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7.killing infomation (2)

「…ふぅ…」

 溜息をついて、『作家の舞台裏』を読み進めていく。

『作家は無から有を生み出すために、死に物狂いの努力をし、我が身を削り、時間を費やす。だが、表舞台ではそんな姿を見せはしない。血を絞って紡ぎ出した結末でも、当然の帰結だったと言う顔で書き抜く。それが作家と言うものだ。それが作家の矜持でもある。物語は全て掌で踊る。その踊りに魅せられた読者の賞賛は美酒だ。その酔いが、作家を明日の物語へと奮い立たせるのだ』

「………かっこいいよなあ……」

 最後の文章を読み終えて、滝は深く息を吐いた。

 なるほど、売れっ子作家と言うものは、心構えからして違うのだ。

 翻って俺はどうか。

 グゥウウウウウ。

「っ」

 いきなり鳴った腹の虫に滝は座り直した。

 そう言えば、頼んだルームサービスがまだ来ない。

「働かざるもの食うべからず、か?」

 ちろりと未練がましく開かないままの境のドアを眺めるが、向こう側は静まり返ったままで開く気配もない。

「起こすか? 黙って帰るのも何だしなぁ」

 積み上がった本に目をやる。最新作になると言われている『作家の死んだ日』はさすがになくて、売れ始めた舞台女優と冴えない恋人の日常が壊れていく光景を描いた純文学風の『甘い嘘』、山奥の村で行われた連続殺人事件をエログロ満載で描写したオカルト『牢獄村殺人祭り』、切ない片思いをテーマにした掌編集の『大好きだけど遠いあなた』が残っている。

「……こんなことでもなくちゃ、読まないか」

 俺は覚悟を決めて『牢獄村殺人祭り』を取り上げた。

 実は『甘い嘘』もそうだが、この作品は妙に俺の作品と重なる光景が多くて、ちらっと見ただけて開かなかった類だ。

 例えば、『甘い嘘』に出てくる売れ始めた舞台女優は妊娠していて、父親ではないが冴えない恋人に子どもができたと結婚を迫る。『牢獄村殺人祭り』は、牢獄様と呼ばれる古めかしい像を村で大事にしていて、迷い込む旅行者を密かに生贄として血を絞り、像に注ぐ場面がある。

 『甘い嘘』は否応無く百合香を思い出したし、牢獄様と陽子像のイメージを切り離すのが難しかった。周一郎が傷つき、何人も人が死に、あれほど酷い陽子像がらみの事件だったのに、そんな現実を嘲笑うように小説として、つまりは『作り上げられたお楽しみ』として成り立っている。

「……」

 それほどあの事件は平凡なこと、よくあることだったのか。

 それとも、あの事件の本当のところを俺はちゃんと書き切れなくて、それでこんな風に誰もが考えつくようなお話に成り下がってしまっているのか。

「………平凡なこと、じゃないよな……どっちかと言うと、俺の力量の問題だよな…」

 正直なところ、『牢獄村殺人祭り』を斜め読みして、いろいろなものが一気にがっくりきたのは確かだ。

 十分に楽しめたし、面白かった。

 俺が小説なんぞ書かなくても、世の中には十分仕上がった物語が溢れている。

 次回作として温めている『俺の死んだ日』は、それこそ周一郎が俺を失って嘆くあの事件の話だが、そんなものは例え現実だろうと自慰行為以下の下らない展開で、作家であるためには脚色し、アピールポイントを作り、構築し直していく必要があるのだろう。

 けれど。

 それは俺が書きたいものでは、ない。

 『俺の死んだ日』がそのまま、滝志郎と言う作家の死ぬ話となりそうで怖い。

 石路技から催促されていても書けない。

 けれども、その恐怖に、意味があるのか?

 俺の知っている真実と違うものを、読者のためだから売れるためだからと書くことに?

 もしそれが作家と言うものならば、『俺』は、作家である、意味があるのか?

「っっ」

 軽いノックの音が突然聞こえ、飛び上がった。

 ようやくルームサービスが届いたらしい。クリーニングを頼むズボンを手に戸口へ向かった。開いたドアの外に、ホテルの制服を着た細身の男性が立っている。

「…滝様ですか?」

「はい、あのこれがズボンで…」

 あれ?

 差し出しかけて、相手の側にワゴンも何もないことに気づいた。加えて、ここは周一郎の部屋で、俺がルームサービスを頼んだ時も名乗っていないのに、滝、と名前を指摘されたことに。

「…っ!」

 やばい、まずい、こいつはひょっとして『敵』って奴か?

「、うわっ!……ぐっ…ふ…っ」

 くるりと身を翻した瞬間、後ろから顔を抱えられた。首に強く当たる腕、一瞬で視界が眩み息ができなくなり……ああ、すまん、周一郎、俺はまた『やっちまった』らしい。

 滝はそのまま崩れ落ちた。

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