いきなり下着泥棒という言いがかりをつけられ、なんだかんだで下着代を弁償させられる破目になりました
いきなり下着泥棒という言いがかりをつけられ、なんだかんだで下着代を弁償させられる破目になりました。
ここ最近、僕はカラスの餌付けをしています。ほら、カラスって頭が良いから、餌をやっているとよく懐いてくれて面白いんですよ。僕はそのカラスにブラックの“ブラ”から取って「ブラ」という名前を付けていて、その日もアパートのベランダから「ブラー」とそのカラスを呼んでいたのです。いえ、ブラの鳴き声が聞こえたような気がしたものですからね。するとその名前が悪かったのか、突然、隣の部屋のベランダから「やっぱり、あなたが下着泥棒だったのね!」と声がしたかと思うと、まるでサーカスを見るような鮮やかな動きで、手すりを通って華麗に仕切り板の向こうから隣の部屋の女性が現れたのでした。
「お見事」と、僕。
「ふふん。なにしろ、体操をやって鍛えているからね!」
得意げな様子でその女性はそう返しました。そしてそのままの流れで彼女は、「でも、おだてても無駄よ、あなたが下着泥棒だって事は分かっているんだから。さぁ、今まで盗んだ下着を返してもらうわよ!」とそう続けるのでした。
「下着泥棒? どうして?」と、僕。
「さっき、“ブラー”って叫んでいたじゃない」
いやいやいや。とんでもない勘違いです。ってか、「ブラー」って叫ぶ下着泥棒って、どんな下着泥棒でしょう?
「そんな下着泥棒はいないと思うよ?」
「じゃ、どうしてあなたは“ブラー”って叫んでいたのよ?」
「ああ、それはカラスを呼んでいたんだよ。ブラって名前を付けていてね」
「ふふん。苦しい言い訳ね」
「いやいや、下着を盗んだ直後に逃げもしないで、“ブラー”って叫んでいる下着泥棒を想定する方がよっぽど無理があると思うよ?」
「それは、あれよ。ほら、なんかそういう特殊な趣味があるのじゃない?」
「どんな高度な変態なんだ、僕は……」
それから僕はそのカラスにブラックから取って「ブラ」と名付けている事を説明しました。だから下着の事ではないのだと。すると、やや納得したような表情を見せたにもかかわらず、彼女はこんな事を言うのです。
「カラスが黒いからブラックから取って“ブラ”? なにそれ? ネーミングが安易すぎるのよ。そもそも、カラスなんてほとんど黒いのよ? 二匹目が来たらどうするの? ブラ2とでもするつもり? ピ○チュウに“ピ○チュウ”って名前を付けるくらい安易じゃない。ピ○チュウを“ピ○チュウ”って呼ぶのはイヌを“イヌ”って呼んでいるようなものよ?
そのまんま過ぎるのよ!
もっと、こう、イヌを“ネコ”と名付けるくらいの気概が欲しいわね。熊手君を見習いなさいっての!
――って、こんなネタ、一体何人が分かるってのよ!?」
……なんだか分かりませんが、話が元の話題から逸れたようです。それで僕は「分かった。熊手君を見習うから、今日はもう帰ってくれないかな?」とそう言ってみたのです。多分、下着泥棒の件は既に忘れていると思って。ところが彼女はそれにこう返すのです。
「おっと、誤魔化されないわよ。わたしのパンツを返してちょうだい」
「パンツ? ブラじゃなかったの?」
「あなたはわたしの話をどう聞いていたのよ? わたしにはパンツに“ブラ”と名付けるくらいの気概があるのよ!」
「ああ、なるほど……」
普通、分からないと思いますが。
「でもさ、それだと君がパンツに“ブラ”と名付けている事を、僕が知っているはずがないよね?」
「それなら大丈夫。わたしはちゃんとパンツに“ブラ”って書いておいたから。パンツに付けた名前をいちいち覚えているほど暇じゃないのよ、こっちは!」
「パンツに名前を付けて、それを書いておくほどには暇なんだ」
「というかね、そもそも、あなたが下着泥棒だって証拠は“ブラー”って叫んでいた事だけじゃないのよ。
わたしの下着が盗まれたのはこれが最初じゃないの。そして、今まで盗まれる度に、かなりの確率であなたがベランダに出ていたのよ!
