約束の場所で
『あの日に約束をした場所で待っています
たとえあなたが来なかったとしても
私は日が沈むまで待ち続けます
モア 』
この手紙が届いたのは夏の終わりだった。
手紙を読んだ僕はとても焦った。そしていろいろな手続きをして急いで旅立ったんだ。懐かしい故郷へと。
僕は国の中でも外れのほうにある小さな村の生まれだ。国の外れと言っても隣国との紛争に巻き込まれる心配のない平和な村。隣国とは高い山脈に遮られていて、ここを踏破して攻め込むくらいなら、400メイテルほど東に回り込んで攻め込んだ方が良いだろう。
まあ、そこの領主さまは武勇を誇る家系の方々だから、簡単に負けるとは思えないけどね。
それ以前に、今は各国ともにそんな不穏な動きは見られない。戦争なんて無駄なことをしている場合じゃないということもあるからだ。
おっと、横道にそれちゃったね。
えーと、何が言いたかったのかというと、平和な今、国は国力の底上げを目的に、学問に力を入れているんだ。識字率というのをあげるために、僕達のような小さな村にも、先生を派遣している。村の30代以上の大人は文字が読めない人がほとんどだったけど、その先生が来てからはみんな簡単な文字は読めるようになってきた。・・・本当は大人達は『パン屋』みたいな文字をマークとして覚えただけなんだけどさ。
それで、その先生の役目はもう一つ。将来有望そうな者を、王都の学園に送り込むこと。先生のお眼鏡にかなった者は、領主さまの所でテストを受けてそれに受かれば学園に入れるのだ。学園での費用はすべて国が出してくれる。先行投資だといっていたかな。
僕は村の中でも頭がいい方だった。先生のお眼鏡にかないテストにも合格して、僕は王都に旅立った。その時に僕は大好きな幼馴染みのモアに約束したんだ。『勉強を終えたら戻るから、それまで待っていて』と。
学園での僕はかなり優秀だったらしい。学年で1番を取るのは当たり前で、それどころか飛び級を繰り返して6年かかる勉強を3年で終えてしまったんだ。国は僕に期待してくれた。隣の国の大学といわれる学問の機関にいかないかといってくれたんだ。
大学は普通に出れば4年はかかるそうだ。モアとの約束より1年過ぎるけど、それでも僕は学んでみたいと思っていた。だからすぐにモアに手紙を書き、約束を1年延長して欲しいことを告げた。モアからの返事は『待っています』というものだった。
大学での勉強も楽しかった。普通の勉強はあっという間に吸収して、2年で終えてしまった。これなら約束の延長をしてもらわなくてもよかったなと、思っていた時に事件が起こった。魔道装置の暴走に巻き込まれてしまったんだ。
目を覚ました僕は、それまで使うことが出来なかった魔法が使えるようになっていた。教授の言葉でこの稀な症状の研究をするために、大学に残ることにした。
そう、あの手紙が来るまで、もう2年が過ぎかけていたなんて気がつかなかったのだ。この2年で、この世界の人間には魔力があることがわかった。それを魔法を使うというように、みんなが使用するための方法を研究していたんだ。
その成果をレポートに纏め終わった所だったから、僕が国に戻ることは渋々ながら許可が出た。でも、用事がすんだら戻って欲しいと言って貰えたのは、嬉しいことだった。
約束の日まではふた月あった。自国の王都に戻るまで約ひと月。今度、転移の魔法でも研究しようかと思いながら、僕は旅路を急いだ。王都から村まで15日ほど。王都で国王陛下に挨拶して村まで戻るのに余裕がある。そう思っていた。
城に行った僕はしばらく城から出られなくなった。いろいろな貴族から娘を紹介されたんだ。最初は大人しく社交? をしていたけど、段々日にちが無くなることに僕は焦った。
約束の日まで10日を切った所で、僕はキレた。2年で鍛えられた僕の魔法は城の一部を破壊してしまった。さすがにやり過ぎたから、投獄されても仕方がないとあきらめかけた僕に、国王陛下は話を聞いてくれた。
