6.鵲、渡る
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「…失敗した…」
ベッドの上に突っ伏した周一郎はようやく声を絞り出した。
隣室に置き去られた滝はさぞかし意味がわからず困惑しているだろう。昔からそうだ、周一郎の行動はいつも滝を困惑させ戸惑わせるばかりだ。
顔を動かし、そっと隣室との境のドアを盗み見る。
話したいことがあるんです、と滝を呼び入れるべきだろうか。
ロイヤルスイートは十分な広さがあり、向こうの部屋もソファベッドは準備できる。滝のことだからソファでも十分眠れるだろう。
しかし、理由は?
すみません、滝さん。僕が会いに来たばっかりにまた、危険な状況にあなたを巻き込んでしまったようです。実はあなたがいない間に、朝倉財閥は病院を一つ吸収したのですが、その吸収の際、恋人を僕のせいで死なせたと思った男が逆ギレして、僕を殺そうと画策しています。勿論、おとなしく殺されるつもりもないし、吸収自体は十分まともなもので、ええそれは確かに、それまでに病院が裏で睡眠導入剤を大量に売りさばいていたのを当局に告発もせず、交換条件にもみ消したことは認めますが、それでも病院が完全になくなるよりは地域医療のためには良かったはずです。問題なのは、さっきの喫茶店で、それがらみらしい男が、僕と一緒に居るあなたを見てしまって、どうやらあなたも標的だと認識した可能性が高いことです。だから、しばらくこのホテルに僕と一緒に泊まってもらえませんか。
「…駄目だ…」
そんなことを話せば、滝はきっと相手が捕まるか、周一郎の安全が確保できるまで一緒に行動すると言い張るだろうし、そうなれば、この一件だけではなくて、色々危ない状況になっている他分野の面倒ごとにも滝を晒すことになる。下手をすれば、また前と同様、滝は周一郎の隠し駒で、滝をどうにかすれば周一郎を操れると考える輩が現れかねない。
せっかくこの数年かけて、時には非道な判断もして、滝との関わりを少しずつ巧みに消して来たと言うのに。
何の為に孤独を受け入れ、滝から遠ざかっていようと決めたのか。
そもそも鵲が滝が乗るはずだった電車に乗るという偶然から始まったことだ。それがなければ、周一郎もまた自分への攻撃が滝に及んだのかもしれないと案じることもなかっただろうに。
「……鵲の橋…か…」
七夕の織姫牽牛は鵲の翼の橋で逢瀬を叶えたと言う。けれど、今掛かっているこの橋を、渡るわけにはいかない、断じて、滝を守りたいならば。
「…いっそ…殺すとか…」
物騒な発想は初めてではない。滝が死んだとされた一件、滝は思いもよらない姿で変装していて、周一郎はまんまと佐野に謀られたわけだが、滝が同行する間、全く姿を変えてもらうと言うのは可能なのではないか。
ただその際には、小説家の滝志郎はしばらく行方不明になることになる。
「………」
小説家の滝を、殺す。
「………………」
視界の端で携帯が光り、周一郎は体を起こした。
「どうした?」
『鵲が死にました』
「っ」
滅多に動揺しない人間だが、今考えていたことが重なって胸が突かれた。
『坊っちゃま?』
高野もすぐに感じ取る。
「大丈夫だ。理由は?」
『入院中、インフルエンザによる興奮状態で窓から飛び降りたと』
「投薬は?」
『されております。しかし近年、投薬による副作用ではなく病態であるとの論もございます』
「誰が接触したか洗い出せ。鵲は入宮司と笠間美津子の幼馴染だが、『まだ』僕の暗殺に失敗していない。今消す理由がない」
『では入宮病院で?』
「別口の『触れてもらっては困る事情』があるんだろう」
思わず薄く笑った。
『確認いたします』
切れた携帯を見つめる。
ゆっくりと隣室を見やる。
「鵲は、死んだ」
橋が掛かることはない。
周一郎は苦く笑った。