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トカゲのおっちゃん




 慣らすように踏みしめる一歩。確かめる大地。初期装備の靴はデザイン性は悪いものの、履き心地は悪くない。腕を回し、足首を動かし、首を鳴らす。深呼吸をひとつ、五感を研ぎ澄ます。うん、悪くない。虚構と現実を行き来する第二期ヴァーチャル世代の僕が今まで体感した、ありとあらゆる仮想空間の中で、最も感覚が現実世界に近しいことを、この時点で確信する。

 前作よろしくメニューウィンドウを開き、持ち物やステータスを確認する。カンストまではずいぶん遠いが中々にして程よいレベルとスキルポイント。ゲームとの関係はきっぱり絶っていたので前情報は少ないが、操作自体は前作とほぼ同じであろう。引き継いだアイテムの中にはそこそこ値が張りそうな高額のポーション類もあるし、当面は食いつなげそうだ。

 広場の階段から降りたところで、獣人たちのバザーが開かれている。あそこで持っているアイテムを売り払えば、ひと財産築けるかもとも思ったが、トワコを待たすと煩そうなので、先に大聖堂の鐘とやらへ行ってみることにする。

 いざ看板の方へ行けば、いったいどんな敵を想定しているのであろうか、大名の城にある武者返しを思わせる現実なら辟易しそうなほど急勾配な階段。見上げるも、視界の先にその大聖堂とやらは見えやしない。開始早々喉にまとわりつく文句を飲み込んでえっちらほっちら先を急ぐ。途中、見渡す街の美しさに足を止める。前作の頃から、僕はこの美しい世界が好きだった。夜中に差し掛かろうとしている現実世界とは異なる時間軸にある世界は、忙しなくも穏やかで、こちらが僕の世界だったら良かったのになと、何度も思った。


「ヒュームはいいな。この絶景がスタート地点から味わえるんだから。あんたは聖騎士団志願者?」


 無意識にさっそく一息つくかの如く階段で足を止めていた僕、不意に声が掛かる。まるで生き急ぐような僕の早歩きが、先程追い抜いてしまった黒髪おかっぱのお姉さんからだ。振り返り彼女の姿を見やれば、耳が尖っている特徴から、かの有名なエルフ族と思われる。エルフは知性に優れ、なおかつ所謂人間であるヒューム族に匹敵する器用さを有している。反面信仰心と筋力が低く、ヒューム族やドワーフ族と比べ、ステータス的にも回復職であるプリーストや武器を扱う戦士職には向かない種族である。


「いえ、ただの待ち合わせです。僕今今EZO2初めたばかりで」

「見りゃ解るって。その格好……頭のてっぺんからつま先まで、いかにも始めたばかりって感じじゃん。そのわりには高レベルだし。前作のデータを引き継いだのか?」


 パッシブスキルのサーチを使えばざっくりとした相手のレベルを測ることができる。常時発動しっぱなしのものなので、べつに彼女がわざわざ僕のステータスをカンニングしようとしたわけではない。


「あ、すいません。たしかに自分前作のEZOやってました」

「わたしもやってたやってた。でも、2では心機一転始めることにしたよ」


 僕だって純粋に楽しむならば、そうしていたであろう。前作という共通の話題に食いついたエルフのお姉さんは聞いてもいないのに、軽く自己紹介を始める。まずい。トワコを待たせている。


「フジコ・ベアトリスクだ。あんたは?」

「レイです。前作でも同じ名前」


 打ち解けた覚えもないのにタメ口のベアトリスク女史。前作のプレイヤーなら我らがゲーム内最大派閥の一角、ハコブネである僕や総帥である大魔導師ヘミングウェイのことを知っているかもしれないので、僕は嘘をつく。目立ちたくはない。あー、サインとか求められちゃったらどうしよう。


「なんでまたエルフに? 見る限りその装備、騎士とお見受けしますが」


 騎士鎧はまとっていないものの、彼女の腰にはずるずる引きずりそうなほどに長い片手半剣(バスタードソード)と、背中には騎士職の目印ともいうべき大盾が背負われている。筋力の低いエルフには向いていない。


