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KallistoDreamProject  作者: LOV
その3:共鳴しない娘、やがてすべてが一点に
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第47話

 瞼の向こう側、真っ暗だった世界に薄ぼんやりとした光を感じる。背中側全面に重力が掛かっている、即ち、仰向けに横たえられていることを確認してから、ゆっくりとイオは目を開いた。目だけをキョロキョロと動かし、漠然と周囲を見回す。人工的な白色光に満たされた、小さな白い部屋。見たところ部屋は床や壁の全面にクッション加工が施されており、明るさは充分すぎるほどであるのに、どうにも独房のような雰囲気である。見た瞬間に明らかに見覚えのある部屋だと感じたが、いつどこで見たのか記憶が曖昧で確信には至らなかった。

 イオは小さく息を吐いて、上体を起こす。そして自分が全裸であることに気が付いた。

「なっ!? ちょっ!?」

 イオは叫んでカラダを竦め、誰にともなく喚き散らす。

「ふ、服っ! 布きれでもタオルでもイイから寄越しなさ……!?」

 と、そこまで叫んでから、自分の脇に白い布がたたまれて置かれていることに気が付いた。おそらく最初から用意されていたのであろうが、部屋が白色光に満たされているため、視認できていなかったのだ。慌ててその白い布を広げてみると、それはアタマからスッポリ被るタイプの簡素なワンピースで、イオは最速でそれを身に纏い、どうにか人心地ついた。

「ここって……?」

 改めて部屋の中を見回してみたが、当初に知り得たこと以外に、新たな情報など得られそうにはなかった。ただ白い光が照らす狭い独居房のような小部屋で、出入り口も窓らしきものも見当たらない。何か特殊な照明装置によるものなのだろう、部屋を照らしている白い明るい光の出所も判らなかった。

 しかし、ふと我に返って思い直してみると、そもそも、この部屋は(誰の手によるモノなのかは別として)間違いなく仮想世界の産物なのだ。部屋の内装やら仕組みやらを考察したところで何の意味もないのである。しかしながら、イオの思考は明瞭ではあったが、時の流れから切り離されてしまっているため若干の混乱があった。漫然とカリストを迎えに来たということだけは理解していたのだが、ここが現実世界なのか仮想世界なのか、そもそもここへどうやって来たのかさえ気にならなくなってしまっている。

 イオは小難しいことを考えないままに、部屋の中を時計回りに歩き回りながらクッション材に覆われた壁面を触ってみたり叩いてみたりしたが、特に何の手掛かりも得られない。仕方ないので部屋の真ん中に座り込み、今度は小難しいことを考え始めた。

「いったいここって何? 私はカリストを連れ還りに来たのよね?」

 時間が充分にあるのは判っていた(時の流れから解放されているのに、奇妙ではあるが)。イオは半ば途方に暮れながら、半ば泰然とした心持ちでカリストを連れ還る算段に思いを巡らす。どのような経緯を踏まえたのか若干自信は無くなりつつあったが、とにかくカリストを追ってこの部屋に辿り着いたのは間違いないのだ。

「……ってことは、もしかして、ここが、この部屋がカリストの“内側”ってこと? カリストの……ココロの中?」

「そだよ~」

 不意にイオの背後から、聞き慣れたような懐かしいようなカリストの声が聞こえた。少しだけギョッとしながら慌てて振り返って見ると、そこにはイオに背を向けるようにして力なく横たわるカリストの姿があった。イオがこの小部屋で自らの顕在を確認したときと同様にカリストもまた全裸だったが、状況が状況なので、それに対して気持ちの昂ぶりを感じることはなかった。

「この部屋がわたしの“内側”……わたしのココロの中なんだよねぇ」

 信じられないくらい元気のない、どこか虚ろな口調でイオに背を向けたまま状況を説明する全裸のカリストは、自分がハダカだから恥ずかしくて振り返らないのかといえば、どうやらそういうワケでもなさそうな雰囲気であった。即ち、この部屋がと言うよりも、(奇妙な言い回しであるが)このカリストこそがカリストそのもの、まさしく「剝き身のカリスト」なのだ。

 それを瞬時に理解したイオは、だからこそ、それ以上カリストに近寄ることも、振り向かせようとすることもできなかった。これ以上カリストと強く接触してしまうと、互いに融けてしまい自己同一性が保てなくなってしまいそうな気がしたし、何よりカリストを傷付けてしまうようで怖かったのだ。

「と、とにかく、還るわよっ!? あ、あんた、こんなとこにいつまでも引き籠もってたら死んじゃうわよっ!?」

 この「剝き身のカリスト」を説得しなくては、カリストを連れて還れない。陳腐な言い回しではあるが、まさしく絵に描いたような「タマシイとタマシイのぶつかり合い」を演じることになるのだろう。

 しかし、案の定というか、カリストの返事はつれないモノだった。

「……イヤだよ~。ここでボーッとしてるのが楽しいんだも」

「いったいどうしたっていうのよっ? 何だっていうのよっ!?」

「何もないよ~。でも戻っても楽しいコトなんて全然ないんだも……それだったら、ここでボーッとしてれば、イヤなコトも苦しいコトもないし……」

 これがカリストのクチから発せられた言葉だとは、にわかにはイオには信じられなかった。しかし悲しいかな、この言葉の主は現実世界でのカリストではなく、いわば真実のカリスト、カリストの意識下にある真実の吐露なのだ。これが本当の今のカリストの気持ちなのである。

「たっ、楽しいコトなんて……ほっ、ほらっ! ツチノコ探しとかあるじゃない!?」

「ツチノコちゃんなんて実在するわけないよ~。進化論的にも動物学的にも不自然だし」

「そ、それじゃ、戦車の模型とか創るの楽しいじゃないっ!?」

「時間潰しで創ってるだけだし、戦争兵器の模型だなんて、反社会的で、なあんにも生産性のない愚行だよ……」

 イオに背を向けて寝そべったまま、モゾモゾと返答するカリストは、まるで夢破れ人生に裏切られたと思い込んでいる大人のように、明らかに投げやりになっている風であった。もはやカリストのココロは挫かれ、現実世界で眩いばかりに輝いていた人間性も、天真爛漫で朗らかな可愛らしさも、ついに喪われてしまったようにイオには感じられたのだった。

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