13.素顔で笑う(2)
ピンポーン。
柔らかいチャイムが鳴る。お由宇は留守だ。急ぎ足で玄関に向かう。
「お届け物です」
「はいはい、ハンコね」
「サインでいいです、ここ」
運送会社の男は箱の上をひょいと示し、ボールペンを差し出す。
「滝、志郎さん、ですね」
「……?」
俺の名前を確認する相手の口調に、ふと気になるものがあった。目深に被った帽子の下を覗き込む。今日は曇り空で日差しも強くない。なのに顔の半分が隠れるほどの被り方だ、まるで見られることを想定して隠しているように。
「そこで覗き込む? 相変わらず遠慮ないね」
「……鵲…?」
「で、そっちを呼ぶ。呆れました」
帽子を少し押し上げ、顔を見せた男はにやりと笑った。
「運送会社に勤めてたのか!」
「そんなワケないでしょ」
第一、運送会社にナイフの腕は必要ない。
言い切られてどきりとする。
「…殺しに来た…のか?」
瞬間、ああ『俺の死んだ日』を石路技に送っておいてよかったと安堵した。とりあえず1作分は保つだろうし、次回作までに誰か他に書ける奴を見つけられれば、『高王ヒカル』は何とかなる。編集やってるんだから、そういう相手と出くわす可能性も高いだろう。
けれど鵲はあっさりいなした。
「まさかそんな」
「だよな」
思わずにへらと笑い返す。
「そんな暇なことしないよな、俺を殺しても何のメリットもないし」
「デメリットしかないよ、僕はあなたの盾だしね」
「へ? たて?」
「そうそう、そのホタテ。美味しいよね!」
「ああ、ホタテな、うん美味しいな、え、荷物はホタテなのか? 誰から?」
「ああ酷い。なんて馬鹿だろう、困った」
鵲が大きく深い溜息をついた。
「こんなのを守れなんて無理です嬋娟。僕が何をした?」
「ちょっと待て」
よくわからないが、凄く罵倒されている気がして来た。
「お前は何をしに来たんだよ」
「見てわかるでしょう。荷物の配送。それ以外に何に見える? はいサイン」
「あ、うん……」
「ありがとうございまーす。ああそれから」
言いたいことだけ言って荷物を俺に押し付けた鵲は、帽子をまた引き下げて、
「仕事は朝倉家の執事見習いです。高野さんが病んだので」
「へ?」
呆気にとられる。
「執事が配送業者をするのか?」
「だーかーら」
うんざりした顔で振り向く相手が、一瞬微かに眉を顰めて気がついた。
「知ってるだろうが、あそこは危ないぞ? まだ傷治ってないんだろう? 他の仕事の方がいいんじゃ」
「ダーーカーーラ」
おもちゃのように虚ろな声で応じて、鵲は顔を歪めた。
「それでもあそこしかないんですって。しかも何で気づくか、怪我知らないでしょ?」
「あの時刺されてたんだろ? 人1人担いで無茶したろ?」
あいつはどうした。
それを口にする前に、鵲はくるりと背中を向けた。
「あなたは僕が死んだら悲しみます?」
突然理解した。
そうか、こいつも周一郎やお由宇側だ。俺の理解を越えてるのに、自分勝手に話して完結するタイプだ。なら、俺に言えることは1つ。
「俺がらみで死んで欲しくない」
「………はあああああああ」
鵲は大きく深く、もう一度溜息をついた。
「わかりました。僕、嫌がらせのためにあなたを守って死にますね」
「はい??」
いや、俺、死んで欲しくないって言ったよな? 俺がらみで死ぬなって伝えたよな?
「嫌がらせ?? 俺が何かしたか?」
鵲はじろりと肩越しに冷たい目を向けて唸った。
「人生を変えた」