02 不死身×トラック
「身体はもう大丈夫なの?」
「大丈夫です」
「事故ってどうなったの結局」
「まぁどうにかなるっぽいですね。僕の名前のおかげで色々許された、みたいな」
「いいなーあたしは金色だからそういうのあんまりないし」
「髪、綺麗ですよ」
「…ちょっと触らないでよ」
「少しくらいいいじゃないですか」
「ちょっとキャラ変わってない?」
「なんか死にかけたら急に生きなきゃってなりました」
「なにそれ」
そんな会話のしながらスーパーから出てきた二人とすれ違うようにスーパーに入った高校生は顔面傷だらけだった。顔の形がなにかの衝撃のせいかひどく歪曲どころか潰れすぎて縦長になっている。まともに口を聞くことなど到底無理な、そもそも息をすることすら覚束無さそうなその容姿の高校生の右耳には銀のピアスが嵌めてあって。それが夕陽の色を受けて鈍く光っている。髪の毛の根元から真っ赤に染まっているが、果たしてこの容姿のままどうやって髪を染めたのか伺わしい感じだった。と思いきや、パキパキとまるで骨の折れるかのような、軽快な、木が火で真っ赤に燃えて弾けた時のような音が断続的に鳴った途端に、高校生の顔が徐々に、潰れる前に戻ろうとするかのように、逆再生で治っていった。
高校生がスーパーの籠を手に持ち、店内の自動ドアをくぐり抜けて地元の野菜を扱ったコーナーから大根を一本選び取って籠の中に入れた時にはもう顔の輪郭は元に戻っていた。ちなみにその顔の作りは中々の美男子である。尖った眉毛に彫りの深い鼻と柔らかそうなピンクの唇に、赤毛の短髪と朱色の瞳がついて、そこに制服の上からも窺えるほどほどに逞しい二の腕の筋肉に、180越えの長身。耳にはピアス。そしてブレザーの着こなしの姿も気だるげな感じなのに、野菜をしっかりと選び取るあたり、中々の家庭派っぽくていい男である。
とブロッコリーを籠に入れた時だった。
トラックがスーパーの入口から突っ込んできたのだ。
「悪い悪いまたやっちまった!」
車の中からトラックの運転手が出てくると、頭をこすっててへぺろする。
「おっさんいい加減にしろって…大根折れちまったじゃねぇか」
「いやさ…まぁこれも性分ってやつでさぁ」
「はぁ」
ため息を着いた高校生の右腕、左足は逆方向にひん曲がり、顔はさっきよりもゆがんでいる所か口から上が吹っ飛んでベビーリーフの棚に突っ込んでいる。そこに置かれた顔の目はギョロリと瞳孔が開いたまま虚空を見つめていて、それを見た主婦っぽい女性がギャーギャーとわめきたてたり失神している。
「でもまぁ、毎回あんちゃんだけぶつかってくれっから助かるよ」
「昨日は違う奴にぶつかったそうじゃないですか」
「二回目は流石にびっくりだ」
「で、そいつはどうなったんですか」
以外にも丁寧は受け答えをする高校生の顔はいつの間にか戻っていた。吹っ飛んだ上半分の顔もいつの間にか消失して元の位置に戻っている。腕も足も元通りだ。
「生きてる生きてる。やっぱしなぁ、この街の人間って基本不死身なんじゃねぇの?」
「いやいやいや、前に何人か殺してるでしょ」
「そりゃぁ、頼まれたらやりますわな」
「じゃぁ昨日のも頼まれたんです?」
「昨日のは完全なみすだ。ってもどこかで誰かが力を働かせた可能性は否定できんがな」
「そうですか。でもまぁ、不死身なのは僕だけですから、今度からは運転気をつけてくださいよ」
「なんでいあんちゃん、俺に説教ってのかい?」
「いい加減急がないと、積荷、遅刻しちゃいますよ!」
「ああいっけねー!いっけねー!それだけは勘弁だぁ。親方に怒られちまう」
そういうと「トラック」はクラッチを踏んで、バックギアに入れると急発進でスーパーを後にした。そこらへんに散らばった野菜の多くが、壊れた時の衝撃や建物の破片で割れたり潰れたり汚れたりしている。が、「不死身」には何もどうすることもできなかった。自分に出来ることは、他人の不幸を引き受けること。トラックがやること、出来ることは天罰を与えることだからだ。瓦礫の下敷きになった女性は多分この街から消えるだろう、あのトラックの罪荷となって。
概念街…難しくてよくわからないこの街に住む人たちにはそれぞれに役割が与えられている。その役割に自覚的に無自覚的に、或いは仕事として、趣味として、人生として不幸として、従い、行きながら死語となって廃れていく彼らの一生は奇妙な物語そのものであった。