表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

1.朝のニュース

1830000 ヒットありがとうございました!

『…続いて、事故のニュースです。今日未明…』

「…」 

 ひゅ、と体の中で音がした。

 周一郎はPCから流れ去ったことばをもう一度再生する。

 間違いない。滝がサイン会に出向くのに乗っていたはずの列車だ。

『お前は忙しくて来れないだろうけどさ、一応教えてとくから』

 久しぶりの連絡だった。ようやく出版できた本がじわじわと人気が出たと嬉しそうな声で、サイン会をすると知らせてくれた。

 周一郎も二十歳を過ぎている。滝と会ったのはもう数年前になる。

「大丈夫だ、滝さんだし」

 思わず呟いてはっとした。

 まるであの頃に戻ったみたいな幼い声。

「あ、いや」

 それでもあの人はいつも厄介事ばかり引き寄せてくるから、万が一ということも。

 嫌な汗を滲ませながら、事故に巻き込まれた人間の状況を探ろうとしたが、まだ被害者もはっきりしていないらしい。

「遅い」

 こういう時には遠く離れているのがもどかしい。あの頃のように側にいれば、すぐに対応できるものを。

「無事なら無事と知らせるものでしょう」

 苛々しながら連絡を待つ、つもりだったが我慢ができずに連絡を取った。

『あら、珍しいわね』

「どうなっているんですか」

『朝の事故?』

 携帯の向こうの佐野はくすりと笑った。

『変わってないのね、心配性は』

「心配なんかしていません」

 間髪入れずに言い返した。

「常識がないから教えないとわからないのではと案じているんです」

『あなたに無事だと連絡しろって言えばいいのね?』

「……」

 思わず安堵の吐息をついた。

「ありがとう、もう結構です」

『遠慮しなくていいわ、今代わるから』

「いえ」

『ちょっと待ってて』

「不要です、僕は」

『……おお、お早う、もう起きてたのか』

 眠そうな声が携帯の向こうから響いた。どこかへ飛び去った血液が一気に戻ってきて、逆に目眩がする。

「サイン会は」

『ああ、あれな、流れた』

「…は?」

『なんかな、俺より売れてる奴がその日しか空いてないんだと』

「……」

『で、俺のは無し。そいつのサイン会をやることになって。けどな』

 いひひ、と滝は意地悪く笑った。

『あの事故で周囲がガタガタで。サイン会そのものが流れたそうだ』

 天網恢々ってこういうことだよな。

「…事故の関係者に怨みを買うような発言は控えたほうがいいのでは?」

『あ、そうだよな。不謹慎だよな』

 滝は声を改め、

『すまん』

「え?」

『心配させたろ。俺は無事だからな、ちゃんと飯食って寝ろよ』

「……」

 周一郎は眉を寄せる。熱くなる頬に浮かびそうな笑みを押し殺す。

「いつまでもあの頃のままじゃありませんよ」

『だよなあ。けど、俺にとっては、あの頃のままだよ、お前はいつも」

 意地っ張りで頑固でクールで、心配性で優しい。

「一体どこの誰の話ですか、それともあなたの妄想ですか」

『違うさ。俺の知ってるお前の話だよ』

 じゃあな。

 あっさり切れた携帯を、周一郎は睨みつける。

「そういうところが常識がないって言うんだ」

 こう言う時には、そのうち顔を見せるとか言うものじゃないのか、ちゃんとした大人だったら。

「ちゃんとした…大人、じゃないか…」

 そうだ、『ちゃんとした大人』は、あの頃誰一人、周一郎を救ってくれなかった。

 救ってくれたのは、滝一人。

「ちゃんとした、大人なら…」

 周一郎は携帯を取り上げる。

『おお、どうした?』

 すぐに滝が出たのは、鬱陶しいほど鋭い佐野の配慮だろう。

「次のサイン会の予定は?」

『さあ…しばらくないんじゃないか?』

「じゃあ、一日空けて下さい」

 周一郎は息を吸い込む。

「会いに行きます」

 ええええどうした何があった大丈夫か俺が行こうかと続く声に、周一郎は通話を切り、小さく唇を綻ばせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