それは何の前触れもなく太陽が一瞬にして蒸発して消え去ってしまうくらいに有り得ないことだった。

「で、でもっ……ほらっ、現実世界には、私やみんながいるわ……こんな部屋にいたって誰ともお喋りできないじゃない? 一緒にお菓子食べたり、アルバイトしたり……それってすごく楽しいことだったじゃないっ!?」

「んう……楽しければイイってワケじゃないよ~。もうココに独りでいるのが楽なんだってば~」

「なっ!? ば、バカっ! 自分が何言ってるのか判ってるのっ!? あんたがそれで良くったって、私やみんなの気持ちも考えなさいよっ!?」

「……そゆコト、もうイイよ~。なんかそやってみんなに良くしてもらうのも、ホントはそんなに楽しくもないのに笑って過ごすのも、もうイイや……」

 なんということだ。信じられない。イオは空前絶後の衝撃にアタマがガンガン鳴った。ある意味、イオにとってカリストは一種の指針だったし、憧れだった。率直に言ってしまえば、些末な常識や習慣に囚われることなくノビノビと生きるカリストを尊敬さえしていたのだ。しかし、泰然自若、天衣無縫、自分の願うように自らを生かしているように見えたカリストが、何かムリをして生きていたというのだろうか? そして、そんなカリストが他者との関わりを自ら断とうというのだ。ムネにドカンと穴が空いた気がする。滲んでいた涙が、いつしか雫になってイオの頬を伝った。

「もうイイって……!? どういうことよっ……!?」

「わたし、最初っからココにいて、お外に出ないほが良かったのかも。そしたら苦しいコトも悲しいコトもなかったし……それに、わたしたちみんな、ココから出たいなんて誰にも頼んでないのに、どして勝手に決められちゃったのかな……なんでわたしたちだったんだろ……」

 どのような思惑や経緯があってカリストがそういう考えに至ったのか、イオには想像も付かない。しかし、ある点に関しては合点がいった。外部電源や冷媒の接続を拒絶したり、グズグズと珍問に答えさせたりしたのは、現実世界に還らないというカリストなりの明確な意思表示だったのだ。

「そ、そんなっ……!」

 カリストは意識することなく個人と個人とを結びつけるような、そんな才能の持ち主だという確信をイオは持っていた。そんなに大それたことではなく、ほんの少しだけ世の中に作用する、解れた小さな結び目を繋ぎ止めることができる不思議な作用。その信じがたいほどに朗らかな笑顔や仕草でもって、まるでタクト1本でオーケストラをコントロールする指揮者のように、極めて局地的ではあるが、この世界から喪われて久しい完璧な調和を取り戻す天与の才能を。

 それはもしかすると何の実利もない才能かもしれなかったが、この沈滞しきった世の中に絶対に必要な特性だ。あらゆる科学技術が窮まり、経済や市場原理が旧世紀ほど意味を為さなくなった時代に、ついに人類が突き詰めて真剣に向きあわなくてはならない最後の課題のヒントとして。人類の行く末を左右しかねない希有な才能の持ち主が人間ではなくてバイオロイドだということ、そしてそんなバイオロイドに恋をしているということに、イオは誇りを感じていた。

 しかし、そのカリストが、自らが望んで、他者ひいては世界との繋がりを断ち切り、要は、生きることを諦める、即ち、仮想世界の奥底に沈みながら緩慢な死を望んでいるというのか。何事にも失望することのないカリストが、おそらく自分の人生に失望してしまったというのか。大袈裟な言い回しかもしれないが、世界がカリストを見放したのではなく、世界がカリストに見放されてしまった! そして、そうなる前に食い止めることができなかった自分に、イオは情けなさと怒りを覚えるのだった。

「イ~オ~? 泣いてるのかなっ? どして~?」

 カリストは相変わらず背中越しのままで、励ますでも気遣うでもない感情の薄い言葉で不思議そうにイオに声をかける。イオは自分が嗚咽をあげて泣いていることに気が付いた。誰のために、何のために泣いているのかは判らなかったが、寒気と吐き気がするほど悲しかった。その突き刺さるような強烈な悲しみは、命懸けでもカリストを連れ還るという崇高な使命感を挫くのに余りある。

「うっ……! ぐっ……!」

 歯をガチガチ鳴らしながら、イオは混濁していく思考を奮い立たせようと目の前に横たわっているカリストのか細い背中を睨み付けるが、その姿は涙で滲んで、それがさらに悲しみに拍車をかけるばかりだった。もしかするとまだ他に何か説得の手段はあるかもしれなかったが、あまりにも衝撃的なカリストの姿にイオは理知的なモノの考え方ができない。カリストと同様に、もはや単に深く傷ついた思春期の少女でしかなかった。

「うぐ……あ、あんた、それじゃあ、私はっ……どうすればイイのよっ……!? 何のためにこんなとこまで……そ、それに、あんたがいないと、私っ……!」

「……そなこと言われたって、わかんないよ~。イオといっしょにいるの、楽しかったけど……もう……わたし……」

 諦めきったような冷めたカリストの口調に、イオは世界が歪んでいくのを感じた。ここまでの自分を形作っていた、カリストとの様々な想い出や出来事、それらすべてが水彩画に汚水をぶちまけたかのようにグチャグチャになっていくような気がする。もうこれ以上、虚ろになったカリストの言葉を聞きたくはなかった。決定的な何かが壊れていくような気がした。

 カリストの少しだけ申し訳なさそうな、悲しそうな呟きを、イオは遙か遠くに聞く。

「……もう、イイよ……イオ、いままでずっと優しくしてくれてアリガト……もうわたしのことなんかほっといて、イオはひとりで還るのがイイよ……」

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