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一,心霊スポット実況 その3

 エントランスの自動ドアが手動で開けられている。建物内は通電が切られ、真っ暗だ。

 沙希を先頭に、姫倉、すっかりタレントと同格で女秘書が続き、その後ろを肩載せカメラと照明、マイクが追いかけていく。窓口のある管理人室と隣室の壁に挟まれた廊下を進むと、中庭に至る。今は九月。VTRで見たのとそっくりに雑草の生い茂った見る影もない四角の元庭だ。日も射さない雨も降らない閉ざされた場所に何故こんな風に草が生えているのか不思議だが、温室のようになっているのかも知れない。VTRとは微妙にデザインが違っていて、正面、手すりが切れて庭へ出ることが出来るが。

「先生、どうしましょう?」

「直進」

 姫倉の無情な指令に沙希は泣きそうになりながら腿まで伸びた草をかき分け中央向かって進んでいった。沙希は、かわいそうに、自慢の太ももをピンクのミニスカートの下にさらしている。撮りようによっては、草に裾を跳ね上げられ、セクシーショットをさらしてしまう。後で事務所にVをチェックしてもらわなくてはならない。姫倉も制服のスカートだが、白いバニータイツを着込んでいる。

 三人を追いかけるカメラと別に、横に離れて回ったカメラが全体を撮す。

 沙希は中央に到着した。

 ちなみにここで裏話を披露すると、VTRのマンションは吹き抜けの中庭を「ロ」の字型に建物が囲う構造は同じであるが、高さは十二階までで、それより上はCGで追加していた。

 ビルの外壁は黒い鉄板で覆われていたが、内部は白灰色のコンクリートが剥き出しになっていた。実際本物の現場に立ってみると二十二階分の吹き抜けは物凄く高く、天井を塞がれて暗い上部はまさに暗黒に吸い込まれていくような不気味さだ。

 威圧的な闇に思わずブルッと震えながら沙希は姫倉に訊いた。

「先生、どうでしょう? 何か感じますか?」

「感じる?」

 姫倉は先ほどまでのおどけた態度とはがらりと変わって冷たい目で沙希を一瞥した。

 奥の草むらを指さした。

「あそこに、落ちた」

 沙希は震えた。

「ひゅーーーーーーー…」

 姫倉の指が十三階から下がってきて、

「どさっ。」

 姫倉は突然カメラを向いてしゃべりだした。

「地縛霊。

 特にその場所に思い入れがあって、死んでからもその思いが断ち切れずに自らその場所に縛り付けられている霊ですね。

 ここで飛び降りて死んだ人の痛い思いが伝わってきます。遺書には……『ここが我が家だ』と書かれていたはずです。

 当時…まだ二十八歳ですね。奥さんと、幼い男の子が一人いました。

 そんな大事な家族を残してまでここで自ら命を絶った…。無念の程が推し量られますね? それだけ先の経済的負担が大きく、絶望的に思ったのでしょう。自分が命を絶つことで生命保険が下りる。そういう計算もあったのでしょう。自殺では保険会社でも支払いを渋ったでしょうが、彼にはその資格があった。

 このマンションが手抜き工事で建てられたのではないか?と最初に訴え、騒ぎ立てたのが、彼だったのです。

 彼はまさか自分の訴えがそんな大事になるとは思わず、まさか住居を追い出され、永遠に帰れなくなるなど、思いも寄らなかった。手抜きした部分を補強して、安心して暮らしていけると、単純にそう考えていたのです。

 しかし現実は、彼の浅はかな考えを越えて大騒ぎになり、自分たち家族と同じく退去を余儀なくされた他の住人たちから、いっそ何も知らずに住み続けていたらよかった、と、白い目を向けられた。中にはこんないつ倒壊するかも知れない危ないところに住み続けるなんてとんでもないと思う人もいたし、最初はみんなそう思っていたでしょうけれど、現にこうしてマンションは倒れずに立ち続けています、家だけ奪われて銀行へローン返済の義務だけ負わされて、誰しもみんな、騒ぎなんか起こさずに黙って住み続けていればよかった…と思うようになっていった。最も強くそう思ったのが、一番最初に騒いでしまった彼でした。元ご近所さんの住人たちの白い目、自分自身の経済的負担、先の暗いだけの見通し、絶望し、ノイローゼになって飛び降りたくなるのもうなずけるでしょう」