僕は正直に大切な約束があってそのために村に帰りたかったのに、貴族の方々が邪魔をしたと告げた。平民の僕には貴族の言葉を無視して城を辞去することが出来なかったとも。
王様は貴族たちの言葉も聞いていたけど、城で働いている人たちの証言から、僕の言葉の方が正しいと判断してくれた。
王様は貴族たちを罰すると共に、僕に謝罪をしてくれた。そして騎士に命じて僕を馬で村まで送ってくれたのだ。
だけど、その道中も平穏無事にとはいかなかった。おかげで村が見える所まで来た時には、約束の日になっていたのだった。時間も、もう日が沈むところだった。
約束の場所は村を抜けた小高い丘の上。ここからじゃ到底間に合わない。
僕は送ってくれて騎士にお礼を言って村へと駆けて行った。灯りがともる広場を抜け、丘へと駆けあがる。
丘の上には大木が立っている。そこで会おうと約束をしていたのに。
秋の日暮れは早い。さっきまで白く見えていた空も、もう薄闇に包まれていた。
木のそばについて目を凝らしても人の姿は見えない。遅かったのかと思いながら、僕は魔法を使った。
「光」
葉っぱ自体が光るように魔法を使ったから、赤く色づいた葉っぱがキラキラと輝きだした。
「うわ~! きれ~い」
木の裏側からモアが姿を現した。7年ぶりに会うモアは小さな女の子から綺麗な女性へと変わっていた。はにかんだ笑顔を僕に向けてきた。
「遅いよ、スカイブ。待ちくたびれて家に帰ろうかと思ったよ」
「ごめん、モア」
僕は謝罪の言葉と共に頭を下げた。その僕の耳に柔らかなモアの声が届いた。
「違うよ、スカイブ。言うのはその言葉じゃないでしょ」
僕は顔をあげてモアに言った。
「モア、君のことが好きだ。愛してる。一人で過ごした7年間。君との約束が支えだったんだ。どうか、僕と結婚して欲しい」
モアは葉っぱに負けないくらい真っ赤な顔になった。
「いいぞ~、スカイブ」
「キャ~、素敵~」
「目出度いじゃないか、コンチクショウ」
後ろから聞こえてきた声に、慌てて僕は振り向いた。そこには村中の人間が集まっていた。モアへのプロポーズを見られたことに、僕の頭は真っ白になった。
「それで、モア。返事は~」
「そうよ~。ちゃんとしてあげなさいよ」
モアは同年代の女の子達に言われて、真っ赤な顔のまま言った。
「私も、スカイブのことが好きです。お嫁さんにしてください」
ワァ~
このあとの大騒ぎは言うまでもないだろう。村中の人に僕達は祝福をされて、お祭り騒ぎになったんだ。広場に酒樽を持ち出して、夕食に作っていた料理を持ち込んでの宴会となった。
子供達はさすがに眠る時間になり、母親に連れられて家へと戻り、年寄りも夜更かしは明日に堪えるからといって、広間の人間は4分の1くらいになった。
宴会の間中、離れていたモアがそっと僕の隣に来た。
「スカイブ、私まだあの言葉を言われていないけど」
小さな声でそういうモアはお酒を飲んだせいなのか、頬を少し赤くしていた。
「えーと、どの言葉なんだろう。さっぱりわからないよ」
本当にわからなくて僕も小声で返した。モアは「仕方ないなぁ~」と呟くように言った。そして僕の耳元に口を寄せた。
「帰ってきた時に言う言葉」
「あっ!」
僕は離れたモアの目を見つめて微笑んだ。
「ただいま、モア」
「おかえりなさい、スカイブ」
モアもニッコリと笑ってくれたんだ。
名前について少々。
・スカイブ
中途半端な名前になりました。
もともとは青い空で、スカイブルーにしようと思ったのです。
が、彼の両親が彼の名前をつけようとして、青い瞳が空の色みたいとなり、「スカイ」がいい「ブルー」がいいと喧嘩になりました。
間を取って決まったのが、この名前。
・モア
最初に浮かんだ名前はボアでした。でも、かわいくないし、何より名字みたい。
考えた結果モヘアからモアになりました。