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KallistoDreamProject  作者: LOV
その3:共鳴しない娘、やがてすべてが一点に
100/150

KALLISTO meets Girl Xmas Edition

クリスマス用の特別篇です。

現在進行している本篇とは直接の関わりはありません。

 2169年の時点でアストラル技研が創り出したバイオロイドの総数は約50体ばかりだとされていた。その中にはイオやエウロパやガニメデ、もちろん(何の役にも立っていないが)我らがカリストも含まれている。

 その多くはイオのように基本的には社内に留まるか、エウロパらのように主活動を社外で行っていても会社に属し続けることが大半で、カリストのようにワケの判らない何らかの理由により社外で勝手気ままに生活しているなどというのは例外中の例外である。もっとも、今となってはカリストが社外で好き勝手に暮らせている理由も明確であり、そういった意味ではカリストとて会社の管理下にキッチリと収まっているワケである。かつてヴァレンタインがイオに説明したように、バイオロイドには企画段階から製造、そして運用に至るまで、想像を絶する過剰なまでの様々なリソースが投入されており、どのような理由があったとしても(たとえカリストのような不出来な娘だったとしても)易々と所有と管理を放棄するワケにはいかないのである。

 そして会社がバイオロイドを絶対に手放しはしないのと等しく、バイオロイドもまた、本人がその不自由さに呆れ、理不尽さを嘆くほどに会社に対して強い帰属心と愛着を持ち続けている。悪く言うならば完璧に手懐けられた社畜であるが、バイオロイドの任務は重責である反面、社内での待遇はすこぶる良好なため、逃げ出したくなるほど自分が酷い境遇に置かれていると思っているバイオロイドは稀である。また、それ以上にバイオロイドを会社に縛り付けているのは、イオのように会社に対して疑いを持ちながらも、仲間であり姉妹である愛すべき同胞バイオロイドたちを裏切ることができない、裏切りたくないという強烈な縛めに依る部分も大きい。それはカリストのように自由闊達な娘ですら抗うことのできない一種のバイオロイドの本能のようなものなのだ。



 クリスマスの夜を含め、イオは結局のところカリストの部屋に2泊していった。2泊目の日は会社に無断欠勤であったが、やむにやまれぬ一身上の都合である。生きていれば絶対に譲れない瞬間というのが誰にでも訪れるのだ。カリストも無理に引き留めたわけではなく、何となく場の雰囲気がそうさせたと言うより他にないのだが、このハナシはまた別の機会とする。

 夢のような2日間を終え、イオを駅まで見送り泣く泣く袂を分かったカリストだったが、気分は上々であった。雪がうっすらと積もったポツダム市街は寒かったが、天気は快晴で穏やかである。まだ昼過ぎということもあり、このまま自室に引き返してイオと過ごした時間を思い出してニヤニヤして1日を終えるというのは多少勿体なく思えた。なので、カリストはバイト先でもある喫茶店に寄って、昼食を食べることにした(実際はオーナーにゴチソウしてもらうワケだが)。

 ところで、この喫茶店、店名がない。軒先には「喫茶店キャッフィ」とだけ看板が上がっているし、オーナーもカリストも誰しもが「喫茶店キャッフィ」と呼んでいる。店は赤レンガと古い滑らかな木材で構成され、壁の一部が白亜仕上げになっている三角屋根の平屋で、周囲を灌木と数本の栃の木マロニエの古木(カリストが作ったドングリケーキのドングリの生産者である!)が囲み、レンガ造りの煙突が白い煙をたなびかせていたりして、どちらかと言えばメルヘンな外観である。オーナー曰く、200年くらい前から建っているとのことだが、実際はもっと古くから建っているらしい。そんな趣のある喫茶店で数人のメイド服を着た若い娘が給仕しているのだからもっと繁盛しても良さそうなものであったが、なぜか依然として客足はイマイチであった。店に具体的な名前がないというのがその原因のひとつだったことが後々に判明するのだが、これもまた別のハナシである。

 今やカリストはこの愛すべき小さな喫茶店に並々ならぬ愛着を持っていた。相変わらず週に1日、多くて2日ばかりの、たかだか数時間の勤務ではあったが、この店で過ごす時間はイオと過ごすそれと同じくらい心地良く、また、自分と世界を繋ぐ数少ない「ホームグラウンド」に感じられるのだ。

 そう、この喫茶店で働いている間だけは、カリストは社会という円環の中に組み込まれるのだ。ここではカリストは「ウェイトレス」という名前のない存在になり、給仕という仕事を与えられ、いわば社会の構成員、味も素っ気もない言い方をするならば「歯車」のひとつになって働く。それは一般的にはネガティヴな言い回しであったが、むしろ普段は「ほとんど何とも噛み合っていない歯車」であるカリストにしてみれば、実に面白く楽しいことであった。もっとも、週に数時間しか働いていないから、こんな気楽な捉え方ができるのであろうが。

