一章−悪夢の現在
辺りは一面銀世界だ。
足跡を付けてしまうのは勿体無い。
だが、この地区に住む人々はそんなものお構いなしに踏み、茶色い地べたを剥き出しにさせていく。
季節は秋。
けれどこの地区はすでに氷点下だった。
夏でさえ、他の地区の住民なら少し寒いと思ってしまうこのレストリー地区は、冬になると氷点下20度にもなる。
おかげでここは氷の街と呼ばれるようになった。
そのせいか、ここの住民は寿命が短い。
長くとも生きて50年そこらだろう。
短いものなら産まれてすぐに亡骸となって埋葬されるだろう。
少年は息を吐いた。息を吐けば白く濁る。
それを手で摑もうとしてみても、すり抜けて消えてしまった。
場所はレストリー地区の隅の隅。
レストリー孤児院と書かれた看板の前。
黄金色のアシンメトリーな髪を靡かせた少年。
歳の頃は今年18。
年齢に比べ、どこか大人びた雰囲気の、何かを諦めたような目をした少年。
「礼央」
礼央と呼ばれた少年、我鷺礼央は、自分を呼んだ声の方へと振り返る。
「礼央、風邪ひくから中に入りなさい」
呼んだのは白い髭を生やした孤児院の院長、当麻一博だった。
「…あと少ししたら戻るんで…」
我鷺はそう言うと町の方へ向き直ってしまった。
「…早く入るんだよ?」
当麻は言って、孤児院の中へ入った。
だるい。そう思うのはいつものことだった。
だが、今日はいつに増してもだるかった。
なぜだろうか。
なんにせよ、今日もこの町は相変わらず寒くて、相変わらず退屈で、相変わらず何も無い。
「…お前はどうだったんだ。」
ここにいない相手に、聞こえもしない言葉を投げかけてみる。
当然返事は返って来なくて、空の心が余計に虚しくなった。
「まだ黄昏れてんの?」
気づくといつの間にか後ろに少女が立っていた。
歳は我鷺と同じくらいであろう少女は赤いロングの髪を揺らし、笑いながら歩いてきた。
「…別に」
一言それだけ言うと我鷺は少女の横をすり抜けて孤児院へ入った。
そんなに広くはないこの孤児院だが、人数も多くないため部屋はがら空きだ。
我鷺は自分の部屋に向かう途中、違和感を覚えた。
「…月羽」
「?…何よ」
いきなり呼ばれて驚きつつ返事をした少女、水海月羽は、自分の部屋の隣の位置で止まった我鷺に対して怪訝な顔をした。
「…俺の部屋の隣って…空き部屋じゃなかったか」
我鷺は空いていたはずの部屋の名前タグを見つめた。
「確か新入り来るんじゃなかったかな」
同じように名前タグを見つめていた水海はそういうとロビーへ歩いていく。
「…苑芽…伊織…」
その名前は、聞き覚えのあるものだった。
ロビーに行ってしまった水海の背中を眺めてから我鷺はため息を吐いた。
ロビーに行きたくねぇな。
だが、朝ご飯を食べるため、ロビーに行かなければならない。
仕方なく水海の後を追った。