四,荒れる中学校 その1
月曜日。宮澤梨帆の兄、大和の通う礎中学校で、一時間目、突如二年生の教室から異様なわめき声が響いてきた。大和は二年二組だったが、その声は四組か五組辺りから聞こえてきたようだった。二組はその時古文の授業で、最初聞こえたときは何か悪ふざけをしているようだなと先生もちょっと顔をしかめただけで授業を続けたが、二度三度と、かなりエスカレートしてひどくなり、生徒たちは不安を感じてとても授業に集中できなくなり、先生は「待ってなさい」と怒って廊下に出ていった。先生が出ていった途端にクラスはわっと「なんだろうな?」と口々に疑問を言い合ったが、その間にもわめき声というか奇声は聞こえてきて、思わずしんと黙り込んでしまった。
ガラッと向こうの方でドアの開く音がして、「何事ですか!?」と古文教師の怒った大きな声が聞こえたが、すぐに
「うわああわああ、わあああああああああーーーっ」
と、開いたドアから負けない大声がわめき散らかされ、それを聞いた大和たちも思わずゾッと心臓が冷たくなる怖さを感じた。明らかに普通の様子ではなかった。活発な男子がドアに駆け寄り、そっと開くと廊下に顔を覗かせた。
「なんですか君は? 声を上げるのをやめ…」
「うわっ、ぎゃあああああっ、ぎゃあっ、ぎゃあああああああああぎゃあああ!!!」
「やめな…」
「ぎゃあっ、ひいっ、わああっ、ぎゃああああああっ」
絶対におかしい。わめかれるのも恐いが、調子が変で、黙ったかと思うとまた思い出したように理性のかけらもない感情むき出しの声を上げる。正常な精神が壊れてしまっているとしか思えない。耳を塞いで肩で頭を抱え込むようにする女子生徒もいる。
なんだなんだと他のクラスでもドアが開き、廊下に様子を見に先生が出てきたようだ。
わめき声は続いている。どうやら先生が男子生徒たちに協力させてわめき声を上げる男子生徒を取り押さえようとしているらしかったが、わめき声は更にひどくなり、怯えた女子生徒がとうとう泣き出した。
「どうしましたか!?」
他のクラスの男子教師も応援に入り、ようやく捕まえられた男子生徒が廊下に連れ出され、階段を下りていった。多分保健室にでも連れて行かれるのだろう。わめき声は長く続き、窓を通して向こうの渡り廊下からも聞こえた。その後もだいぶ長く続き、また移動して、ようやく聞こえなくなった。そのうちチャイムが鳴り、けっきょく古文の先生は二年二組の教室に戻ってこなかった。
休み時間になり、当然生徒たちはなんだったんだろうな?何組の誰だ?といったような話題で騒然となり、偵察に行った男子が帰ってきて、
「五組の廣田だってよ!」
と報告した。大和は、ああ、あいつか、と顔は分かったが、小学校の校区が別で、中一も別のクラスだったのでどういう生徒なのかよく知らない。でも乱暴な印象で、あまりいい感じはない。それでも、どうしちゃったんだろうな? かわいそうに、と、その時は同情的に考える余裕があった。
チャイムが鳴り、二時間目は数学で、クラス担任の授業だった。
安宅先生は困惑した様子で、
「さっきの時間、騒ぎがあったみたいだな? 五組の生徒が突然発作を起こしたみたいでな、病院に連絡して先生が車で連れていったそうだ。なにかの病気みたいだが、詳しいことは分からん。でもまあ、病院に行ったわけだし、みんなは勉強に集中するように」
と説明し、授業を開始した。
ところが昼休みを終えて、五時間目の授業中のことだ。
同じようなわめき声がまた二年の並びの教室から聞こえてきた。「うわああ、ぎゃああっ」というわめき声に、過敏になっていた女子生徒がショックを受けて泣き出した。このとき二組は若い女性の英語の先生だったが、真っ青になって教壇に立ち尽くしていた。