さぁ、これをどう説明するのかしら?」
僕はそれを聞くと、頭を掻きました。そんな程度の偶然なら充分に有り得そうですが、彼女が納得しそうにないので、こんな事を言ってみます。
「あのさ、それだけじゃ、因果関係は説明できないでしょう? 例えば、そうだな、交絡因子って知ってる?」
「こうらくいんし? 知ってるわよ。北○の拳の必殺技でしょう?」
全然、違います。
「交絡因子っていうのはね。例えば、“僕がベランダに出ていた”と“下着盗難”の二つともに働きかけ引き起こす因子Aがあった場合、その因子Aを交絡因子って呼ぶんだよ。僕が犯人だって主張したい場合、この交絡因子の可能性を排除しなくちゃならないんだ」
「A? 何の事よ? わたしの胸がAカップだって事が言いたいの?」
「ああ、Aなんだ。まぁ、そんな感じだよね……って、いや、違う。なんでそうなるの? 分かり難かったなら、別の例えを出そうか?
“体重が重い”ほど“身長が高い”って関係性があるけど、この二つには別に因果関係はないよね? 体重を増やしても、身長は高くならないでしょう? この二つには、“身体の構成要素を増やす”って交絡因子があるから“体重が重い”ほど“身長が高い”って関係性があるだけで……」
それを聞くと彼女は怒鳴った。
「当たり前でしょーう! 痩せているからこそ、このAカップの悲しい胸もスレンダーな体型って言い訳がつくのよ! これで体重が重かったら、それはもう見事にマニアックな幼児体型になるわよ! そんな悲惨な事態は考えたくもないわ! それともあなたはそういうのが趣味な訳? この変態! 断っておくけど、あなたの発言は充分にセクハラよ? 流石、下着泥棒ね! このセクハラ番長が! エロ!」
この人の方がエロいと思うのですが。
「いや、そうじゃなくてさ。僕がベランダに出る事と、君の下着が盗まれる事に同時に影響を与え引き起す何かがあるかもしれないって話で……」
「そんなもん、どこにあるのよ?」
しかし、そう彼女が言い終えた瞬間でした。僕らの目の前にある木の枝にカラスがとまったのです。そのカラスは間違いなくいつも僕が餌を与えている“ブラ”でした。しかも、ブラはなんと女性もののパンツをくわえていたのです。
僕は言います。
「ブラ!」(カラスのことです)
彼女も言います。
「ブラ!」(パンツのことです)
僕と彼女はそれから顔を見合わせました。僕は口を開きます。
「あったみたいだね、交絡因子…… 」
つまり、カラスの“ブラ”がパンツの“ブラ”を盗んでいたのです(ああ、無駄にややこしい)。多分、パンツは巣の材料か何かにするつもりかと思われます。僕はカラスのブラに餌を与えていましたから、それで下着盗難の際に、ベランダに出ている事が多かったのでしょう。
流石に、それを受けて彼女は申し訳なさそうな表情になりました。誤魔化すようにこう言います。
「でも、一体、どうしてこのカラスはここによく来ているのかしらね?」
「ああ、それは簡単だよ、多分、僕が餌を与えているから……」
彼女はそれを聞くと、にっこりと微笑みました。
「――けっきょく、あなたの所為じゃない!」
それから、そう彼女から言われ、僕は彼女が盗まれた下着代を弁償する破目になってしまったのです。これ、僕が悪いのでしょうか? 誰か教えてください。
参考文献:信じてはいけない「統計的に正しい」こと 著者 市毛嘉彦 幻冬舎 ルネッサンス