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三,検証!霊能力 その2

「それはつまり、あの空中に漂っていたいわゆるオーブを指しているのですか?」

「そう……いうことになるだろうと思います…………」

 ますます緊張して身を縮めるようにする彼を三津木はまなじりの張り裂けそうな血走った目で睨んだ。

「戸塚ディレクター。これは大変重要な告発です。あなたは命じられてそういう演出をしたのですね? あなたにそれをしろと言ったのは誰ですか? そして合図を出したのは誰ですか!?」

「それは…………」

 戸塚ディレクターはチラッと横に視線を走らせ、恐る恐るの体で言った。

「それは、……姫倉美紅さんです…………」

 ええっ!?と驚きが爆発した。

「自分が上を向くから、そうしたら上手にシャボン玉を一つ吹いてくれと……」

 三津木プロデューサーも信じられない思いで姫倉の後ろ頭を凝視した。副調整室の中では藤森プロデューサーが物凄い顔で頭をかきむしり、口走った。

「バッカやろう、せっかく盛り上がったところで何言いだしやがる!…」

 藤森はあらかじめスタッフの聞き取りであれがやらせであることを知っていた。被告を追いつめる決定的な切り札だ。知った上でディレクターの証言は三津木プロデューサーの責任を追及する段になって求める段取りになっていた。それが姫倉の言い出した「遺体発掘」ですっかり段取りが狂ってしまい、間の空くのにいたたまれなくなって思わずゲロってしまったのだろう。

「やめだやめだ!」

 朝日奈博士が激高した大声を上げた。立ち上がり、姫倉に指を突き付け。

「とんだ茶番だ! おい!女子高生! 大人を舐めるのもたいがいにしろよ!? やめだ、くだらん! さっさとスタッフを引き上げさせろ!!」

 嘘の上塗りに決定的に立場の悪くなった姫倉だったが、

「やかましい!ハゲ!」

 逆に高く硬く通る声で叱りつけた。更に失礼な言葉に呆気にとられる博士に、

「ケッ。なあーにがサーチライトよ。大外れ。正解はシャボン玉でしたー。あははははー」

 とやけくそみたいに笑った。朝日奈博士は両足と両手を踏ん張ってブルブル震え、それこそ血管が破裂するんじゃないかと心配されるほど真っ赤になった。

「じゃあ、インチキだったと認めるんだな!?」

「インチキじゃないわよー、演出だってばあー」

「そういうのをインチキだと言うんだ! 素直に認めて謝りなさいっ!」

「アッカンベー。普通のシャボン玉があんな風に青白く光る? あれは霊力の発光よ。あそこに充満する霊媒物質と霊波に触れて、通常ではあり得ない発光をしたのよ」

「でたらめだ! 何が霊媒物質だ、何が霊波だ、そんな物、この世にはない! 光って見えたのはライトの光を反射してに決まっているだろうが!?」

「お得意のサーチライト? 確か照明は、オーブの発光がよく映るように下を向いて、うんと絞っていたんじゃなかったかしら?」

「だったら上の方でこっそり弱いライトを当てていたんだ」

「サーチライトお?」

「やかましいっ! おまえがインチキしたんだろう? 謝れよ、ちゃんとお!!」

「はいはい、ごめんなさい。行き過ぎた演出でした。てへ。」

「いいかげんにしろっ!!馬鹿女子高生!!」

「博士、落ち着いて。戸塚ディレクター、どうですか、上の方でシャボン玉にライトを当てるというようなこともしていたんでしょうか? それともシャボン玉自体何か発光する塗料のような物を混ぜられていたのでしょうか?」

「いえ、それはしていません。待機しているスタッフがばれないように明かりはいっさい消していましたし、シャボン玉はごく普通の市販のシャボン玉液のはずです」

 今やスタジオは大混乱だった。いったいどちらの主張を信じたらよいのか? いや、姫倉が明らかにインチキをやって、その説明もいかにも説得力がないのだが、それにしてはと思うのである、あの人を食った、落ち着き払った態度はなんなのだろう? わずか十六、七の女子高生である。この上まだ、言い逃れの手があるのだろうか? もし次の嘘がばれれば、もはや誰一人彼女の言葉を信じる者はなく、どれだけルックスがよかろうと、嘘吐き娘として、世間一般の良識から大ブーイングを受けること必至だろう。

 スタジオは騒然とし、そうこうしている内に協力プロダクションのスタッフから竹琳寺のある町に入った報告が入った。中継の設備がないので電話音声だけだ。

「そこはどんな所です?」

『村ですね。杉林の間に田圃が広がって、のどかなものです。えー、今小川を渡りましたが、小川沿いに竹林が続いています。この先に竹琳寺があるはずです。………丘が見えてきました。どうやらあそこのようです』