 スタジオにほおー……と感心する空気が流れた。今姫倉の語った情報は、おそらく当時のニュースでも報道されなかっただろう。たいてい自殺のニュースというのは遺族の要請や社会的影響をおもんぱかってあっさりと表面的事実しか報せない場合が多い。取材していた記者なら承知だったかも知れないが、六年前の出来事だ、現在女子高生の女の子が詳しく知っている事柄ではないだろう。姫倉の話は続く。

「何故このような悲劇が起こってしまったのか?

 霊的な原因は二つあります」

 姫倉はカメラに向かって指を二本立てた。

「一つは、このビルの建設中に亡くなった不動産会社の前社長。

 彼はこのビルの成功に社運を懸けていました。会社は当時開発の手を広げすぎて赤字がかさんでいました。それをこの画期的な、黒いビルで、巻き返そうと息巻いていたのですが、残念ながら志半ば病で亡くなってしまいました。

 社長は良くも悪くもワンマンな立志伝中の人でしたから、取り巻きの幹部は太鼓持ちのぼんくらなイエスマンばかり。右往左往した挙げ句に進行中の事業をことごとく失敗させ、その失敗の集約した最たる物が、この黒ビルです。起死回生を図った物件が無能どもに寄ってたかって駄目にされ、図らずも倒産の決定打になってしまった。亡くなった社長の無念と言うより、怒りは、想像に余りありますね?

 もう一つ。

 決定的なのが、この地は元々墓地だったのです。あちらに」

 と姫倉は右手の壁の向こうを指さして。

「お寺がありますね? この土地は元々そのお寺の所有で、墓地だったのです。それを潰してマンションになんかしちゃったから、祟りが起きたのです」

 これも新事実だ……もっとも、他の不動産開発会社と建設会社による組織的な建築費浮かせ……後に一級建築士一人の個人的犯罪であったのが判明したが、当時マスコミで大騒ぎしていた一連の耐震偽装疑惑とは別件の、耐震偽装にはこんな事例もありましたよ、と言う紹介だったので、ああどこでもやってるものなんだなあという感想で、ナレーションの言うようにこれ自体個別に詳しく覚えている者はスタジオにはいない。世間一般の興味もそんなものだろう。

 姫倉はカメラにニイッと白い歯を見せ、指を一本立てて言った。

「死者の霊を舐めちゃいけないわよ? 怒らせると……祟るからね?」

 姫倉の弁舌はなかなか大したものだった。霊の説明を始めた途端、登場の際のふにゃふにゃした声がはっきり力強くなり、思わず引き込まれる説得力があった。若いくせになかなか難しい言葉も知っていて、実はけっこう勉強家であるのを思わせた。

 しかしスタジオでまたも空気を読まない一人が発言した。

『よく調べたね。誰が教えたの?』

 もちろん朝日奈博士である。馬鹿にしきった憎らしげな顔でふんぞり返って足下のモニターを眺めている。

『お嬢ちゃん、傀儡って言葉知ってる? 難しいかな? じゃあね、マリオネットは分かるかな?』

 朝日奈博士は研究のしすぎ…かどうか知らないが、気管支が悪くたまに声がかすれて甲高く裏返る。嫌味なことを言うときに何故かそれが起こりやすい。今もそれが起こりかけて嫌な咳をした。

 姫倉も耳にインカムを装着してスタジオの音声を聞いている。

「はげオヤジ」

 博士は目を丸くしてカッと腰を立たせた。

『なにっ!』

「あ、はげ蛍」

 姫倉はしらばっくれてあらぬ方を見て視線を漂わせたが、何気なくそれを追ったカメラに「あっ」と声が上がった。

 上空に、青白い光の玉が浮かんでいた。

『オーブや!』

 オカルト番組に慣れたお笑い芸人が叫んで、慌てて口を押さえ、

『あれ。あれ。分かりますやんか、あれ、オーブでっしゃろ? なあ?なあ?』

 声を潜めて周りの者に同意を求めた。朝日奈博士はむっつり眉をひそめてモニターを見つめた。彼は今風の「オーブ」という言い方が気にくわない。「火の玉」だ。彼は子どもの頃田舎の寺で「本物の火の玉」を見たことを自慢にしていた。もちろんそれを昔は土葬の多かった遺体から発生したリンの発光という自然現象だと見なしている。