「うーん。聖騎士(パラディーン)はストーリー上、重要だし、ソロでの攻略にも向いているからな。あたしこんなに可愛いのに友達すくねぇんだわ」


 誰でも美形にできるアバターなのに、自分で可愛いとか言っちゃうところとか、この粗野な喋り方とか確かに友達は少なそうである。


「それよりあんた、待ち合わせはいいけど、ストーリーを少し進めないとパーティは組めねぇぞ」

「まあ、そうなんですけどね」


 EZOは広義でマッシブリー・マルチプレイ・オンライン・ロールプレイングゲームと呼ばれる、何千何万人というプレイヤーが同時にプレイするようなオンラインゲームで、自由度が非常に高いことは間違いないのだが、ストーリーの方も決して疎かにはされていなかった。ひとつの拡張パッケージにつきコンシュマーゲーム一本分、或いはそれ以上のシナリオが丁寧に作りこまれているのだ。もちろん続編の2も同等かそれ以上のボリュームのシナリオが用意されているのであろう。まだ拡張パッケージが実装されていない今日現在、遊べるのは最初のシナリオ『神聖王国の姫君』だけである。僕の数少ない前情報では、先程ベアトリスク女史が口に出した『聖騎士(パラディーン)』なる職業(クラス)が非常に重要な役割をもつとのことだ。


「連れが待ちくたびれて、怒っているころなので、そろそろ先に行きますね」

「ストーリー少し進めたら、同じ前作からの移民組のよしみでパーティでも組もうぜ。さっきも言ったけど、あたしフレンドが少なくてさ。いつでもチャット飛ばしてよ」


 社交辞令的にお互いをフレンド登録し、ベアトリスク女史に別れを告げ先を急ぐ。いやはや逆ナンにあってしまった。モテる男はつらいぜ、なんて心にもないことを心の中でひとりごちる。エルフの聖騎士はないわー。アバターも張り切って美人にしすぎ。少し何かが欠落している方が人間親近感が湧くものである。僕も前作では超絶美少年だったという黒歴史は遠く上の方に置いておく。今は深津パイセンが少しでも気づいてくれるよう、きちんと現実の自分に似せて作ったのだから許して欲しい。

 そこに吹き抜ける一筋の風。吹き抜けるゼロとイチに僕の髪の毛が靡く。額にまとわりついていた汗が乾いて、本物の風よろしくなんとも心地よいものである。だいぶ仮想空間に身体が馴染んできたことを実感しつつも、先を急ぐ。苦節十数分、ゲームの中でまで運動不足が祟り、足やら腰やらに違和感を覚え始めたところでやっと無限に続くかと思われた階段は途切れ、拓けた場所に出る。視界の端っこに自動でウィンドウが開かれ『大聖堂 聖都アルスホルムの象徴とも云うべき、築五百年の建造物。大国セントアルファリアの国教であるセイバー教の旧総本山であり、現在は観光名所としての側面もある』とご丁寧に解説が表示される。眼下に広がる広大な敷地とまるで要塞のような建造物。築五百年と書かれていた割に近代的な印象を受けるこの要塞のような建造物が、件の大聖堂なるものであろう。想像していたよりもスケールの大きな建物であり、人もたくさんいる。鐘の下、鐘の下、はてどこだろうか。端的に現在の状況を述べるならば迷子である。こうなれば鐘の場所を人に尋ねてみようかと、NPCのシスターに声を掛ける。


 ぴんぽんぱんぽーん。


『本日も当施設にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。ご来場中の皆さまに、迷子のお知らせを致します。上下初期装備三点セット、初心者古代魔術師プレイヤーのレイくんが、サービスカウンターで妹さんをお待ちです。至急一階サービスカウンターまでお越し下さいませ。本日も何かとお忙しい中、当施設にご来場いただきまして、誠にありがとうございます』


 やたらと親切なシスターのお姉さん。我ながらナイスなアイディアだと思ったが、アナウンスの数分後に現れたのは、真っ赤な顔で怒りを露わにしたトワコであった。

「お兄ちゃん。恥ずかしすぎ。いい加減にしてよ」

 これが急勾配の階段を一生懸命登ってきた兄に対しての妹の第一声である。いやはや恥ずかしい妹に恥ずかしいと言わせてしまった。血は争えないものだ。

 閑話休題。合流した僕らは、聖堂敷地内のカフェテリアでお互いのステータスを確認し合い、足りない装備品を買いに噴水のある広場を越え街に降りる。獣人たちのバザーで掘り出しものを探す。NPCに混ざり多くの生産職プレイヤーがここで商いをしている。かくいうトワコも獣人である。真っ白な髪にぴょこりと主張するウサ耳、真っ赤な瞳に露出の高い軽装、控えめな胸。うむ、我が妹ながら、なかなか良いセンスだ。特に胸が控えめなところとか。


