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4.選ばれた男

1860000 ヒットありがとうございました!

「しゅ、周一郎っ?」

「はい?」

 思わず声がひっくり返った滝を、周一郎が微笑みとともに振り返る。

「ちょっと待て、ここはそのレストランとかカフェとかじゃなくて」

「レストランもカフェもありますよ。上にはラウンジもありますし」

「ああそうか、ホテルだもんな、お前がラウンジなんてことばを口にするなんてのも時間が経った証拠……ちがーううっ!」

 タクシーから降りて、ここですよと示された場所を見上げたまま、滝は地団駄を踏んだ。

「違いませんよ、ここはホテルで、レストランもカフェもあります、お好きなものを部屋に運ばせましょう。部屋はスイートですから気兼ねなく過ごしてもらえますし」

「いやそういうことを言ってるんじゃなくってだな!」

「ああ、滝さん、後ろからきている方にご迷惑です、とにかく歩いて下さい」

「う、ううっ」

 さらりと流されて渋々俺は足を進める。

 先に立った周一郎をいち早く見つけたらしいドアマンが、お帰りなさいませ朝倉様、と頭を下げ、続く俺に訝しさをかろうじて押さえつけた顔で眺めるのに、妙な既視感があった。

 そうだったな、朝倉家に入った時も、こんな感じだったよな。

 信じられないほど長く続くレンガ塀に囲まれた、湖と森を有するような敷地に建てられた、呆気にとられるしかないような豪邸に、灰青色の猫に導かれて足を踏み入れた。訝しげに眉をひそめる上品な老執事、如何にも金持ち連中的な胡散臭い家族と、一人静謐を保つ少年。

「滝さん?」

 部屋の鍵を受け取った周一郎がふいと振り返り、思わず苦笑する。

 なんだよ、その顔は。

「バレバレだ」

「え?」

「よくわからんが、俺に用があるんだな?」

 エレベーターの前で隣に並びながら笑いかけると、周一郎が視線を逸らす。

「いえ、別に? 高王ヒカルのファンなので、もう少し彼について語り合いたいだけです」

「俺なら業界が一緒だし、詳しい話が聞けるかも知れないしな。で、ズボンもコーヒーで汚れたし、昼飯もまだこれからだ」

「はい」

 にっこりと周一郎が笑って見せる。

「二重三重に張り巡らされたなあ」

「何のことですか? 来ましたよ」

 開いたエレベーターは止まる階が決まっているようで、飛び飛びに幾つか数字が示されているだけだ。周一郎が手元のカードを滑らせると、それまでなかった一番上に明かりが灯った。

「ずいぶん警戒が厳重なんだな」

「そうですね」

 周一郎がまた邪気なく微笑む。

 そうだった、あの時も滝は周一郎に『選ばれて』いた。朝倉家のゴタゴタを周一郎に一番有利になるように収める駒として。訳も分からず巻き込まれた素人、だからこそ、唯一無二、周一郎の無実を証する存在として。

「また狙われてるのか」

「…っ」

 ぴりっと空気が針を含んだように感じた。

 無言で周一郎が振り返り、しばらく滝を凝視する。ああ、サングラスがないんだな、と今更のように滝は思う。やがて、周一郎が静かに尋ねた。

「誰がですか」

「お前が」

「どうして」

「俺がここに居るから」

 一瞬だけ見る間に青白くなった周一郎が、眉を寄せて顔を背けた。

「すみません、気分が悪くなったので部屋で休みます。好きなものをルームサービスで頼んで下さい。ズボンもクリーニングに頼んで、部屋のガウンでも着ていて下さい」

 言い捨ててエレベーターから出ると、まっすぐ正面のドアへ向かって行く周一郎を、滝はあわてて追いかける。

「気分が悪い? お前やっぱりサングラスしてないのはまずかったんじゃ」

「あなたに関係はありません。少し休めば治ります。失礼」

 ドアをカードキーで開いて、ほとんど部屋に飛び込んだ周一郎は足早に隣室に消えた。続く間も無く閉められたドアに、滝は立ち竦み、やがて深々と溜め息をつく。

「懐かしいな、この展開は…って、何かあったな、こりゃあ」

 あの周一郎が高王ヒカルのファンだと公言するあたりも怪しいし、どうやら滝をこのホテルに連れ込みたがったのも十分怪しい。今までこういう行動を周一郎が取る時は、大抵、滝の身にも何かがある時だ。

 部屋の中を見回すと、広々としたリビングのテーブルに見覚えのある色とりどりの単行本や文庫本、雑誌などが載せられていた。

「…全部集めたのか…高王ヒカル…」

 胸の奥でずくずくと痛みが広がる気がしたが、気を取り直して、サンドイッチとコーヒー、それにズボンのクリーニングをルームサービスで頼む。ズボンを脱ぎ捨ててガウンに着替え、滝は腰を落ち着けて積み上げられた高王ヒカルの著書に向き合うことにした。

「あいつがあそこまで拘るんだから、きっと何かあるんだろうな」

 デビュー作とされている『意地っ張り達の結末』を手に取る。確か、ツンデレ少女とヘタレな探偵のミステリーもののはずだ。開きかけて気が付いて、携帯を掴んで連絡を入れた。

「…あー、お由宇? …留守電か」

 どこかへ出かけているのか、すぐに携帯が繋がらない。仕方なしに伝言を残す。

「すまん、ちょっと遅くなる。ズボン汚したり何なりで、周一郎のホテルにいるんだ。帰る時にまた連絡する」

 最後にホテル名を吹き込んで、滝は携帯を切った。


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