 しかし今画面に捉えられている光の玉は、青白くまん丸く、火の玉と言うよりオーブと言った方がしっくりくるように思える。距離は何しろ光なので掴みづらい、十三階の辺り、四十メートルくらいの高さで、直径が…二十センチくらいだろうか?オーブとしては大型と思われる光の球が、手すりから二メートルくらいの辺りを、スーー…、スーー…、と、前後左右、滑るように漂っている。

「先生、先生」

 沙希は思わず姫倉にくっついて、白いポンチョにすがりついた。

「あれ…、人魂ですよねえ?」

「そうですねえ、人魂ですねえ。なんて間のいいお利口な子でしょう」

 姫倉は怖がるどころか嬉しそうに微笑んだ。

 スタジオから天衣が訊いた。

『姫倉先生。あれは、大学生たちが見た、ここで飛び降り自殺した男性の魂でしょうか?』

「そうです! わたしが自分のことを話しているのを聞いて、ありがたがって姿を現したのです!」

 姫倉はえっへん!と大威張りするように言った。

『先生、すごいでんなあー! ほんまに魂呼び出してもうたんですかあ? いやあ、俺、生でオーブ見るん初めてやわあ、うわあー、鳥肌立ったわあー』

 客席でもさわさわと驚きを確かめ合う囁きが漏れ聞こえた。

 モニターをじいっと凝視していた朝日奈博士が言った。

『後ろのカメラ、周りの回廊をゆっくりぐるーっと撮してみろ』

 上空のオーブは横手のカメラに任せて出演者三人の様子を撮していた後ろのカメラは、しばらく間を置いて、ディレクターの指示で上を向き、周りの手すりをぐるーっと撮しだした。スタジオでは朝日奈博士が

『なにぐずぐずしてたんだよ?』

 と文句を付けた。

 カメラがぐるーっと周りを撮している内、

「あっ」

 と沙希が驚いた声を上げた。

「オーブ、消えちゃいました」

 確かに、横手のカメラが撮していたオーブが、急にふっと消えた。

『ああ、もったなあ。もっと見てたかってんけどなあ〜』

「先生、消えちゃいましたよ?」

 上を向いた姫倉は慌てる様子もなく、

「あー、そうねえ。周りが騒がしくなったから恥ずかしくなって消えちゃったのねー」

 と傍観者の感想を述べた。

「残念。消えちゃいました」

 沙希はいささかほっとした様子でこちらに向き直ったカメラに報告した。

『ああ、もったないなあ〜』

 ため息をついてがっかりする雰囲気を、朝日奈博士はあざ笑った。

『笑止だね。インチキがばれそうになったから慌てて引っ込んだんだろう?』

 博士の声を聞いた姫倉は白けた半眼をカメラに向けた。博士は得意になって言った。

『いいか?ディレクター? インチキの仕掛けを説明するぞ?

 あれはな、サーチライトだ。

 一本一本は目に見えないごく弱い光量のサーチライトをあちこちから何本も重ねて光の玉を作っていたんだよ。そうだな、かなり正確な球に見えたから少なくとも四本以上のサーチライトを重ねていたんだろう。手品としてはなかなか見事だったよ。今はロックのコンサートなんかでコンピュータ制御のサーチライトを使うだろう? そういう機械を使って上手く光の玉を動かして見せたんだよ。嘘だと思うなら今すぐ周りの通路を調べてみろよ? けっこうな機械のはずだからいくつも短時間では片づけられないはずだぞ? ほら!さっさと行けよ!?』

 沙希は戸惑ってカメラの後ろに駆けつけた現場ディレクターと姫倉とを見比べた。姫倉は攻め立てる博士に負けないようつーんと意固地な顔をして黙っている。

『ほら、何してんだよ? 行けよ!』

 激しながら勝ち誇って博士は命令した。

「駄目です」

 姫倉が禁じた。

「言いましたようにこの建物は大変危険です。わたしから離れて勝手にあちこち行くのは許可できません」

『じゃああんたも行けよ?』

「嫌です。階段なんて何十段も上りたくないもーん」

『フン。みっともない。さっさとインチキを認めたらどうだ? こんなやらせ番組、俺は許さないぞ? 放送するならしてもいいがな、ここの部分は絶対カットするなよ? カットしたらブログに書くからな!』

