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11.さらば友よ(3)

「『高王』……」

「お前が書く限り、俺は偽物だって思い知らされる……こんなに頑張ってるのに……こんなに必死に……小説を書いてるのに……」

「………済まん」

 俺は謝った。

「……だが……俺にも書く事情があって、だな」

 だが、これだけ真剣に小説と言うものに向き合っている人間が苦しんでいるのも理不尽だろう。

「……とりあえず、書こうと思ってる分は書く。けれど、お前は読まなくていいから」

「……死ねよ」

 『高王』は蹲ったまま唸った。

「……俺に読ませない作品、どこへやる気だよ」

「……えーと……そこはまだ……考えてないな」

 ぐすっ、と鼻を啜る音が響いた。

「…誰が読むんだ」

「……うーん…?」

 俺は首を傾げる。どうだろう? 書き上げても誰も読まないなら、そもそも作家活動をしなくてもいいのではないか? となると、新しいバイトを考えなくちゃならないってことか? 生活費はいるもんな。まあ、お由宇と結婚もできないようなら、それはそれで焦って金も貯めなくていいのか。男1人なら何とか食べて行けるかもしれない。

「…Dr.ドナルドかなあ」

「はあああ????」

 がばりと『高王』は顔を上げた。ぐしゃぐしゃになって赤くなっている顔をゴシゴシ擦りながら、

「バーガーショップで誰に読ませるんだ?」

「いや、読ませるんじゃなくて、アルバイトだ」

「アルバイト? 何で」

「いや、書いても誰も読まないだろうし、書き終わったら書くのを止めるから、次の仕事を探さなきゃならんし」

 周一郎はアルバイト先を斡旋してくれたりするだろうか?

「あ!」

「何」

「周一郎に連絡入れないと! 無事かどうか心配してるぞ!」

「……ああ…うん、そうだろうな………けど」

 『高王ヒカル』の目が曖昧に俺の背後に泳いだ。

「連絡入れる必要も、ないみたいだが」

「へ?」

 振り返る滝の目に、開いたままのドアからゆっくり姿を見せる、あまりにもこの場に不似合いな真っ黒なスーツ姿の上品な青年が1人。目元にサングラス、外すこともなく冷ややかにこちらを眺めた視線は絶対零度に近い温度に感じた。

「マフィアかよ」

「おはようございます、滝さん」

 にこやかな笑みと共に周一郎は呼びかけた。

「それから、『高王ヒカル』さん?」

「あ、違うぞ、こいつは俺の編集者で石路技って」

「滝さんはちょっと黙っていてもらえますか?」

 あれ?

 滝は思わず口を噤む。

 何だ? 俺はまた何かヘマをしたのか? 周一郎が激怒している気がするんだが。

「僕、あなたのファンです」

 笑顔のまま周一郎は慌てて立ち上がった石路技に近寄り、手を差し出した。黒革手袋、ますますマフィアっぽいし、周囲に広がる冷気が半端なく強い。

「あ、の」

 手を握られて石路技が凍りつく。相変わらずにこやかに、周一郎が覗き込む。

「お近づきになれて嬉しいです。これからもよろしくお願いします」

 サイン会があるようでしたら、是非お知らせ下さい。

「ああ、そっか」

 滝はぽんと手を打った。

「お前、『高王』のサインが欲しかったんだな」

「…」

 笑顔で石路技の手を握ったまま、周一郎は首だけこちらへ向けた。

「滝さん?」

「頼んどいてやるよ。迷惑かけたし」

 それぐらいはしてくれるだろう、と石路技を見ると、なぜか必死にこくこくと首を頷かせている。

「それは…ありがとうございます」

 ぱ、と周一郎は唐突に石路技の手を離した。およっ、とバランスを崩しかけた石路技を振り返りもせず、滝に近寄る。

「帰りましょうか」

「悪い、迎えにきてくれたんだな」

「怪我はしていないようですね」

「大丈夫だ。じゃあ、石路技さん、また…」

「…滝!」

 周一郎に続いて事務所を出ようとすると、うろたえたように石路技が呼んだ。

「新作…寄越せよ」

「へ?」

「書き終わるまで……読んでやるから、新作書けたら、連絡しろ」

「……いいけど」

 滝は首を傾げる。

 読みたくないんじゃなかったのか? それともあれは、別の何か、ことばの綾とか言う奴か? でもまあ、と思い直した。

「わかった、その代わり」

「その代わり?」

 身構えた石路技に笑って手を振る。

「一言でいいから、感想聞かせてくれ」

「…わかった!」

 一瞬、一番欲しかったお菓子を与えられた子どものように、石路技は満面笑顔になった。

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