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 ミャアアアアアア。

 猫が叫んでいる。

 ミャア、あああああああ!

 雨の音を背景に悲痛な響きだ。

 呼んでいる、呼んでいる。

 誰か来て。誰か助けて。間に合わない。間に、合わない!

「…ん…」

 目を開ける。

「どっかで見た光景だよなあ……」

 路上に倒れた身なりのいい男。流れている血。側で喉が涸れるほど叫ぶ猫。

「ああ…ルトかあ……」

 滝は思い出してほっとした。

「そっか…大悟が殺された時のやつかあ…」

 滝は直接見ていないが、周一郎から話は聞いた。ルトの目で物が見える周一郎は、自分のせいで義父が殺されているのを目の当たりにして、どれほど辛かっただろう。周一郎を理解しようと繰り返し想像しちまったから、まるで見たように思い出せてしまうのか。

「…あれ?」

 ふと我に返る。瞬きする。身動きできない。どうやら手足を縛られている様子だ。

 ぐうううううう。

「あー……食わないまま、捕まったんだっけ……」

 参ったなあ、とぼやいた。

「んーと…」

 転がされているのは薄暗い場所だ。床は固いが上等な絨毯が引いてあって、体は痛くない。頭の上に、と言うか体の上に、さわさわと何かが触れる。

「…服……?」

 透明なビニールが掛けられた沢山の服が吊るされている。

「クローゼット…って規模じゃないな……クリーニング屋?」

 ホテルのクリーニングを請け負っている業者があるはず、そこから運び込まれたものの保管場所か。どちらにせよ、今は人の気配がなく、ましてやこんな隅に転がされていては誰かが来ない限り見つからないだろう。

 俺を襲った相手にも目当てがついた。このホテルに出入りしている業者の1人か、その業者に化けている奴だ。確かに客の出入りには目を光らせていても、通常出入りする業者の制服を着ていれば、別人が来ているかも知れないなんて思わないのかも知れない。

 同時に、滝がここに無事で転がされている理由にも思い当たった。周一郎への脅迫材料だ。

 周一郎が滝を自室に連れ込んだあたりで、周一郎に近しいものだと気づかれただろう。ひょっとしたら、周一郎は元々見張られていて、あいつを揺さぶる何かを探そうとチェックされていたのかも知れない。そこへ俺が来合わせたから、これ幸いと引っさらって、周一郎との何かの交渉に使おうという魂胆か。

「無駄なんだがな~」

 どこのどいつか知らないが、俺と周一郎はそう言う関係ではない。俺が苦境に陥ったからと言って、周一郎が朝倉家の方針を変えるわけもなく、ましてや交渉材料に使ったところで、例の通り無表情で「困ったことをしてくれましたね」とか言われるのがオチ……でもないのか。

 扉の向こうに閉じこもってしまった周一郎を思い出す。

 本当は連れて来たくなかった、そう言っているように見えた。けれど連れて来ざるを得なかった。

 なぜだ?

「…先に俺が巻き込まれちまってるから、だよなあ」

 例の如く、滝は何かの厄介事を引き当てた。そのどこかに周一郎は関わっていて、飛び込んできた滝の安全を優先するしかなくなった。そう考えるのが正しそうだ。

「…じゃあ、まずここから逃げなくちゃ…」

 首をあちこちに捻って、足元にある紫の袋に気づく。芋虫のようにごろごろ転がって近づき、『いしろぎリネンサプライ』と書かれたロゴを見て取った。

「いしろぎ……って、そんなよくある名前か……?」

 違うだろう。少なくとも滝は今まで1人しか見たことがない。担当編集者の石路技鷹ぐらいしか。

「いや…待て…待てよ…? もしそうだとして、何で俺を捕まえる必要がある? ってか、捕まえたら次回作が書けないぞ? いやそもそも、周一郎絡みなんだよな? 石路技が周一郎と関わってる? どこで? 何でだ?」

 考えても考えても、脳味噌はまともに働いてくれない。

 こうなったら頼みは周一郎だけだ。

「よし! まずはここから脱出する!」

 滝は出口らしい方向へごろごろごとごと転がり出した。

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