 姫倉は横を向いて早口に口走った。

「クソはげオヤジ」

『なんだと、おい!?』

 姫倉はうんざりした顔でカメラを見て、言った。

「あなたは、相変わらずそうなのね? あなたはいつでもそう。あなたの言ってるのは、そういう方法でも似たようなことが出来るっていう説明であって、その現象がそうやって行われた証明にもなんにもなってないわ。いつもいつも馬鹿の一つ覚えで証拠を見せろだの証明しろだの無理を押しつけて、出来ないんだろう?嘘吐きめ馬鹿めと居丈高にののしるけど、はあーあ…、レベルの低いこと」

 目を閉じ、いかにも呆れたように肩をすくめ、首を振った。

『なんだと小娘が?』

「頭のいい馬鹿って、ほんと、手に負えないわねえー」

『何分かったようなことほざいてるんだよ? 認めなさいよ、あんたがテレビとグルになってインチキしてるって!』

 博士は完全に声が甲高く裏返っている。姫倉はあざ笑った。

「血管。ブチって行っちゃうわよ?」

『ごまかすなよ! 卑怯者! おい、カメラ!ディレクター! さっさと行けよ!? おまえらみんな、卑怯だぞ!!』

「駄目ったら駄目です」

『うるさいよ! 俺が責任持ってやるからさっさと調べに行けよ!』

「やかましいっ! 何も解らない馬鹿が無責任なこと言うなっ!!!」

 姫倉は、綺麗な顔をして、まるでレディースの総長のような迫力で啖呵を切った。沙希がびっくりして体を震わせ、目を丸くした。姫倉はおちゃらけなしで恐い目でカメラを睨んでいる。

 朝日奈博士も怒った顔でじっとモニターの姫倉と睨み合ったが。

『もういいよ。どうせおまえらみたいな馬鹿は何言っても聞きゃあしないんだろ? 馬鹿が、好きに馬鹿やってろよ? どうせ世間の笑い者になるだけだ』

 博士は言い捨てて、腕を組んでふんぞり返り、時間が経ってもう証拠は片づけたのだろうと忌々しく思って『くそ』と漏らした。

 すっかりガラの悪くなってしまった雰囲気を立て直すべく天衣が呼びかけた。

『姫倉先生。オーブが消えたというのは、テレビを通じて思いが世間に知られて、それで成仏した…というわけではないんでしょうか?』

 姫倉も気を取り直して愛想のいい笑顔になって言った。だいぶ表情がほぐれている。

「残念ながらそう簡単にはいきませんね。恨みの思いはすごく深いんです。なかなか、こちらの話なんて聞いてくれないわ」

『そうですか。それでは沙希ちゃんに建物の中を調べてもらうのは…どうでしょう?』

 姫倉は周りに視線を向け、苦い顔をした。

「危険ね。よしましょう。今の騒ぎで全体が殺気立っちゃいました。事故が起こっては番組が放送できなくなるでしょう? ここは安全策で、ここまでにしましょう」

 姫倉に悪戯っぽい視線を向けられて、ほっとしていた沙希がビクッと背筋を伸ばした。

『それでは沙希ちゃん、気を付けて帰ってきてくださーい』

「はあーい、分かりましたー」

「ああ、ちょっと」

 姫倉がカメラに注意を向けさせて、話しかけた。

「テレビをご覧の皆さん。ここは、本当に、危険です。絶対に、この中に入ってはいけません。必ず、怨霊に取り憑かれて、ひどい目に遭いますよ? 解りましたね? 絶対に、中に入らないように」

 じっとカメラを見つめ。

「超美少女霊能力者からのご注意でした。以上。」

 ヨロシク!というように敬礼を切った。

 『くだらん』と朝日奈博士が悪態をついたのは言うまでもない。


 その博士のリクエスト通り、二人のやりとりをそのまま残して、番組は収録の翌々週、九月の最終水曜日に放送された。

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