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十二,Xファイル その3

 三津木はおよそ二十年ぶりに藤森と酒を飲んでいた。いい女の子のいる店に連れて行ってあげますよ、と言うのを断って、渋いバーのカウンターで二人で並んで飲んでいる。

 三津木はショックを受けて放心状態が続いていた。見かねて藤森が誘ってやったのだ。

「ひどい女ですよねえ、姫倉美紅っていうのは。ほんと、とんでもねえじゃじゃ馬のお嬢様だ」

 おどけて言う悪口に三津木は乗ってこなかった。

「知ってますか? あのスケベ爺の大日如来、顔だけは混じりっけ無しの金無垢を鋳造した物だったって噂があるんですよ? まさかあと思いますがね。本当なら一億は下らないと思いますが、そんな物、破産管財人が放っておくわけありませんし、社員たちが猫ばばしてますよ。

 三津木さん。高層ビルの解体って、いくら掛かるか知ってます? 爆破解体っていうのは機械を使ってちまちま上から壊していくよりうんと安上がりなんだそうですけれどね、ご存じ日本じゃ火薬の取り扱いの法律が厳しくて、町中の爆破解体なんて許可を取るのは至難の業のようですよ? 役所にごり押しできるよっぽどのコネでもなくっちゃねえー…。爆破しても大量のがれきを運んで処理しなくちゃならないし、いったい映画一本の売り上げで本物のビルの解体費用なんて確保できるものなのか、大いに疑問なんですよねえー。でね、解体処理費用は八千万円って発表されているんですが、本当ですかねえー?

 さっきの金無垢の首の話ね、あれむしろ、意図的な偽情報のリークなんじゃないかと思うんですよ? 本当は処理費用も許可を得るための裏取引もうんと金が掛かっていて、それを解決するためにその金塊を使ったんだ、って思わせるための。じゃあ真実はどうなのかって言うと、公表通りの金額で、許可もすんなり出ているってことです。でもこれまたなんでそんなことが可能なんだ?ってことになりますよねえ?

 そもそもこの映画も、突然決まった話でしょう? 独立プロの自主製作映画でもあるまいに、中央テレビが社を上げての大作映画が、どうしてこんな簡単に実現しちゃったんです?」

 せっかく話を盛り上げてやってるのに全然乗ってこない。

「僕ね、スタッフに色々聞いて、調べてみたんですよ。するとね、あの特殊撮影、誰に訊いてもあれは自分はやってないですっていうのがいくつもありましてね。爺さんのロボットの首もそうですが、一番はっきりしてるのは、仏像の中から現れた赤いコスプレ美少女ですよ。現れたのは、仏像の下に穴を掘って潜んでいたんでしょうが、あれ、誰なのか、誰も知らないんですよ。姫倉本人としか思えないけれど、スタッフは誰も、彼女にそんなメーキャップしてないんですよ。だいたいあれだけの特殊メーク、施す時間的余裕なんて無かったでしょう?」

 三津木はようやく鬱々とした口を開いた。

「天衣君なんてあっと言う間に白ゾンビに変身したじゃないか?」

「あれは簡単です。白いコンタクトレンズ入れて、彼女用に作っておいた変身ゾンビパックを顔と腕に張り付けただけです。ちなみに彼女を取り囲んだ白ゾンビたちはメークスタッフたちでしてね。彼女たち、モッチーさんには逃げられたって笑いながら悔しそうにしていましたよ。でも、彼女たちも姫倉の赤い明王?のメークは知らないそうです。御堂が首をナイフでクッと掻き切った、あれは特撮スタッフの仕事ですってさ。でも彼らもやっぱり赤い方はまったく知らないそうです。これ、どういうことでしょうねえ?」

 三津木はやる気のない顔で胡散臭そうに藤森を見た。

「そうやって手負いの俺をまたからかってやがるんだろう?」

「違いますって」

 藤森は心外そうに手を振った。

「他にも、雷もそうだ。あれも確かにスタッフが仕込んだ装置だったそうです。でも、ほんの一瞬、バチッてなるだけの子供だましの物で、そうでなきゃあんな狭いところで怖くて放電流なんて使えないそうです。ところが実際はあんな物凄い雷が発生しちゃって、装置が爆発したかと、スタッフは青くなったそうです。それに、最後、みんなが脱出するのに階段を駆け下っているときに吹き抜けいっぱいに飛んでいた青い火の玉。あれも、スタッフは誰もやっていないそうです。映像見て、CGじゃないの?って驚いてましたよ。現場で、あんなに大量に蛍みたいな自由な動き、どうやったら出来るのかさっぱり分からないそうです。もちろん、あれはシャボン玉なんかじゃありませんよ?」

