8.クラック・ポイント(2)
滝の小説の出来は悪いわけじゃない。事実も描写していない。ただ、いつも本質に近すぎる。周一郎と辿った様々な事件の裏側にある動きさえ透けてしまうような的確さだ。『猫たちの時間』はまだ良かった。けれど続く作品には、今もまだ始末がついていない関わりもあり、周一郎も2度3度介入して出版を留めた経過がある。
「……僕『も』?」
『…相変わらず嫌なところに気づくわね』
佐野は苦笑いした。
『プロポーズはされたことがあるの。でも応じていない』
「『寿星老』ですか」
佐野もまた、滝の安全を脅かす自分を案じている。
『仕方ないわ。復活させよう。あなたが守ってくれないようだから』
「…できる限りの事はします」
『情報共有宜しくね』
切れた通話の向こうで、佐野の情報網は慌ただしく動き始めているだろう。しばらくこちらとは休戦だ。
静まり返った部屋の中で、周一郎はもう一本連絡を入れる。
「高野か? ルトと共に来てくれ」
『畏まりました。ヘリで宜しゅうございますか』
「済まない」
『…私の主は坊っちゃまです。すぐに向かいます』
「…頼む」
老体に鞭打つのは心配だが、ルトが居ないことがあの日を重ねさせて息苦しい。大悟が死ぬはずはなかったのに。
今もそうだ、『オリエンタル・コンチネンタル』に入り込める手立ては限られている。未だに周一郎に連絡一つ届かず、滝が完全に消息を絶っているのに誰も動き出さない状況は、見えない手配りの周到さを感じる。
ホテル側に連絡を入れる。ヘリポートの使用は了承、但しやはり滝の所在は不明のままで、出入り口から出ていないとしか返答がない。セキュリティ部門で防犯カメラの映像を当たってくれたところ、ホテルの制服を着た男が、ぐったりした滝を部屋から連れ出したのはわかった。だがその先がわからない。ホテル内のどこかに拉致されているのか、それとも別ルートで既にホテルから離れたか。ホテルも威信をかけて調査してくれると言ったが、逆に格式の高さ故に利用者もセキュリティで守られる。全ての部屋を検分して回ることは出来ない。
動けない。
佐野や周一郎の情報網でも掴めないなら、ルトに頼るしかないかもしれない。ルトの、不吉を嗅ぎ分ける能力を。滝に起こった悲劇を追える感覚を。
路上で殺されていた大悟を見つけたように。
「…っ」
自分が震えたのに気づいて、周一郎は強く唇を噛む。
一度関わっただけで、こんなことになるぐらいなら離れなければ良かったのか。滝の守りを朝倉家が背負えば良かったのか。
いっそ、滝を朝倉家に軟禁したほうが安全なのかも知れない。
「…違う…」
さすがに周一郎は自分の発想に引いた。