「いい? ここで露店を開く条件は獣人であること。ヒュームのお兄ちゃんには無理だけど、トワコがいればここで巨万の富を得られるよ。ラッキーだったねお兄ちゃん。おめでとう」

「いやそれ、なんか方向性違うだろ」

「いやいや、地獄の沙汰も金次第。ここでまじめに兄妹水入らずで商いをして、やがて愛が芽生え兄妹は夫婦となり……」

「ほいほい、大聖堂で時間食っちゃったから急ぐよー」

「いや、それお兄ちゃんの所為だし。もぅ、お兄ちゃんは、ほんとトワコがいないとダメだなぁ」


 誇らしげにトワコのウサ耳がぴょこり、僕らは買い物を続ける。上級職の魔法剣士ともなれば、片手剣など攻撃性の高い武器なども装備できるが、古代魔術師の僕が今現在装備できるのは杖と小剣あたり。これはあくまでも旧EZOならの話だが、初期装備の杖じゃゴブリン一匹倒すのもままならない。魔術師のくせに序盤は魔法を捨て、ゴリラのごとく攻撃性能でぶん殴るのがセオリーである。ふへへ、幸い金なら捨てるほどある。

「攻撃力で選ぶなら短剣(ダガー)系とかかな」

「ブーメランとかだめかな? なんかカッコいいじゃん。旧EZOにはなかった武器種なんだよね」

「使えなくもないけど、ダメージが器用さ依存だから、古代魔術師のお兄ちゃんが使っても大した威力出ないよ。もっともズルして前作のデータ引き継いでるお兄ちゃんなら、例え素手でも、序盤は困らないと思うけれども」

 そうか。あくまでもそれなりにではあるが、スキルポイントもステータスも上がっているので、序盤からそこそこ高度な魔法戦もできるかもしれない。あれこれ考えながら様々な店を物色していると、とある店舗から「そこの旦那!」と声が掛かる。一瞬、自分のことと理解できず、キョロキョロしているとシートを広げ地べたに腰掛けているリザードマンの露天商と目が合う。

「そこの旦那! そう、あんたあんた。初期装備にそのステータス、あんた旧EZOからの移民だよな。うちには、ちょいと値は張るが、お隣のカルカス公国の宮廷魔導師セットとかあるよ」

 表情の読めないリザードマンの上目遣い。彼の親指が差すのは、場に似つかわさない天使を思わせるゴージャスな魔導アーマー。六枚の翼を模したマントがひらひら風に靡く。やべっ! かっこいいじゃないか! それにトワコは手を振り首を横に振り、「やめときなよお兄ちゃん。この国でカルカスの宮廷魔導師のコスチュームなんて着て歩いてたらただのコスプレだよ。それにめっちゃ派手だし、ダサい」と食指の動き掛けていた僕の意識を遮る。そして別の商品を指差す。

「トカゲのおじさん。あっちは幾ら?」

 トワコが指差すは地味〜ぃな白い軽鎧のセット。

「ウサ耳のお嬢ちゃん。あれは売り物じゃない。あっしが鍛冶師(スミス)のスキルで作った失敗作さね」

「失敗作ならタダでいいよね。ちょうだい。お兄ちゃん! あれにしよっ。軽くて丈夫そう」

「えっ、ちょっと……お嬢ちゃん?」

「あとはね、あとはね、小手と防寒用のマント。それに魔法職向けの武器が欲しいかなぁ」

 強引に話を進めるトワコ。僕はただ彼女の着せ替え人形のごとくあれやこれやと勝手に装備を決められる。モンスターの皮を鞣して作られた軽鎧に、魔法耐性のある無地のインナー。寒地でもそこそこ暖かいマントに、回避率を上げる小手。沈黙の魔法効果の付与された短剣(ダガー)とサブウェポンのブーメラン。誰一人として得のない野郎ひとりの不毛なファッションショー。

