二,本物か、偽物か? その2
三津木プロデューサーは編成局長直々に昨夜の番組の反響について報告を求められた。視聴率もまずまず合格ラインに達し、電話やホームページに寄せられる感想・意見もおおむね好評で、クレーム的な内容は全体からすれば一部であると報告した。三津木プロデューサーは「ごくろうでした」と帰されたが、どういうつもりで報告させたのか、局長の厚い面の皮から伺い知ることは出来なかった。
視聴率に関して三津木自身、感触はイマイチの感を否めなかった。やった!と思えるにはもう五、六パーセント欲しかった。その自信があったのだが、この数字が今の心霊オカルトを取り巻く現実だろう。
クレーム的意見についても、覚悟していたほど多くはなかったが相当むかつく攻撃的な物があり、三津木は胃薬を飲まねばならなかった。思ったほど数がなかったというのは全体の数に比例してで、反響の小ささに寂しくも思う。いや、もしかすると朝日奈博士の出演が反オカルト派に意見を納めさせるブレーキの役割を担っていたのかも知れない。それを思うとまた複雑な心境だ。
番組に寄せられた電話やホームページの書き込みの中で圧倒的に多かったのがやはり姫倉美紅に関する問い合わせだ。あれは本物の霊能力者なのか? プロフィールは? 次の出演はいつあるんだ?、と、彼女に対する関心は高く、起用した三津木の思惑通りで、次もいけるな、とニンマリさせられた。もしかしたら局長が聞きたかったのも彼女への反響だったかも知れない。それならば番組の将来も明るそうだ。
そんなことを考えつつ歩いていると、嫌な奴に会ってしまった。
「やっ、三津木さん。ご苦労様。局長室からのお帰りで?」
「うん、そうだが?」
向こうから歩いてきた相手はニコニコして立ち止まり、自然三津木も立ち止まって相手をしなければならなかった。
藤森泰介。三津木と同じく局の番組プロデューサーだが、三津木より二十も若い。入社したてのAD時代三津木が指導してやったが、あっという間にプロデューサーに昇格して若者向けのドキュメントバラエティーなどを制作してヒットさせている売れっ子だ。背がひょろ高く、いかにも抜け目なさそうな大きな目をして、ちょうどエジプトの砂漠キツネ、フェネックそっくりの顔をしている。ラフなスポーツウェアを着こなして、いかにも若々しく、軽いノリの業界人を絵に描いたようだ。
三津木が彼を苦手にするのは世代格差をストレートに見せつけられるからかも知れない。
「明日、十時からV6スタジオってことで、よろしくお願いします」
「え?」
三津木はいきなり言われてなんのことか分からず眉を寄せた。藤森はきょとんと驚いたような顔をして言った。
「あれ? 局長から聞かなかったんですか? 明日収録の、『恐怖心霊事件ファイル』の検証番組。……ということなんで、まあ、よろしくお願いします」
ひょこんと頭を下げる藤森に三津木は困惑して問い詰めた。
「おい、そりゃなんだよ? 検証番組って、なんのために? いきなり明日って、いつ決まったんだよ?」
気色ばむ三津木を藤森は涼しい顔で眺めて、一応恩人に対する敬意で丁寧に教えてくれた。
「先週の内に決まっていたんですよ、会議室で出来上がったVを見て。こりゃ問題になるなと見越して、騒がれる前に自ら襟を正す姿勢を見せようってね」
「誰が?」
藤森は三津木の背後深く指さした。
「今行ってきたところでしょう? お偉いさんたちですよ。まあ、言っちゃあなんですが、最初からあの企画には消極的でしたからねえ、ま、仕方ないですね」
「わけ分からないぞ、おい!」
三津木は思わずポロシャツの襟首を掴みたくなるのをこぶしを握りしめて抑えた。
「えーーと…、困ったなあ……」
藤森はパーマで膨らんだ髪を撫でて、チラッと周りに視線を走らせてこちらに誰も歩いてこないのを確かめると、いかにも内緒話するように三津木の耳に顔を寄せて囁いた。
「あなたが頑固だから、いいスケープゴートにされたんですよ」
「なんのための?」
内緒話はポーズだけのようで、藤森は姿勢を戻すと普通の声で言った。
「三津木さんは一匹狼だからなあー、局の事情なんて全然考えてないでしょう?
