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機械仕掛けの白い雪 2

作者: コインチョコ


白雪が(うち)に来て二日目になりました。


「アキラ、アキラ、お腹減りました。 ごはんをください!」


普段ならまだ寝てた時間だが、今日は白雪のモーニングコールならぬ、腹減ったコールで起こされた。


目覚ましのような人間の本能を刺激する雑音を奏でる不愉な機械とは違う。


起き抜けにかけられた声質は、耳に優しい穏やかな声。

平日の寝起きにも関わらず、気持ちよく朝を迎えることができた。


俺の肩をつかんで揺するアンドロイドのものとは思えない柔らかい手の感触と暖かさ。

大人用の()()な方面仕様のアンドロイドだと生身の女の子の肉体を完全に再現した体温と感触、肉質があると言うが、白雪の手から伝わる感触は人間と変わらない。


さすがは特注品。高いのは伊達じゃない。

むしろお値段以上(プライスレス)か?


今日から毎朝、美少女アンドロイドに起こしてもらえるならそれも悪くないかもな。


「むー! おーいしー!」


「そりゃあ良かった」


朝からステーキなんてよく食えるなこいつ。

白雪は他にもミートピザ、ホットドッグ、カツカレー大盛と、見てるだけで胸焼けを起こしそうな量をペロリと平らげてる。

俺は玉子とレタスのサンドイッチを一切れしか食べてないのに、もう腹が膨れてるってのに。


「これがお肉っていうんですね! わたしの初期記憶にも乗ってましたけど本物は初めて食べました!

たんぱく質とはこんなにもおいしいんですね! 付け合わせのニンニクとお芋も最高です!」


「それ一応、ランクの低いやつなんだけどな」


労働意欲を失くさないためという理由で、プリンターで製造できる食料品はランクの低いモノだけと設定するのが法律で義務づけられてる。


水分だって消毒された水だけで、ジュースやお酒のような嗜好品は創ることができない。

最新のマンガやCD、DVDなども同様の理由で創れない。


【違法プログラム】ってやつをどこかで買えば、最高級の食べ物やお酒をいくらでも創れるみたいだけども、サラリーマンの年収くらいするらしいし、違法プログラムのインストールは殺人よりも重い罪になるから、捕まったら最低で二十年はシャバに出てこれなくなる。


バレないようにするってのも無理だ。プリンターは常に販売会社に監視・管理を受けてる。

違法プログラムを入れたら一発でバレて人生終了、ターンエンドだ。


質のいい食べ物や娯楽が欲しければ、働いて買うしかないのだ。

もっとも、何千、何百年前の古代のマンガとかは例外らしいが、それも過去の文献が残ってるものしか創れないので、大半は未完のままだ。二千年前に空前の大ヒットを記録したONE P○ECEとかがまさにそうだ。


結局、一繋ぎの大秘宝はなんだったんだよクソッタレが。


「おーいーしーいー!」


てか白雪どんだけ飯食うんだよ。

普通の人間の十倍とかそんなレベルじゃねーぞ。


「ごちそうさまでしたー!」


「はいはいお粗末様」


朝ごはんを食べ終えた白雪の前には、大食いの世界記録を

余裕で狙える数の空っぽのお皿が並んでいる。


俺の胸くらいの身長しかない小さな身体のどこにそんな量の食べ物が入るのか。


胃袋にあたる人工器官が大きいのか、食ったそばからナノマシンがバイオエネルギーに変えてるとしか思えないほどの食事量だ。


満腹になった白雪は幸せいっぱいという面向きで、昼にはなにを食べようかとプリンターのメニューを眺めて悩んでるご様子だ。

朝飯のデザートにチョコミントアイス1kgとケーキをホールで食ってる癖に。


お前食欲無限にあんの? 胃袋ブラックホールなの?


製造数日のアンドロイドとは思えない食っちゃ寝ニート一直線のとんでもない堕落ぶりだ。

白雪はまだ市民登録もされてないアンドロイドだから、人権も市民権もないのだから外に出られないんだ。

多少はしょーがねーだろ、赤ちゃんなんだから。


「むっ! アキラがわたしをバカにしてる気がします!」


「してる気がする、じゃなくて実際してんだよ」


「というか、そろそろガッコーというものに行かなくてよろしいのですか?」


白雪に指摘されて気づく。もう八時じゃん。学校が始まるのは八時半からだ。

家と学校の距離はおよそ十キロ。


「やべぇ!!入学二日目で遅刻はしゃれなんねぇ!」


授業開始初日から遅刻寸前なんて有り得ねえ。

でも急げばまだ間に合う。


慌てて準備する俺の横で食後のお茶を飲んでる白雪に割りと本気でカチンときたが、これ以上こいつに構う時間もないので急いで家を飛び出した。


「いってらっしゃ~い」


ティーカップ片手に優雅に手を振るアンドロイドを無視して俺は学校へと急いだ。


冬明けの寒さが残る、春先の一幕だった。





天魔学園高等部。


俺が今日から通う学校。中学と高校が一緒の一貫校で、中学時代はここの中等部に通ってた。


「で、見事に遅刻しちゃったと」


「そう言うことだ」


「ひゅー! やりますねぇ!」


天魔高校史上、歴代最速の遅刻を決めた俺を茶化すのは、幼なじみで親友の一二三 数馬(ひふみ かずま)(カズマ)と話してるアキラ。

俺の親友で数学が得意な野郎だ。運動については俺以下だけど。


「しっかしお前んちはいいよなぁ。 時空転送装置(テレポーター)があるんだからギリギリまで寝てても遅刻とか絶対しないもんな。 あれプリンターじゃつくれねーんだよクソが!」


