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01 金色×魂消る

 金色先輩は艶のある金色のボブカットをふぁふぁふぁふぁ揺らしながら学校の中庭をのんびりと歩いていた。


「魂消る君も今日はおしまい?」

「ええ、なんとか、今日で調べものも終わりそうです」

「調べ物ってなぁに?」

「色々なことです」

「今日の晩ご飯何にしようか迷ってるの」

「家に何があるんですか?」

「ネギとゴボウ」

「…どうしようもないですね」

「魂消る君は料理得意だっけ?」

「…まぁまぁですね」


 基本は自炊派である。


「じゃぁ作ってよ」

「僕がですか?」

「一緒にスーパ行こう?お金は払ってあげるから」

「あたりまえです」


 金色先輩は僕の空いた右手をぎゅっと掴むと、そのまま駐車場の方へ走って連れていこうとするので、僕は転びそうになりながら、左手に持ったパソコンを落とさないように自分の胸の方へ腕を引きつける。


「急に走らないでくださいよ!」


 あぶないじゃないですか。


「遅いよ魂消る君!」

「今日は何で来たんですか?」

「何ってなーに?」

「僕今日自転車できたんですよ」

「あたしは車よ!」

 

 すると、金色先輩はぱっと手を離して「じゃぁスーパーで合流ね。遅れたほうが今日の食事代持ちってことで」とかなんとかいって、自分のピンクな軽自動車に乗り込むと、アクセルを踏んで校門の方まで飛ばしていった。全く自由な人である。

 だが、だからと言って負ける訳にはいかない。今月は欲しい物を買うために余計は出費をするのはマジで勘弁なのだ。

 僕は「よし」と自分に言い聞かせると、自転車の籠にショルダーバックを入れ、背中にパソコンケースを担いだ。そう、今日の僕は色々と大荷物だったのである。

 夕方五時過ぎ。金色先輩のサラサラした髪が一層光り輝くこの時間帯に、僕は彼女の影を追うためにギアを一段あげた。目的地のスーパーは丘の上にあるこの学校の目の前から一直線に伸びる下り道の最奥にある。

 


 季節は冬。吐く息は白く、手袋を嵌めても尚、サドルから伝わる鉄の冷気と、向かい風の寒さと、狭い対向車線をこれでもかと飛ばして駆け抜けるトラックの暴風に煽られながら、自分も負けじとギアを入れ、ペダルを漕いで、加速する下り道をひたすらに飛ばしていく。普段だったら、飛び出してくる車やちびっこや高校生を気にして、周りをキョロキョロしながら、注意して坂を下る僕が今日はクラクションを頻繁に鳴らされながら坂を下る。下る下る。信号が変わる所をギリギリで無視したり、このくそ寒い中アイスを咥えてちんたら走ってる高校生を追い抜かしたり、追い抜かされた高校生が後続の車に吹っ飛ばされたり、通りの店先から出てきたばあちゃんに盛大にどなられながら「そんなん生き急いでっと死んじまうぞ!」とか罵声だか忠告だか呪いなんだかを帯びせられながらそれでもアクセルを踏んでいるけど、それでも車の方がやっぱり早いから、後ろのトラックは僕にクラクションを当てて、良いから黙って歩道の方に入れっていうけど、でもここで入ったら僕の小遣いは減って僕の買いたい物が今月手に入らないからそれだけは避けられないし、だってその欲しい物は金色先輩に言いたくないからこの勝負やめだなんてとてもじゃないけどいえないんだ。






って




思ってたら横から真っ白いライトが当たって視界が真っ暗闇に溶けていく空と宙返りした。





「というわけで、ここはどこです?」

「病院よ」

「先輩…」


 僕はいつの間にかベッドに寝ていた。

 酸素マスクをかぶせられ、手足をぐるぐると真っ白い包帯で巻かれている。僕の隣には心電図が弱々しい波をピクンピクンと打ち続けている。ああ、僕は車に轢かれて吹っ飛ばされたのだ。


「バカ」

「…」

「バカじゃないの?あんな勝負、真に受けて、自転車で、坂転がって、車にひかれて」

「…」

「林檎向いてくれるなんて優しいですね」

「これはあたしの晩ご飯よ。あんたは今日点滴」

「そうですか」


 ああ、でも久しぶりにやっちまったな。

 先輩にも迷惑かけちゃったなぁとか、これでお金も色々吹っ飛ぶんだろうなぁとか、だからこれで色んな物が台無しになったなぁとかそんなことを思っていた。


「待っても、待っても来ないから、待ちくたびれてあの寒い坂を一人で登ってったのよ?マジ寒かったわ。そしたら大きな事故があったって。転がってた自転車が、あんたの青い自転車だったから、そのまま救急車に乗って…」


 そう、止めどなく言葉を流しながら、シャリシャリと林檎の皮を向いていく金色先輩の目は怒っているのか呆れているのか、それとも泣いているのか分からない感じで、声色もそんな感じで。


「魂消る君と一緒にいるといっつも疲れちゃうわ」

「名前がそうですからね」

「何にも上手くない! 心配するこっちも身にもなってよね」


 先輩の表情は困っていた。とても困っていた。あってから初めてなくらい困っていた。


「林檎向いてくれるなんて優しいですね」

「そうじゃない」

「すいません」

「なんであんなに急いだの?」

「色々あって」

「あんな勝負、どうってことないでしょ」

「事情があったんです」

「事情があるなら、あの時そういえば良かったのに」

「すいません」

「バカ」

「…すいません」

「魂消る君のそういう所キライ」

「ごめんなさい」

「それで事情ってなによ」

「今月、どうしても買いたいものがあったんです」

「買いたいもの?」

「…指輪です」

「誰に」

「先輩に」

「…」

「…なんちゃった」

「バカ」

「僕と付き合ってくれませんか」

「イヤ」

「…そうですか」

「ウソ」

「…」

「魂消る君といると、楽しいけど疲れるのよ」

「なんですかそれ」

「もう無茶しないでね。あたしを驚かせたら別れる。絶交」

「はい」

「それから、無理しそうになったらちゃんと言って」

「はい」

「言わないと分かんないの。空気なんてどうでもいいから」

「はい」



 そんなこんなで一晩先輩と僕は話していた。病室の中で一晩中話していた。

 



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