「う〜ん。軽鎧にダガーにブーメランとか、なんだか魔術師というより盗賊(シーフー)みたいだなぁ。泥棒って意味じゃお嬢ちゃんのパーティにぴったりだ」

 トワコの大胆かつ悪質過ぎる値引き交渉に辟易した顔で、リザードマンの露天商は皮肉を吐く。ポーション類を売ったおかげで、多少ふっかけられても懐事情にはまったく問題ないのに、トワコは値切りに値切ってしまわれた。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいである。

「ねぇ、お兄ちゃん。気づいた? さっきのトカゲのおじさんさ」

「んっ、なに?」

「たぶんNPCだよ」

 ちょっとトワコが何を言っているかわからなかった。あのリザードマンとのコミュニケーションには、違和感などまるでなかった。だからすっかりプレイヤーだと思い込んでいたが、思えばコンシェルジュのアケミさんもそう。迷子の時のシスターだってそう。この世界のNPCたちは意志を持ち意志の疎通ができる。EZO2の売りは高度なAIをもつNPCだと聞いたことがあるが、まさかプレイヤーと区別がつかない程とはね。


 さて、気を取り直しての冒険再開。遠足というのは、あくまで準備するまでが楽しいもので、実際には酷く疲れるし、ダルいし、バスに酔うし、とてつもなく面倒なものである。それと同じようにせっかく買った武器も、あれやこれやたくさんある中から選び、鏡の前でポーズを決めるまでは楽しいが、いざそれを使用するとなると話が違う。武器とは相手を攻撃するために存在するもので、そんなものが存在するこのEZO2で避けて通れないのが戦闘というやつだ。

 アルスホルム郊外にある南門から街を出て、そこから更に南下し、街と街を繋ぐ街道から外れること数時間。橋の掛かった小川を越えたところに広がる比較的見晴らしの良い平原。イサーク平原。ここより魔物の出現率が飛躍的に増えるらしい。トワコ曰くアルスホルム近隣ではメジャーな狩場なのだそうだ。チュートリアル的な最初のイベントを攻略するまで、パーティが組めずトワコとパワーレベリングはできないので、古代魔術師である僕は、自らこのか細い腕一本で戦わなくてはならない。

 初戦。平原の名の由来であるモンスター、野生のイサーク。鳥類型のくちばしと飛べない退化した翼。そして発達した両足。温厚なイサークと獰猛なイサークがいるらしく、飼いならすと騎乗することができるそうだ。また食用としても重宝され、料理スキルを所持していれば保存食としても優れているとのこと。旧EZOにはいなかったモンスターで初戦は醜悪な容姿のゴブリンが定番と思い込んでいたので、イサークのなんだか可愛らしいフォルムに戦意が削がれる。「武器の試し切りには、悪くない相手だよ。魔獣使いのスキルないから騎乗は諦めて肉にしよう。今夜は鶏肉パーティだよ。よかったね、お兄ちゃん。おめでとう」と、どこぞの蛮族みたいなことをほざくトワコ。

 遭遇した敵は二体。獰猛な方だったらしく、目が合ったその瞬間突進してくるので、それをひらりかわし、買ったばかりのダガーで一突き。ざくり手に感じる生々しくリアルな感触と、きゅぃーんと悲しそうな鳴き声。野生のイサークは血しぶきを上げ壮絶に絶命する。トラウマになりそうなほどの生々しい感触はさすがVRゲームの最新作である。嫌なところに全力を注ぎやがって。その惨状を見て怒り狂ったもう一体がこちらに向かってくる。手に残る生々しい感触が嫌で、僕は魔法を発動する。幸い詠唱破棄のスキルを取っているので、一秒と待たずして、僕の右の掌に、子供の頭一つ分くらいの(ほのお)が産声を上げる。ファイアボルト。こんな初期魔法でも僕のステータスなら中々のものであろう。そしてそれをイサークに向け放つ。刹那、イサークは爆発。爆風とともに臓物を撒き散らし四散する。僕の顔にべちょり肉片が付着する。その時である、隠れていたのか茂みから三体目の小さなイサークがちょこちょこと現れ、僕が殺した二体のイサークを見て鳴いている。この二体の子供であろうか。……え? なんだこれ。何? このリアルな感じ。罪悪感が半端ないんですけど。物凄く間違っている気がするんですけど。ああもう。ああもう。

「さっすがゲーマーなお兄ちゃん。初戦からいきなりプレイヤーズスキルを見せつけてくれちゃうよね。あれ? どうしたの? なんで真っ白になってるの?」



 



 


 


 


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