 スタジオでも地図サービスの衛星写真で竹琳寺一帯が映し出されたが、なるほど森の濃い緑と茶色い地面ばかりだ。人家らしき建物がぽつりぽつりと固まっている。小川が蛇行して流れ、今車が向かっている丘が木立の濃い緑と、合間にきれいな黄緑色の見えるのが竹林だろう。

『丘の麓に到着しました。自動車はここまでしか乗り付けませんので、歩いて、道がありますので、上っていってみたいと思います。しばらくお待ちください、いったん切ります』

 しばらく待つと大型モニターに携帯電話の中継動画が映し出された。

『見えますか?』

 スタッフ…ひげ面のテレビに映るのは向いていないディレクターのアップが映っている。こちらでもスタジオディレクターが進行を引き受けて返した。

「大丈夫です。映像は届いていますのでリポートを続けてください」

『はい。VTRのカメラもいっしょに撮影していますので後ほど完全な映像をお見せできると思います。では、行きます』

 携帯のカメラが前方の道を向いた。ネット回線が追いつかず、どうしても色の潰れたノイズの多い画面になってしまう。そこは杉木立の中を上っていく土の道で、聖域の清涼な空気感を窺わせつつ、時折大きく崩れる画像がホラー映画のようで、客席は静まり返って見入っている。

 いくらも上らない内に建物が見えてきた。

『あれが竹琳寺ですね』

 ディレクターの声に被さるようにカラスの鳴き声が入り、観客から息をのむ声が上がった。

 まるで時代劇にでも出てきそうなぼろぼろのお堂だ。木板が腐り、屋根がひん曲がって端で瓦が剥がれ落ちている。板戸が閉じられ、何年も手入れされていないのが一目瞭然だ。もしかして村自体廃村になっているのではと疑わせた。たもとに地蔵と道祖神らしき石碑が不明瞭な形で映っている。

「問題の竹林は?」

『こっちですね』

 左へカメラが向くと、お堂の背後にいっぱいの竹が生えていた。歩いて近づいていくと、写真そっくりの画になった。お堂はすっかり腐っているが、竹林はそれで飽和状態なのか写真で見るのと変化ないように思える。

 その場所は確かにあった。姫倉が霊視で指さした地図の地点に。

 同じアングルで、心霊写真そっくりのライブ画像にスタジオは驚きと、不安な期待にざわめいた。

 まさかと思った実在の場所に、ステージの出演者たちも緊張を隠すことが出来ず強張った顔でモニターを凝視していた。オカルト否定派の三人はこの事態を解明する説明を探して必死に頭脳を回転させ、部長アナウンサーと裁判員役の先生方はこれは本当に事実なのか?と疑い、困惑の表情でスタッフたちを見て、そのスタッフたちは突発的な非常事態にハイテンションの集中をしていた。被告席の三人もまさかと奇跡の起こることを期待して前のめりにモニターに没頭していた。

 すっかり番組の趣旨が塗り替えられてしまった。

 すべての目が竹林に注がれている。

「どうでしょうか? その辺りに人の入ったような跡があるでしょうか?」

『えーーとですねえー……、ちょっと難しいですねえ……』

 だいたい死体が埋められていると言って、それはいつ頃の物なのか? 寺の境内なのだからあちこち掘り返せばしゃれこうべの一つぐらい出てきそうなものではあるが……。

 姫倉が言った。

「ごく最近よ。場所は分かっているんだから、ちゃんと調べれば見つかるわよ」

『場所……というのは?』

「だからあ、写真にちゃんと目印があるじゃないの?」

 データを転送されているディレクターが写真を見ながらだろう、言った。

『えーと……、この男の顔ですか?』

「そう」

『…分かりました。行ってみます』

 携帯電話のカメラが竹林に入っていく。林立する竹で画像データがかさみ画面はますます乱れた。カメラが立ち止まると画面も立ち直り、丸々太った黄緑の竹を映しだした。竹は間隔を開けて生えている。『えーと、ここかな…』と独り言が聞こえ、モニターには黒い土にわらのような枯れた繊維が折り重なった地面が映され、突如

『あっ!!』

 と驚いた声が上がり、モニターの中にも驚きの原因が映され、スタジオは悲鳴とどよめきが大きく上がった。

『こっ、これでしょうか? ごく最近掘り返されたような跡があります!』

 ディレクターの興奮に画面が大きく乱れ、落ち着く。黒い土が散らばり、地面が全体に薄く盛り上がっている。

『竹藪の青臭さに混じってなんだか、その、臭気が感じられます』

 ディレクターは言葉を濁しているが、それはドブにいっぱいの生ゴミをぶちまけたような臭いではないだろうか?