今ね、うちピンチなんですよ。商売的に、政治的に、視聴者からも他局からも叩かれてましてね。それくらいは分かるでしょう?」
「まあ……な……」
アジアからワールドワイドを視野に入れて提携した大手エンターテイメント発信会社に番組編成や大量CMで度を過ぎた優遇ぶりをしているとか、政治的に一方の思想に偏った主張を盛り立てるキャンペーンを行っているとか、公共の電波を使用するテレビ局のあり方としていかがなものかと問題視されているようだ。
「視聴者の目を逸らしたいんですよねえー。ま、一般大衆なんてのは騒ぐだけ騒いで、飽きればあっさりしたものですからね……というのは我々テレビもいっしょですが」
藤森は小狡く笑った。
「新しい刺激的な話題を提供してやる。それが我々テレビの一般大衆のニーズに応える義務でもありますからね、じゃあ提供してやろうじゃないか、と、白羽の矢が立ったのが三津木さんの番組でしてね。名誉なことじゃないですか?」
「それならその役割は果たしただろう?」
「全然足りませんよ」
藤森は白けた冷たい目で三津木を見下ろした。
「僕なんかの感覚じゃあもっとうんとクレームが殺到するような物を作ってほしかったんですが、朝日奈博士は余計だったなあ……。ま、後日に備えて局のアリバイ作りでしょうけれど。
局としては朝日奈博士を通してオカルト的な物に対する良識的な態度を保とうとしたが、担当する番組プロデューサーが局の倫理的姿勢を逸脱してあんな物を作って放送してしまった、と、そういうことですよ」
「最初っから仕組んでいたんだな? それで?君の出番か?」
「そうです。悪いですが三津木さん、あなたに悪役を引き受けてもらいますよ?」
裁判への出廷命令のように言った。すぐに表情を崩して。
「最後に好きな番組を作れたんですから、それと共に死ぬのも本望でしょう? あ、もちろんテレビプロデューサーとしてですよ?」
三津木には分からない。
「なんで君だ? 畑違いだろう?」
「ああ」
藤森はなんでもないように言った。
「僕は三津木さんの弟子ですし、実は僕ね、上の制作統括に移動することになってるんですよ。で、まあその置きみやげに」
「ずいぶんな出世だな? 羨ましいよ」
「本当にそう思ってますう?」
藤森は疑わしそうに三津木を見やり、不愉快そうな顔になるときつめに言った。
「三津木さん。あなたが悪いんですよ? いつまでも頑固にあんな時代遅れのオカルトなんかにこだわっているから。どれだけ上の方に疎まれていたか、気がついていなかったわけじゃないでしょう? うちはもう何年も前からそういった物とは手を切ってるんです、それをあなたは馬鹿の一つ覚えでしつっこく食い下がるから、とうとうこういうことになったんです。自業自得ですよ。分かりますよねえ? 分かってくださいね?」
有無を言わせぬように念押しされ、三津木は黙るよりなかった。企画が通った段階で、決まっていたシナリオなのだ。
「安心してください、あなたにも弁護士を用意していますから。鹿尻天一郎編集長。頼もしい助っ人でしょう?」
意地悪く笑う藤森に三津木は思わず眉を引きつらせた。
「あんなパラノイアを……」
「おやおや、ご同類に対してそれはないでしょう?」
藤森はわざとらしく目を丸くして驚いた顔を作った。
鹿尻天一郎はオカルト雑誌「アルケミー」の編集長を務めるオカルト肯定派の急先鋒で、他局の討論番組では一方のオカルト否定派朝日奈博士の天敵をもって自任している……が、朝日奈博士からは完全に馬鹿にされて、仲間の肯定派からも「それはさすがにちょっと…」と失笑されることの多い、そもそもやってる雑誌「アルケミー」自体かなり怪しげな、いわゆるトンデモ系の人だった。すっちゃかめっちゃかにかき回してくれるのは目に見えていて、局の三津木に対する非情な態度が窺える。
