十二,Xファイル その1
爆裂し、煙と共に崩壊していく黒ビル。
その様子を試写室の大型モニターで見つめる人々。
きちんとしたスーツ姿で真剣な眼差しで見つめるビジネスマンたちに混じって、朝日奈博士も憮然とした顔で見ていた。
ビルの崩壊した灰色の煙の中から何百という青い光の玉が現れ、乱舞し、煙をうち払うように中心に力強く立ち上った黄金の光柱に引き寄せられるようにその光のエレベーターに乗って次々天に運ばれていく。全ての青い玉が天に昇ると、黄金の柱自身も天へ引き上げられるように消えていった。
拡散した煙の徐々に晴れていく青空をバックに、出演 渡井克也 樺山沙希 モッチー兆也 天衣喜久子 ・・・・ 御堂美久 姫倉美紅 特別出演 朝日奈秀夫博士 鹿尻天一郎編集長 スタッフ 演出…三津木俊作 …藤森泰介 脚本…倉竹拍子 …姫倉美紅 撮影…戸塚英生 特撮監督…益口寿夫 特殊造形…菅原一馬(スタジオスカーレッド) ・・・・ スペシャルサンクス・トウ オカルト専門誌アルケミー 中大畑町の皆さん ・・・・ 製作総指揮…姫倉美紅、とエンドロールが流れ、
荘厳なオーケストラだったBGMが途中から、外したマイナー調ながら軽快なポップスに変わり、流れる字幕を横に追いやり画面でも二人組のミニスカートの女の子たちが歌い出した。絞っていた照明が明るくなり、鑑賞者たちは口々に感想を言い出した。朝日奈博士は憤懣やるかたない様子で、
「ふざけとる。まったくふざけとる。…………馬鹿にしおって」
と吐き捨て、一人さっさと席を立ち、スーツだけ立派な若造がお辞儀をして開けるドアを出ていった。
後日。
「いかがでした? ご覧になったんでしょう?」
ヨーロピアンハーフの女の子がニコニコした顔で訊いた。
場所は環境電磁波研究所の所長室、応接テーブルを挟んで朝日奈博士が姫倉美紅、御堂美久と相対していた。
姫倉美紅は黒の野暮ったいセーラー服で、御堂は相変わらず黒のスーツで、二人ともぴんぴん……元気に生きていた。
御堂はサングラスを外していて、その瞳は純粋な日本人の黒色をしていた。
たいへん不機嫌な博士はたいへん面白くない顔で訊いた。
「いったい騙されていたのは、わたしと、誰なんだね?」
「樺山沙希さんとビル内で待機していたスタッフさんたちは台本を渡してあるグルです。ああ、三津木プロデューサーは何も知りません。わたしたちに同行撮影していたチームにも内緒です。藤森プロデューサーにはスタジオ収録の後で種明かしして協力してもらいました。テレビ局の上の人たちとは死体発見の後でこの映画製作の契約をしました。出演者の皆さんには……内緒でしたけど、途中でみんな気づいたはずです。全員特殊メーク用の石膏型を採って、その特殊造形スタジオでわたしも皆さんに挨拶してますから。なんに使うかはお楽しみに、って。だから、ははあ、これだなあ、って、収録の最中に気づいたはずですよ? 皆さん協力的に、乗り乗りで、パニックを演じてくれてましたよね? 仲間外れは博士と、鹿尻さんです。あの人は馬鹿正直ですから演技なんて全然できませんものねえ?」
「確かにな」
仏頂面で答える博士に姫倉は悪びれた笑いを浮かべながら訊いた。
「怒ってます?」
「当たり前だ」
「でも、本当に火の玉を見たり、お化けを見たりした気分になれて、楽しかったんじゃありません?」
「フンッ…………」
博士は、七十パーセント……いや六十パーセントくらい信じてしまった自分が腹立たしく……まあ姫倉の言うとおり少しばかり面白かった。
あれは全てテレビの収録に見せかけた、というかタイアップの、映画撮影だった、ということのようだ。
夜中、さんざん脅かされたビルから逃げ出してきて、ロケバスの駐車場まで逃げてきたところで、「やあ、どうも、皆さん、お疲れさまでした」と、にこやかな藤森プロデューサーから種明かしがされたのだった。その隣で呆然とした面持ちで三津木プロデューサーが突っ立っていた。
映画の公開は四月ゴールデンウィーク。資料によると「真実か虚構か? すべてはこの映像に映っている」というキャッチコピーでキャンペーンするそうだ。
爆破解体はロケの一ヶ月後、十一月二十二日、午前十時に行われた。早朝でもなんでもない。日本では珍しい高層ビルの爆破解体ということで、危険立入禁止エリア半径五百メートルの外は歩道に見物の人が鈴なりになり、お祭り気分でこのスペクタクルなショーを楽しんだのだった。
爆破解体費用は中央テレビが映画製作費として全額持った。管理自治体も長年危険を指摘されているビルを解体してくれるというので、地域の映画製作コミッションの働きかけもあって、積極的な許可、住民の避難、警備等安全確保に協力してくれた。
煙の中から現れ乱舞する青い光の玉も黄金の光の柱も、もちろんCG合成である。
これであの土地も売ることができて、マンションの元住人たちへの補償に回されるはずだ…………
考え込んだ博士を覗き込んで姫倉が訊いた。
「あなただけなんです、事後承諾で出演の許可をまだいただけていないのは。腹を立てて、こんな屈辱的な映画の公開なんて認めん!なんて意地悪言わないでください? 正直言いますとね、あの撮影で一番心配だったのはあなたと鹿尻さんの健康状態だったんです。もちろん部屋にお医者さんと看護士さんが待機していたんですが、心臓発作なんて起こされたらたいへんですからね?」
博士は思い出したように顔を上げ、怒って言った。
