21世紀型シンデレラ
《あるところに美しい娘がおりました。》
「本っ当バカじゃないの? 信じられない。これ幾らしたと思ってんの? あぁ、あんたには物の価値なんか解んないか」
ヒステリックな罵声と嫌みが、シミの着いた高級ブランドのバッグと共に娘に投げ付けられる。シミの原因は昨夜泥酔して帰ってきた義姉自身によるもので、片付けを命じられただけの娘には何の非も無い。
《娘は意地悪な継母と姉たちに毎日いじめられ、こき使われていました。》
「あぁもう、行かなきゃいけないのにバッグどうすんのよ。使えないじゃないこんなもの」
「早くしなさいよ、もう時間よ。何それ、汚されたの? あんたは本当に使えないわね」
「まじ? 有り得なーい。あたしの使う?」
「何か奢れって云うんでしょ? ったくもうっ」
足元に転がったバッグをもう一度娘に向けて蹴り飛ばし、義姉は苛ただしげにリビングを出ていった。やがてバタバタと出掛けていく音がし、広い家には娘ひとりが残された。
今日は親戚の結婚式らしい。新郎が資産家の息子だと云うことで、寡婦の継母も未婚の義姉たちも普段にも増して着飾っていた。彼女たちと血の繋がりの無い娘は勿論出席などさせて貰えない。そもそも使用人扱いの娘にはそんな権利など無いのだ。
《継母たちがお城のパーティーに出掛けていくと、娘は掃除を始めました。みんなが帰ってくるまでに終わらせてしまわないと、娘はまたいじめられるのです。》
「いいな。私も行ってみたい。綺麗なドレスを着て、可愛くお化粧をして、おいしいお料理を食べて」
叶わないささやかな願望を呟きながら黙々とキッチンの床を拭く。父親が生きていた頃はこんな風ではなかったのだ。再婚してからみるみるやつれ、やがて絞りかすの様になってこの世を去ってしまった。
「でも無理ね。私にはそんな権利は無いもの」
ひび割れた指から血が滲み出し、娘は反射的に雑巾から離した指を口に入れた。辺りに血が付こうものなら今度は何を云われるか解らない。
《すると、娘の前に魔法使いが現れて言いました。「よし、お前をパーティーに行かせてやろう」》
その時、誰も居無い筈の義姉の部屋から物音がした。忘れ物でもしたのだろうか。やはり借り物のバッグは気に入らずクローゼットを漁っているのだろうか。いずれにせよ、手伝えと怒鳴られる前に様子を見に行かなければならない。
二階に上がると、義姉の部屋のドアが開いていた。どう声を掛けるのが最適か探ろうと隙間から覗くと、クローゼットを漁っているのは義姉ではなく見知らぬ男だった。
黒いパーカーのフードを被った男は娘に気付くとぎょっとした様に動きを止めた。丁度、クローゼットの引き出しの鍵をピッキングで開いたところだった。
「…魔法みたい」
思わず娘が呟くと、男は一瞬脱力した様に目を細めた。その間にも手は止めず、引き出しの中の物を選り分けて鞄に放り込んでいく。鞄がそこそこ膨らんでいるところを見ると、既に継母の部屋も物色済みなのだろう。
娘に騒ぐ様子がないと解ると、男は用心深く娘に向き直った。フードの下の顔はまだ若い。
「お前は、この家の」
娘か、と問おうとして逡巡している様だった。クローゼットの中にある服の数々と娘の着ているものの落差だろう。娘はファストファッション店のくたびれた服しか与えられていない。
荒れた手や化粧っ気の無い顔からも何となく娘の立場を察したのだろう。男は表情を少し緩めた。
「この家の人間はお出掛け中か? 目の前に泥棒が居るのに黙って見てるなんて役に立たないお留守番だな」
「役に立たないって毎日云われるわ。皆、今日は結婚式に行ったの。綺麗なドレスを着て」
「お前は酷い格好してるな」
「仕方無いの」
《魔法使いは杖を振りました。「ほら、ドレスと靴だ」》
「これなんか似合うんじゃねぇの?」
男がクローゼットから一枚のドレスを掴んで娘に向けて放った。義姉がバッグを投げ付けた時とは違う、ふわっとした投げ方だった。
「着てみれば?」
それは義姉が着られなくなったとぶつくさ云っていた水色のドレスで、娘の洗い方が悪いから縮んだのだと怒鳴られたが単に太ったのが原因だった。仕立ての良いドレスは元が美しい娘に誂えた様によく似合った。
「いいじゃん。あんな格好してるの勿体無いよお前」
男は更にクローゼットからハイヒールを引っ張り出した。銀色のハイヒールで、これも義姉が太って履けなくなったものだ。
男は慣れた手つきで手早く娘の髪をまとめて整え、満足げに笑った。
「スッピンでも全然いけるな。口紅だけつけてみるか」
娘は鏡に映った自分の姿を信じられない思いで見つめた。綺麗なドレスを着て、かわいくお化粧をして、まるで魔法だった。
《魔法使いはカボチャを馬車に、ねずみを馬に変身させました。「さぁ、パーティーに行っておいで。ただし12時までには帰るんだよ」》
「ありがとう。こんな素敵な格好したの初めて」
娘は部屋の物色を再開した男に話し掛けた。金目のものはあらかた回収したらしい。
「どうするんだ?お前。呑気に泥棒と着せ替えごっこして喜んでるけど」
「…パーティーに行きたい」
男は呆れた様に笑った。そして娘の脱ぎ捨てたぼろぼろの服と荒れてちの滲んだ手を見て呟く。
「ま、どの道もうここには居られねぇか」
通報もせず、盗品の服を着て喜んでいる。泥棒の片棒を担いだ様なものだ。
「じゃ、俺と一緒に来るか?」
「パーティーに連れて行ってくれるの?」
「あぁ、連れて行ってやるよ」
男は娘を連れて堂々と玄関を出ると近くの駐車場に向かった。派手なオレンジ色の軽自動車に戦利品を積み込み、娘を助手席に乗せてエンジンを掛ける。バックミラーでミッキーマウスのマスコットが揺れた。
「もう帰れないぞ?」
「いいの」
オレンジ色の軽自動車は娘を乗せ、夜の中へと走り出した。
中学生の頃に書いたものを加筆修正。
シンデレラ頭弱い子すぎ問題。