そう考えてハッとした。
「じゃあ、そっちサイドは……」
「ええ。こっちは朝日奈博士に追求をお願いします」
「まったくもって出来レースだったわけだな……」
改めて自分の番組を博士に邪魔された恨みが甦った。
暗い怒りに打ち震えるように黙り込んでしまった三津木に、ああそうそう!、と藤森がおどけた笑顔を作って言った。
「そうだ三津木さん。彼女、ヒメクラ・ミクちゃんか、彼女、僕にくださいよ?」
なにっ!?と激した視線で睨む三津木を慌てて手を振って制して。
「嫌だなあ、変な意味じゃないですよお。僕の、ちゃんとしたバラエティー番組に、出演させてほしいってお願いですよ。いいですよねえ、彼女? いったいどこから見つけてきたんです?」
「君はもう番組制作の現場から離れるんだろう?」
「ええ。これからは総合プロデュースとして主にバラエティー全般で局のイメージとキャラクターを打ち出していきますよ」
藤森は悪びれた様子もなくニコニコと三津木に言った。
「明日の検証のメインも彼女で行きますよ? スタジオに呼んで、突如現れた超美形ハーフ女子高生霊能力者は果たして本物か!?ってね。別に彼女をいじめるつもりはありませんよ。あなたに台本を渡されて演技してました、って証言さえいただければね? 後のことは僕に任せてくださいよ、彼女面白いキャラしてるし、あれだけ堂々役をこなして毒舌も吐くし、いやあ!いいですねえ!? 行けますよ、彼女」
藤森はうんうんとしきりに感心してみせた。三津木はまた疑念を感じた。
「まさか彼女にももう……」
「ええ。連絡済みです」
けろっと言う。
「ロケが終わってからマネージャーさん……秘書か、黒服の彼女にね。……彼女も面白いですよね? 年は離れているようだけど……、どういう関係かなあ? 明日聞いてみよう」
「うちのスタッフも噛んでるのか?」
「全員じゃないですがね。中にはあなたに忠誠を誓っている頑固者もいるから……かわいそうですが彼らもあなたと同じ被告組ということで。制作部の大掃除になりますね」
そうか、俺は身内のスタッフにも裏切られていたのか、と腹に重いショックを受け、自分と同じ運命を辿らされる仲間に申し訳なく思った。あいつとあいつと……。もしかしたらそう思っている連中に裏切られているのかも知れないけれど。
「もう……いい……」
悔しそうに呟くと、三津木は肩を落として藤森とすれ違い歩き出した。
「じゃ、明日、V6スタジオに。よろしくお願いしますね?」
引き返して殴り倒したい衝動を覚える。
スタジオの出演者たちはどうだろう?もちろん朝日奈博士は除いて。グラビアのあの子は簡単に寝返るだろうな。司会の天衣はそれこそただ台本に沿って司会をこなしただけだ。お笑いの彼はけっこう長いつき合いだが、彼も難しい立場か。ベテラン俳優氏は、堂々と、どっちに付くんだろう? こうなってはみんな疑わしく、胸が鬱々と気持ち悪い。
姫倉美紅。
彼女はどう動く?
三津木にもそれは分からない。
一つ彼らに誤算がある。
あのロケでイニシアティブを取っていたのは我々スタッフではない。姫倉だ。
彼女の思惑次第で、明日の公聴会があっさり終わるか、紛糾するか、決まるだろう。
それを思うと少しだけ愉快になって、三津木は暗い嫌な笑いを口元に浮かべた。
おそらくおまえらの思惑通りにはならんぞ?
彼女は、
本物だ。
本物の……………