1.朝のニュース
1830000 ヒットありがとうございました!
『…続いて、事故のニュースです。今日未明…』
「…」
ひゅ、と体の中で音がした。
周一郎はPCから流れ去ったことばをもう一度再生する。
間違いない。滝がサイン会に出向くのに乗っていたはずの列車だ。
『お前は忙しくて来れないだろうけどさ、一応教えてとくから』
久しぶりの連絡だった。ようやく出版できた本がじわじわと人気が出たと嬉しそうな声で、サイン会をすると知らせてくれた。
周一郎も二十歳を過ぎている。滝と会ったのはもう数年前になる。
「大丈夫だ、滝さんだし」
思わず呟いてはっとした。
まるであの頃に戻ったみたいな幼い声。
「あ、いや」
それでもあの人はいつも厄介事ばかり引き寄せてくるから、万が一ということも。
嫌な汗を滲ませながら、事故に巻き込まれた人間の状況を探ろうとしたが、まだ被害者もはっきりしていないらしい。
「遅い」
こういう時には遠く離れているのがもどかしい。あの頃のように側にいれば、すぐに対応できるものを。
「無事なら無事と知らせるものでしょう」
苛々しながら連絡を待つ、つもりだったが我慢ができずに連絡を取った。
『あら、珍しいわね』
「どうなっているんですか」
『朝の事故?』
携帯の向こうの佐野はくすりと笑った。
『変わってないのね、心配性は』
「心配なんかしていません」
間髪入れずに言い返した。
「常識がないから教えないとわからないのではと案じているんです」
『あなたに無事だと連絡しろって言えばいいのね?』
「……」
思わず安堵の吐息をついた。
「ありがとう、もう結構です」
『遠慮しなくていいわ、今代わるから』
「いえ」
『ちょっと待ってて』
「不要です、僕は」
『……おお、お早う、もう起きてたのか』
眠そうな声が携帯の向こうから響いた。どこかへ飛び去った血液が一気に戻ってきて、逆に目眩がする。
「サイン会は」
『ああ、あれな、流れた』
「…は?」
『なんかな、俺より売れてる奴がその日しか空いてないんだと』
「……」
『で、俺のは無し。そいつのサイン会をやることになって。けどな』
いひひ、と滝は意地悪く笑った。
『あの事故で周囲がガタガタで。サイン会そのものが流れたそうだ』
天網恢々ってこういうことだよな。
「…事故の関係者に怨みを買うような発言は控えたほうがいいのでは?」
『あ、そうだよな。不謹慎だよな』
滝は声を改め、
『すまん』
「え?」
『心配させたろ。俺は無事だからな、ちゃんと飯食って寝ろよ』
「……」
周一郎は眉を寄せる。熱くなる頬に浮かびそうな笑みを押し殺す。
「いつまでもあの頃のままじゃありませんよ」
『だよなあ。けど、俺にとっては、あの頃のままだよ、お前はいつも」
意地っ張りで頑固でクールで、心配性で優しい。
「一体どこの誰の話ですか、それともあなたの妄想ですか」
『違うさ。俺の知ってるお前の話だよ』
じゃあな。
あっさり切れた携帯を、周一郎は睨みつける。
「そういうところが常識がないって言うんだ」
こう言う時には、そのうち顔を見せるとか言うものじゃないのか、ちゃんとした大人だったら。
「ちゃんとした…大人、じゃないか…」
そうだ、『ちゃんとした大人』は、あの頃誰一人、周一郎を救ってくれなかった。
救ってくれたのは、滝一人。
「ちゃんとした、大人なら…」
周一郎は携帯を取り上げる。
『おお、どうした?』
すぐに滝が出たのは、鬱陶しいほど鋭い佐野の配慮だろう。
「次のサイン会の予定は?」
『さあ…しばらくないんじゃないか?』
「じゃあ、一日空けて下さい」
周一郎は息を吸い込む。
「会いに行きます」
ええええどうした何があった大丈夫か俺が行こうかと続く声に、周一郎は通話を切り、小さく唇を綻ばせた。