「そりゃそうだよ、年寄りにあんな思いさせて、びっくりして心臓が止まったらどうしてくれるんだ?」
「わたくし、蘇生術を心得ております」
横から御堂が平然と言い、博士は毒気を抜かれた。姫倉がニコニコ期待して訊いた。
「それで? 出演許可はいただけます?」
「ああいいよ。わたしだって今さらいちゃもん付けて心の狭い男だと悪口言われたくないからね」
と博士は面倒くさそうに言った。ちゃあんとそれ相当のギャラの振り込みがされている。ふと、意地悪に訊き返した。
「君は結局、あれだけご大層なことをして、やっぱり心霊なんてみんなインチキなんだと、証明して見せたようなもんじゃないか?」
「まあね」
姫倉は平然と笑った。
「わたしにはがっぽりギャラが入ってくる予定ですから」
博士は渋い顔で訊いた。
「あそこでもそっちの君が言っていたが、あんたは元住人から補償費の一割をもらう約束で今回のお芝居を引き受けたのか?」
「まあ…、そうです」
「一番騙されて利用されたのは、あの頑固プロデューサーと、中央テレビか?」
「まあね。でも、みんなそれぞれ得をしてますから、ウィンウィンの関係ですよ」
博士はパーキングで呆然とした様子で突っ立つ三津木プロデューサーを思いだして哀れに思ったが。
「しっかし……、よくもまああんな危ない撮影をしたものだなあ?」
「そうでもありませんよ? ほとんど光と音の演出です。ハイテクお化け屋敷といっしょですよ」
姫倉はそう言ってニコニコ笑っているが。
改めて振り返っても、かなりきわどいシーンがたくさんあった。
自分もやられた電流だ。あれはちょっとした悪戯グッズ程度のものだったが、スタッフたちが痛がっていた青い電流はかなりのものだったはずだ。吹き抜けを貫いた雷も、……メイキングビデオによると天井から避雷針を伸ばした上、その下に針金を張って脇に逸れないよう安全を確保していたと言うが、あれは絶対撮影で許されるようなボルト数の電流ではなかった。秘密、と誤魔化してやがるが。
確かに、全部作られた仕掛けなのだ。煙の中で走っていた青い電流も、科学館の実験ショーのようなものだ。その白い煙も無害の、ただの色つきガスだ。煙の充満した床から伸びた白い人の腕もゴムでできたエアーで動くおもちゃだ。終盤、ゴロゴロ落ちてきたコンクリート片は粉じんがライトの熱に引火爆発しないようにドライアイスで、盛大に噴き出したほこりはそれが溶けた二酸化炭素だ。人を押しつぶすような大きな固まりは表面がそれらしく塗装された発泡スチロールだ。
しかし自分もまさかと騙されたのが十三階の手すりから外に落下した二人のスタッフだ。二人とも明らかに手すりの向こうへ放り出され、絶対下の手すりにしがみついたりできない落ち方だった。
それも鑑賞会でおみやげに渡されたメイキングDVDにしっかり解説されていた。一人目、見事な回し蹴りで吹っ飛んだADも、二人目、手すりに立たされバランスを崩して自らダイブした照明係も、実はアクション俳優で、日頃から危険なスタントの訓練を積み、手すりの外には下の十二階から反対の八階まで、丈夫な布の滑り台が煙の中に隠され、万が一に備えてその下にはネットも二重に広げられていたのだった。
「それにしてもあんたの蹴りは強烈だったな?」
博士が感心したように御堂に言うと、姫倉も
「アクション女優として本格的にデビューしないかって誘いがあるけど?」
と水を向けたが、御堂は
「お断りします」
とにべもなく言った。あらまあと肩をすくめる姫倉を博士は疑わしそうに見て。
「あんたも。赤いかっこうで宙に浮いていたな?」
「ああ、あれはわたしじゃないわよ」
姫倉は笑って手を振った。
「わたしによく似たアクション女優さん。プロですからね、上手にワイヤーを隠して天井から釣り下がっていただけです」
「俺はかなり怪しんで見ていたが、そんな仕掛け見えなかったぞ? それにあんたも」
御堂に。
「目が赤く光って、煙を噴いていたな? 目玉にあんな仕掛け出来ないだろう?」
「光は目が光っていたのではなく、スタッフがピンライトを当ててコンタクトに反射させたんです。煙は目から出たわけではなく周りの皮膚のメーキャップに仕込んだ薬品を蒸発させたんです」
「目から直接煙が上がっているように見えたぞ?」
「思い込みです。ちなみに映画ではCGで派手に描き足しています」
博士は口をへの字に曲げた。そうだと言われればもう確認のしようもない。いや、画像を解析すれば出来るが…………。姫倉が面白そうに覗き込んで言った。
「なんです? 自分でインチキでしたって言ってるのに、疑うんですか?」
「そりゃそうだが……」
怪しい……、と思う。樺山沙希の変身したゾンビも、姫倉が御堂にナイフで切り裂かれた喉も、もちろん特殊メークだ。渡井も天衣ももちろん。黒塗りにされたスタッフの黒い目も特殊コンタクトレンズだ。黄金の部屋の赤い明王は本人ではなくアクション女優だと言うが……、あれも姫倉そっくりで、自分に話し掛けた言葉は本人としか思えなかった。今それを指摘してもどうせ「彼女のアドリブです」「CGで修正してます」と誤魔化されるのだろうが…………。
朝日奈博士は自分はいったい何を疑っているのだろうと思った。あんな馬鹿げたことが仕掛けもなしに起こるはずなどないというのは分かり切っているのに。
博士はまじまじと姫倉を見つめた。姫倉はうん?ととぼけた顔をしているが。