『どうしましょう? 掘ってみますか?』

「もち!」

 姫倉が力強く答え、『おい、やれ』と命令する声が入り、カメラは後退し、フレームに入ってきた若い男性スタッフがスコップで土を掘り返し始めた。

「がんばれー。犯人に負けるなー!」

 姫倉の応援が聞こえているのかどうか、若者はせっせせっせと掘り返し、向こうへ黒い土を放り投げていった。竹の根が張って邪魔なのではないかと思われたが、さくさくと掘り進み、既に一度掘り返されて断ち切られているようだ。様子を見守るスタジオは今や極度の緊張で胃を痛くし固唾をのんでいる。

 今、絶対にあり得ないはずの事が、現実に、起きようとしているのではないか?

『ひどい臭いです。鼻をつままなくては耐えられないようなひどさです。これは……何か動物の死骸でも埋まっているとしか思えません』

 ディレクターの報告にスタジオは青くなって震えた。

 五分も経って、急に作業の手が止まった。そろそろとスコップの先で掘った穴の中を掻くようにして……

『藤田さん……、これ……』

 と、携帯電話を持つディレクターに中を見るよう促した。カメラが覗き込むと、果たして。

 泥を吸ってすっかり茶色くなっているがワイシャツらしき生地が土の中から覗いていた。悲鳴が上がる。

『掘れ! 掘れ!』

 カメラがバックし、興奮した声で命じられ、若手スタッフはふてくされたような顔で慎重に土を掘っていった。手を止めると、顔を上げ、

『出ましたよ』

 と怒ったように言った。カメラが覗き込むと、

 間違いなく、黒い土まみれで、

 紫色に膨れ上がった物凄い人の顔が覗いていた。

「うわあっ!」

「きゃあああっ!」

 モニターいっぱいに映された恨みをたっぷり内包してぶよぶよ太った顔に、客席は悲鳴を上げ、二重三重に悲鳴は重なり、どよめきは止まらず続いた。

 ステージ上でも、否定派肯定派ジャッジメント、皆信じられない顔で呆気にとられて本当に出てきてしまった死体を見つめるしかなかった。

 姫倉は

「ブイ」

 Vサインを突き出してカメラに威張った。

「わたしったら最強〜〜。心霊写真にここ掘れワンワン!と教えられて本当に死体を掘り当てちゃいました! やったね!」

 笑顔でポーズを取っているが、スタジオはもはやそれどころの騒ぎではない。悲鳴を上げて泣きじゃくる若い女性の観客がいて、検証番組の収録は打ち切られ、プロデューサーの指示でADが観客に退出するよう求め、泣きながら早く逃げ出そうとする者、逆になんで追い出すんだ!?と怒る年輩の男性もいて、事態はなかなか収集しそうになかった。

 朝日奈博士は未だ信じられない思いでモニターを見続け、科学ディレクターは青い顔で愕然とし、タレントの東風は凶悪な面相で姫倉の横顔を凝視していた。

 三津木プロデューサーは興奮状態の恐い顔でしっかり脳裏に焼き付けるようにモニターと姫倉を見比べ、シャボン玉を暴露した戸塚ディレクターは何かに怯えるように頭を抱えて縮こまり、鹿尻天一郎は、

「やっぱりそうだ。彼女だ。間違いない」

 と独り言を漏らした。

 三津木プロデューサーはギョッと鹿尻氏を見た。

 鹿尻氏の横顔は心ここにあらずと言った体で、ではその心がどこにあるかと言えば、すっかり姫倉美紅という少女の神秘に魅了され、恍惚とした崇敬に打ち震えているのだった。

 しかし先ほど漏らした言葉、

「彼女だ。間違いない」

 と言う言葉で、氏がここで目撃した事実以上の事情で少女を神聖視しているのを、三津木は知った。

 気づいたか………。

 いずれは気づく者が現れ、大騒ぎになるだろうと、期待していた。

 思惑通りの兆候に、三津木は怪しく微笑んだ。




 廃寺の竹林で変死体が発見されたニュースは夕方の番組で中央テレビのスクープとして報道されたが、発見の経緯に関しては中央テレビ系の制作会社が番組のロケ中にたまたま不自然な土の盛り上がりを発見し掘り返したものと、はなはだ曖昧かつ不自然なものとならざるをえず、どういう番組の制作中であるかは一切説明されなかった。

 報告に慌てた中央テレビ首脳は控え室の姫倉を訪問し情報の提供を求めたが、姫倉から「アッカンベー」と拒否された。再三要求してようやく「霊視」による情報を提供されたが、しかしそれは首脳陣の心に留め置かれ、慎重に検討された一部のみ報道部にリークされた。死体の主はS県の土木建築会社社長であり、先週始めから行方不明になっていること。会社の金庫から多額の資金が持ち出されており、社長の持ち逃げ事件と思われていたが、実は犯人に現金もろとも拉致されていた、犯人は……というところまでは首脳陣も恐ろしくて姫倉の口から聞けなかった。

 姫倉は情報提供の見返りに一つの条件を出していた………。

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