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十一,魔界 その2

「急げ。このビルはじきに崩壊する」

 地の底から、ガラガラガラ…、とものすごい音が立ち上ってきて、

「ガラガラガラッ」

 大音響に部屋が震え、

「行け!」

 明王に命じられ、皆悲鳴を上げて部屋から駆け出した。勢いでいっしょに駆け出そうとした朝日奈博士が立ち止まり、意地のように疑り深くあまりにふつうに存在する明王を見つめた。明王は、

「スケベ」

 と睨み、博士は赤くなった。

「肉体を持つがごときわたしを疑っているのだろう? 触って確かめたいか? よしなさい、腕が溶け落ちるわよ?」

 ニヤッと笑い、教えた。

「今やこの中は魂が普通に姿を持つ魔界になっています。さ、行きなさい。人間生きている内が全てだというのがあなたの哲学でしょう? そんなにわたしを疑うのならがれきの中から死体を探すがいい」

 明王は頑固な博士にフッと笑った。

「行こう、朝日奈君!」

 自分も名残惜しそうに目を離せないでいる鹿尻に腕を取られ、博士も部屋を出ていった。

 全員を見送った明王は御堂の隣に膝を抱えて座った。

「さて。次はなんになろうかしら?」



 部屋を出た一同には、最後の恐怖が待っていた。

 まっ先に部屋を飛び出し階段を駆け下った天衣は、二十階に下りたところで下から上がってきた白いゾンビと化した渡井と沙希に出会い頭に捕まり、二人に引き倒されながら悲鳴を上げ、後から後からわらわら白いゾンビたちが群がってきた。同じく青白いゾンビになったカメラマンがその様子を撮影していた。

「うわあっ」

 二番手のモッチーが悲鳴を上げて立ち止まった。ゾンビたちの中から同じく白目に顔面青筋パックをした天衣が

「ぐわああっ」

 と助けを求めるより仲間に引き入れようとするように腕を伸ばした。

「あかんあかん! 反対側の階段や!」

 慌てて駆け上がり、反対南西の階段目指して回廊を走り、遅れて階段を下りてきた鹿尻と博士も訳の分からぬまま引きずられるように走らされ、ようやく階段に到着すると、

 バタン、バタン、バタン、バタン、と、一斉に各戸のドアが開き、中からタールにまみれたような真っ黒な者たちが出てきた。

「急げ急げっ!」

 ヒイヒイ言う博士の背中を押して鹿尻は必死の形相で急がせた。

 皆死にものぐるいで階段を駆け下り、各階の出口から覗く吹き抜けには、乳白色の霧の中、青い光の球体=オーブが、いっぱいに乱舞していた。階段にも白い煙が満ちているはずだが、もう大分拡散され、特に気にもならなかった。それより、ビシビシいう亀裂音はますますすごくひっきりなしで、ズズズズズン…ズズズズズン…と不気味な地鳴りがだんだん大きくなってきた。

 十五階、十階、五階、皆ヒイヒイ息が上がりながらひたすら下り続け、全階でドアが開き黒いタール人間が出てきていたが、彼らは自分が誰でどこにいて何をしているかも分からないようでそこらをふらふらしていた。中に階段室にさまよい出る者がいて、運悪くそれに捕まったスタッフはべったりくっつかれ、悲鳴を上げながらタールを塗りつけられ、見る見る全身真っ黒になっていき、やがて抵抗をやめ、真っ黒な目になり口をだらんと弛緩させ、彼らと同じように自分が誰か忘れ去ってぼうっと突っ立った。

「急げ急げ!」

 もはやみんな自分が助かるのに精一杯だった。

 ついに先頭、サッカーチームで鍛えているモッチー兆也が一階にたどり着いた。中庭には粉々に砕けた須弥壇と黄金の女たちのバラバラ死体が散乱していた。通路には幸い白も黒も化け物たちはいなかった。助かったと思ったら、バラバラバラッと中庭に大量のコンクリート片が降ってきた。黄金に降りかかった白い粉は、辺りにも舞い上がり、階段から駆け下りてきた人々の鼻をツーンと痛くさせた。ミシイッ、バリバリバリッ、と崩壊の音はすさまじく降ってきて、またもゴロゴロドスンドスン、コンクリートの固まりが降ってきた。

「急げ急げ!」

 必死となって走り、エントランスに出る短い廊下に駆け込み、さて、結界を張られているという出口は、開くのか?

 自動ドアのガラス戸はぴったり閉まっていた。外ではのんきにテレビスタッフがカメラを構えていた。

「開けて! 開けてえな!!」

 モッチーは必死の形相で呼びかけ、つるつるのガラスに手を押し当て、力を込めて引いた。すると少し動いて透き間が空いたが、そこに指を掛けようとするとすぐに閉まってしまう。

「おい! 手伝うてな!?」

 後ろのスタッフに怒鳴って、再び力を込めて引き、スタッフが指を掛けて、

「せえーのお!」

 重いドアをズルズルと引き開けた。

「早よう、早よう!」

 入り口を開いてやり、皆を外へ出してやる。

「博士! 編集長! 早よう! 早よう!」

 老人二人が最後にヒイヒイ言いながらドアをくぐり、モッチーもスタッフといっしょに外へ飛び出した。

 後ろでガラガラガラアッとものすごい音がして、中庭を埋めるようにコンクリートの固まりが降ってきて、もうもうと白煙が通路を圧して噴き出してきた。煙がドアの外まで噴き出してきて、

「あかん! 皆、逃げるんやっ!!!!」

 ポカンとした様子で撮影を続ける外のスタッフにも怒鳴りつけて、早よう!早よう!と鹿尻と博士の背中を押して、皆にも大急ぎでビルから離れるようけしかけた。

 いったいどれほどの時間が経っていたのだろうか、車の通らない道路を横断すると、歩道には黒い筒服の坊主どもが口と鼻と目と耳から血を噴き出したものすごい形相で転がり、それを横目に通り過ぎ、ロケバスを止めたパーキングへ向かうカーブを走りながら、さっと差してきた白い光に釣られるように振り返ると、DKBマンションが、白く明けていく空にそれだけ夜の闇を引きずるように黒々とそびえていた。

「ああっ!!……」

 ドッドッドッドッドッドッドッドッドンッ!!!!

 ものすごい爆発音が連続して、全身に穴がうがたれるように内部から爆裂した黒いビルが、コンクリートの筋肉と鋼鉄の骨組みを破壊され、ドドドドドドド…とものすごい音と灰色の煙を噴き上げ、それはもう見事に、足下から崩れ落ちていった。

 黒いビルが消え、もうもうと煙が上がるばかりの青空を、その地獄から生還した人々は唖然とした顔で見つめるばかりだった。

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