7.killing infomation (1)
面白いじゃないか、高王ヒカル。
滝はふむふむと頷きながら、次の本に手を伸ばす。
『古の約束』は京都を舞台にした伝記物だった。代々一本の扇を守ってきた家の若き当主が、行方不明になった両親を追って飛び込んできた少女とともに、謎を探って縦横無尽に駆け巡る。京都の観光案内にもなっている感じで、謎を追いながら一度京都へ行ってみるかと思わせる。
『月の魔法陣』はファンタジーだった。異世界転生ものかと思わせて、実は過去に戻ったタイムスリップ系、呪いに操られて死んでしまう少女の哀れさが胸を打つし、幾重にも掛けられた呪詛をついに破る主人公の女性を応援したくなる。途中で参加してくる魔法使いの美青年も、最後の儀式の完成に尽力した後、鮮やかに姿を消してしまって、これはこれで続編が気になる。
「………ん……?」
だが、次の『作家の舞台裏』を読み始めて、俺は瞬きした。
「……『アイディアはすぐに生まれない。だが日常生活の中にも、あちらこちらにその芽はある。大事なことは、起こった出来事の意味を考えることだ、深く深く、うんと深く』……あれ?」
似たようなことを話した気がするぞ。
眉を寄せる。
「いや…」
『作家の舞台裏』は、高王ヒカルがどうやって作品を書いていくかをざっくばらんに明かしたエッセイ集で、同じように物書きである俺が、似たことを考えていても不思議ではないだろう。
「…だよなあ…」
それに俺は、日常生活を深く考えることでアイディアを生み出したことはない。
むしろ。
「…ああ、そっか…石路技さんに話したことと似てるのか」
思い出した。
確か『古城物語』の原稿を渡した時だった。担当編集者である石路技鷹に、滝先生はこう言う作品をどうやって思いつかれるのですか、と尋ねられたのだ。
思いつくも何もない。
あれらはほとんど事実そのままで、滝は正直なところ狂言回しそのもの、物語の始まりも終わりも、周一郎が居て謎解きしてくれたからこそ、あるいはお由宇が聞き取って解説してくれたからこそ明らかになったこと、なるほどそう言うことが起こっていたのかと書きながら気がついた、と言うのが一番正しい。
あえて言うならば、滝の『したこと』は、『起こっている物事をごくごく単純に見ていったこと』といえば良いのかも知れない。
例えば、『猫たちの時間』では、なぜ周一郎が得意そうでもない笑顔を振りまくのか。
『京都舞扇』では、直樹は何を願っているのか。
『月下魔術師』では、滝は何ができるのか。
『古城物語』では、人の出会いとは何なのか。
1つか2つしかない疑問の答えさえ禄に確かめられず、あっちへウロウロこっちへウロウロ走り回っているうちに、気がつけば事件が動いていって、結末がついていった。
だから滝は、石路技にこう答えたのだ。
『見えたものを、そのまま書き写してって、なんでこんなことになっちまったのかなあと考えてると、形になってくるかなあ』
えらく単純ですね。
石路技はさっくり笑った。
けれどもそれは、俺にとって本当にぴったりしたことばだった。
『そうだな、単純だよ。簡単に、簡単に、できるだけ簡単に書くようにしてると、それなりに収まってくれるみたいな気がする』
ありがとう、と滝は礼を伝えた。
驚いた顔をする石路技に、
『いやそうやって皆、俺にわかりやすいことばをくれるだろ、だから俺は文章を書けてるんだよなあ』
すると、まだ1作しか本になってないんだから頑張って下さい、と何となくひんやり励まされたものだ。
確かに、『猫たちの時間』はようよう出版したものの、それっきり鳴かず飛ばず、今まで手渡した原稿も出版されないばかりか戻ってもこないのは、添削箇所が多すぎて話にならないからだろう。
『銀幕紙芝居』も『遺産相続人』も、滝にとっては思い入れのある事件と人々を描いた物語だが、石路技からは何の返答もない。