「いや買えよ! お前結構仕送り貰ってるだろ!」


「んなもんほとんど将来富豪ニートやるために貯金しとるわ!」


「クズかよ!?」


アキラのクズ発言にカズマは驚きを隠せないようだ。ハハハ、驚け戦慄け膝まずけ。


「おい、周りの奴らお前のクズ発言に引いてるぞ。 少しクズキャラは抑えてた方がいいぞ?」


「だいじょーぶ!だいじょーぶ! これは素だからさ!」


「余計大丈夫じゃねえよ!?」


俺の隣の席に座ってる金髪の童顔男が「うわぁ……」と引いてるのが聞こえた。おいこら失礼だろこら。

俺がそいつの方に顔を向けると、サッと目線を反らして隣にいる黒髪の清楚美人さんと親しそうに会話を始めてた。


で、俺は俺でカズマと駄弁ってたらHR(ホームルーム)が始まりました。


教室に入ってきた先生はかっちりスーツを着こんだがっしり体型の男。その体型は服の上からでも鍛えているのがよく分かる。

その威圧的なオーラに充てられて、俺たち生徒は示し会わせたかの如く、ピタリと口を閉じて誰も言葉を発しようとしない。


ゆっくりマイペースに教壇に立った先生は席につく生徒(俺たち)のホログラムディスプレイに、自分の名前を表示する。

衝撃のあまり言葉を失う俺たちに構うことなく、先生の自己紹介が始まった。


「私がこのクラスを担当する、【竜宮路(りゅうぐうじ) 小太郎(こたろう)】だ。 これから一年、この一年一組の担当となる。 人によっては二年三年の付き合いになるだろう。 教師になってまだ一年目の新人だが、お手柔らかに頼む」


ぺこり。


礼儀正しく頭を下げて挨拶してくれるこの先生は、きっといい先生なんだろう。

だがしかし、その先生は――――――。


「竜人……だと?!」


クラスの誰かが呟くように言った。


緑色の鱗に覆われた体表。

眼球は黄色く、黒い瞳は縦に細く開いてる。

スーツの臀部からは爬虫類特有の尻尾。

口は大きく裂けていて、やろうと思えば小さな子供を丸呑みにできそうだ。

ジャケットの背中からは一対の皮膜の翼。

顔の時点で尋常じゃない凄味があるのに、鍛え抜かれたマッシブな体型が威圧感に拍車をかける。


竜宮路先生は伝説の生物……ドラゴンに酷似した力と容姿を持った種族、竜人その人だったのだ。


ここ十年間という、ごく最近になって発見された幻の秘境【地底列島】という地底の王国で暮らしていたホモ・サピエンス以外の知的生命体。

氷河期を生き延びるために地底に逃げ延びた恐竜から進化したとされる新種の人類。

地底人とも呼ばれる新たな人種。それが竜人だ。


ほとんどの学生にとって、竜人ってのは【宇宙探索士】とか、【銀河間貿易船】とかのエリートクルーとして働いてるのをテレビの特集で観るくらいだ。

本物の竜人を拝む機会はそうそうない。

ましてや高校教師なんて聞いたこともないわ!


「む、どうしたのだ? 私の顔がそんなに珍しいのか?」


新しいクラスメートたちも愕然としてる。俺もそうだ。

でもいつまでも先生を見てることもないだろう。


どうせ竜宮路先生の顔は毎日見るんだ。嫌でも慣れるんだからな。


「じゃあ先生、自己紹介は俺から始めさせて貰っていいですか?」


「では君から始めるといい、()()明くん」


「先生、俺の名字は砂糖ではなく、佐藤です。 発音が微妙に違うんですよ」


「む、それはすまないな。 地上の言葉にはまだ慣てなくてな」


「いいんですよ! それ俺の鉄板ネタですから!」


それから俺は当たり障りなく、普通に名前と趣味を言ってまた座った。

クラス中から「お前すごい勇気だな」と熱のこもった視線を向けられた……ような気がする。


「……それお前の勘違いだからな」


「うるせぇだまれ」


隣にいるカズマが小声で突っ込んでくるのを黙らせる。


「(めっちゃ緊張した~~~!!!)」


机にうつ伏してそう叫びたくなるのを我慢しているうちに、他のクラスメートたちの自己紹介を何件か聞き逃しそうになったがなんとか聞いておいた。

俺の次は名前順に始まった。さっきの金髪くんだ。


「僕は【天地(あまち)(そら)】です。女顔と童顔については言わないでください、気にしてるんで。

あと、僕の趣味は武道の稽古で柔道と空手で黒帯持ってます! 県大会で優勝した実績もありますよ。 僕ってすごいでしょ!」


「最後の一言さえなければいい挨拶だったわね」


最後の「僕すごいでしょ!」で隣の女がツッコンだ。


「黒崎さんだって弓道と剣道で県獲ってるじゃないですか!」


「私はあなたみたいに自慢したりしないけどね」


てかこの天地ってやつ、女顔で童顔で背も低いのにむちゃくちゃ強いな。こいつと喧嘩するのは止めておこう。

する予定も無いけど。


「元気のいい良い挨拶だったぞ、天地少年」


「えへへ、こんなの大したこと………ありますけどねー!

って今、先生僕のこと男扱いしました?」


「なぜだ? 骨格からして君は男性だろう?」


「やったぁぁぁ!! 初対面の人に始めて性別間違われなかったぁぁぁ!!」


「よかったわね、ソラくん」


「あ゛り゛が゛と゛う゛ご゛ざ゛い゛ま゛す゛!! せ゛ん゛せ゛ぇ゛~!」


天地 空(こいつ)号泣してるし……。 男って言われたのがそんなに嬉しかったのか?

クラスの冷たい空気を少し和らげてくれたのはGJ(グッジョブ)と言いたい。



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