今度も男性教師たちが集合してわめき声を上げる生徒を押さえつけ、教室を連れ出し、階下へ連れていった。五組の廣田そっくりのわめき声が長く響き、その男子もまた外へ運ばれていった。
続けての騒動に教室は騒然となった。何か神経をおかしくする毒でもまかれたんじゃないか?これはバイオテロなんじゃないか?、なんて映画みたいなことを言って騒ぐ男子もいて、女子たちはしくしく泣き、英語の高橋先生はおろおろと突っ立つばかりで、騒ぎは他のクラスからも聞こえてきた。
勝手に偵察に行った男子が帰ってきて、
「今度は四組の大橋だってよ!」
と報告した。
間もなく、学年主任が教室を回ってきて、
「生徒は全員ただちに体育館に集合してください」
と案内していった。二年生は全員ぞろぞろと廊下を歩きだし、やがて授業中にもかかわらず校内放送が入り、全校生徒に体育館に集合するよう言った。あれだけの騒ぎになっては一年三年にも当然聞こえ、不安に思われただろう。
体育館に全校生徒が集合すると、校長が、生徒はこのまま教室に帰らず直ちに全員帰宅するよう、帰宅したら外へ出ず、体に何か変調があった場合はすぐに学校に連絡するよう言い、その場で解散させられた。異常事態だ。生徒が二人ちょっとおかしくなったくらいで大げさにも思えるが、今は何が起こるか分からない時代である、学校としては最悪のケースを想定して早めの処置を行ったのだろう。これから先生方は各家庭への連絡や、保健所への調査依頼などで忙しくするのだろう。
廊下で混み合う生徒玄関の順番待ちをしている大和の耳に、他のクラスの男子の話しているのが聞こえた。
「五組の廣田と四組の大橋って言えば、先週『お化けビル』に入ったって威張ってたじゃん?」
「あと、五組の向井と、四組の塩田だろう? 向井は今日休みだってよ。家でおんなじ状態になってんじゃねえの? その連絡でこの素早い帰宅命令になったのかもよ?」
「だとすると、四組の塩田も危ねえな。感染しねえように離れてなくちゃな」
「感染か。お化けビルの祟りだろう? 俺ら関係ねえんじゃねえの?」
「バっカな奴らだよな、あそこは本当に危ねえっての知らねえでやんの」
「あいつら礎小の卒業だろ? 離れてるから分かってねえんだよ」
「でもさあ、お化けビルにお化けって、見た奴いるのか?」
「知らね。お化けよりおっかねえ、テロ集団のバイオ実験場になってんじゃねえの?」
「それマジやばすぎじゃん?」
「いんやあー、今どき、分かんねえぞお〜? そのうちうじゃうじゃゾンビがあふれ出してくるかも知れねえぞお?」
「マジすか?」
「マジっすよ」
話してる二人がどこまで本気か分からないが、
『お化けビルか……』
と大和は気になった。先週木曜日、あの心霊番組が放送された翌日、中学生四人が囲いの中に入っていくのを見た、と夕食のとき妹が言っていた。ここの生徒だったわけだ。
『四組の塩田……』
大和はその姿を捜してみたが、ごった返す生徒たちの中に見つけることは出来なかった。彼も別の小学校出身で一年も別のクラスだったからよく知らず、気の弱そうな男子という印象があるくらいだ。ただ、悪いグループにいじめられているという噂を聞いたことがある。その悪いグループというのは、五組の廣田、向井、四組の大橋じゃないだろうか? 塩田含めて四人ともおそらく小学校からの顔なじみだろう。梨帆も一人は嫌がるのを無理やり入らされていたみたいだったと言っていたから、それが塩田だろう。
大和は、他の三人は自業自得としても、塩田君は気の毒だな、と思った。
彼に何事も起きなければいいのだが……。