 この喫茶店ではオーナーと、件の事件の後に改修されて店に引き取られたアンドロイドのメアリ、カリスト、そして、他にも数名の学生アルバイトの女子が働いている。常に店にいるのはオーナーとメアリだけで、後のアルバイトは少々忙しい時間帯に入れ替わり立ち替わり出勤している。メアリが来て以来、元から閑古鳥が鳴くような店なので誰ともシフトが重なることもく、カリストは他のアルバイトに会ったことがほとんどなかった。自分以外にどのような女のコたちが働いているのか多少は気になるカリストではあったが、わざわざ覗き見しに来るほどのことでもないため、棚晒しになったまま今に至っている。オーナーが言うには、カリストより料理のウデや愛嬌には劣るが、みんなカリストほど怠け者でもないしフニャフニャもしていないらしい。


「あっそびにきったよ~♪」

 朗らかに挨拶しながらカリストは喫茶店のドアを開ける。相変わらず店は客の姿はなく、数百年間変わっていないのではないかと思えるような心地良く微睡んだ雰囲気だ。オーナーは半分は飾りのような小さな暖炉に薪をくべていて、メアリはカウンタでグラスを磨いているところだった。

『カリストさん、こんにちは。今日はお食事ですか?』

 機械的損傷のため件の事件の記憶を喪失してしまっているメアリだったが、それでもカリストに対しては他の者に対するよりも随分と親身で積極的に会話をしてくる。その語彙や言い回しも当初よりも遙かに柔軟かつ洗練されてきており、これは明らかにカリストの無意識の努力の賜物だろう。

「うん♪ えへへ♪」

「おう、カリストか。悪いが今日はたいした食い物はないぞ」

 オーナーが火搔き棒を手に振り返り、作為的な苦笑いでカリストを揶揄する。この男はカリストがバイオロイドだということを知る唯一の一般人であるわけだが、本人曰く「人間ができている」ため、カリストがバイオロイドだということを知った後もまったく態度が変わっていない。本当に人間ができているのかもしれないが、恐らくカリストと同じくらい楽天家なのだろう。会社関係以外にまったく身寄りのないカリストにしてみれば非常に頼もしく心強い存在であった。おカネは貸してくれないが、いつでも食べ物だけは食べさせてくれる。

「まいすた~♪ めり~くりすま~すフルォヴァイナッヒェン♪」

「ああ、おめでとう。……ん、クリスマスは昨日じゃないか。そういや、なんだ、イオと楽しく過ごせたのか?」

「うんうん♪ えへへ♪ えへへ~♪」

 カリストが余りにもフニャフニャと喜色満面なので、オーナーはあえてそれ以上は深く聞くことをやめたようだった。

「そういや、今日はこれから新しいバイトの娘が面接に来るんだ。もうすぐ来るだろうから、食い物は自分で勝手に用意して勝手に食っていってくれ。変にちょっかいかけないでくれよ?」

「ふぇ~!? 新しいバイトのコが来るんだ~? すっご~い♪」

「お前さんと同じくらいの歳の学生だそうだ。月曜日のシフトにずっと入っていてくれた娘が大学に進学するとかで先週で辞めちまってなあ。仕方ないから急遽募集したんだ。まあ、お前さんと一緒に仕事をすることはないだろうが、仲良くしてやってくれ」

 この男、面接をする前に実質採用を決めてしまっているらしい。カリストが面接に来たときも履歴書も用意していない上に身元すら怪しげなのにも関わらず即決で採用したという経緯もあり、その辺は実に行き当たりばったりな性質なのだ。


 ややして、カリストがカウンタでチェストナッツとアンズのシュトレン(明らかにクリスマスの余り物だ)を食べていると、カランとドアベルが鳴って店内に少女が姿を現した。長い黒髪と美しいながらもやや憂鬱そうな顔立ちからして、ゲルマン系ではなくスラヴ系らしい。小柄な上にカラダの線が相当に細く、そのスラヴ系少女特有の若干病的にも見えてしまう物憂げな表情の印象もあって、同世代のカリストとは見事に正反対の雰囲気であったが、充分に美しい少女と言えた。

 視線がぶつかるよりも早く、カリストは声をかけずにはいられない。

「こにちは~♪ わたしカリストよろしくねっ♪ カワイイねぇ♪」

「……こんにちは……私はネレイド」

 少し怪訝そうな顔でネレイドは挨拶し、それからカリストの顔をまじまじと見つめ、言う。

「あなた……私とどこかで逢ったことがある……?」

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