 三津木はだんだん真顔になって、背筋をしゃっきりさせてきた。

「本当か?」

「本当ですよ。ベースはね、確かにスタッフが用意した舞台装置なんですよ。煙も雷も電流も、音もあちこち仕込んだスピーカーから流した物です。でも、それがみんな普通じゃあり得ないパワーアップをしてるんですよ。ほら、煙の中で床から白い腕が出ているのがあったでしょう? あれ、数が多いそうです。スタッフの用意したのは八ユニット十六本で、映像を数えたら三十本ありました。動きも一本一本バラバラで、実際人が生でやってるみたいにリアルだったでしょう? 白いゾンビも、黒いタール人間も、よおく数えるとやっぱり映像では数が多いそうです。変な所にぼうっと立ってる奴がいたりしてね。ほら、よく言うじゃないですか、お化け屋敷には本物のお化けが紛れ込んでいるって」

「それじゃあ、それが本当にあそこにいた霊魂たちの仕業だって言うのか?」

「霊魂たちですか……。まあ、そうなんでしょうけれど……。

 今回最大の謎はやっぱり本当に出てきてしまった死体ですよ。あれが万が一、仕込まれた、本当のやらせ殺人事件だったとしても、お化けの大嘘をつくためにいったい誰がそんな恐ろしいことをします? そうにしたって、作った心霊写真とのシンクロなんて、やっぱり出来っこありませんよ? あれはどう考えても本物だろうと、僕はそれが恐ろしいですよ」

「つまり、…姫倉美紅か?」

 藤森は頷いた。

「じゃあ……、君はあの大芝居を、どう思っているんだ?」

「そうですねえ……」

 藤森はしばらくオン・ザ・ロックをもてあそびながら考えた。

「あなた流に考えるなら、あれはあそこにいた霊たちに幽霊としての自覚を持たせたんじゃないですか? 姫倉がさんざん解説していたじゃありませんか、幽霊になれない霊たちのことを。彼らをきちんと成仏させるための手順として、あれだけのお芝居が必要だったんじゃないでしょうか?」

 三津木は可笑しそうに笑った。

「おまえがそれを言うか? 俺がこうしてすっかりしょげ返っているっていうのによお?」

「そうですよね。これは本来あなたの仕事ですよ。僕は迷惑です」

 やっと元気の出てきた先輩に藤森も可笑しそうに笑った。

「僕の仕事もあるんですよ。僕はやっぱりもうしばらく現場でやることになりましてね。さっそくですが、彼女、姫倉美紅を樺山沙希とコンビで使うことになりましてね。御堂美久も絡めると面白いんだがなあ……。これから映画のキャンペーンもありますから、ま、追々誘いを掛けてみますよ。映画自体が受けてお客が大入りするか、ホラーマニアにくだらんと駄作の烙印を押されてそっぽを向かれるか、門外漢の僕には分かりませんがね。でね、番組の打ち合わせで、姫倉本人に訊いたんですよ、あのビルの撮影、実際のところ、どこから本当なの?ってね」

 三津木は興味深そうに、緊張して、答えを待った。

「彼女が言うにはですね、」

 藤森はその時の光景を思い出す。

 殺風景なミーティングルームで、最初の顔合わせが終わってからで、そこに残っていたのは自分と、二人ほどのスタッフと、樺山沙希と、姫倉と御堂だった。

「わたしがやった奇跡はたった一つです」

 そう言って姫倉は鞄からトランプを取り出し、華麗にシャッフルするつもりで、机の上にばらまいた。じとーーっと眺め、面倒くさくなった姫倉は、

「どれでもいいからめくってください」

 と投げやりに言った。トランプはたまたま全部下を向いてばらまかれていた。藤森が何気なく一枚めくると、


「なんだったと思います?」


 スペードのエースだった。

 姫倉はニヤッと笑い、言った。

「実は全部わたしが一人でやりました。……………うっそピョーン」

 藤森は、この女は本当に信用できねえなと思った。現実に帰って来て言う。

「彼女は、フィクションを巧みに操って、現実を、作り出したんじゃないでしょうかね? 彼女の催眠術に、我々はまんまとはまっているんですよ」

「現実って、なんだい?」

「幽霊なんていません。と言う嘘をついて、やっぱり幽霊はいる、って言う本当をですよ。あなたは彼女を信じ切っていたからショックが大きかったんでしょうが、ほら、三津木さんの大好きな海外ドラマであったじゃないですか、『すべてを疑え』、って。人間、本当だと言えば疑いたくなるし、嘘だと言えばやっぱり疑いたくなる。もし仮に、姫倉がすべて本物の奇跡を行ったとして、それを納めた映像を見た人々はどう思います? テレビや映画の映像なんて今やCGでどんな本当だって作り出せる。本物です、とどんなに言葉で言っても誰も信じやしません。だから彼女はこれ見よがしの作り物を見せて、その中に、どうしても疑ってしまう『真実』を、巧みに刷り込んで見せたんじゃないでしょうかねえ?」

 しばらく無言で飲み続けた三津木は、久しぶりに酒を美味く感じた。

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