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九,怨霊の箱 その2

 エントランスの先、暗い通路の向こうの出口に、煌々とした灯りが見えた。

 中庭に出てみると三階の手すりに大型の照明が設置され、四角い中庭を照らし出していた。ゲストたちがまぶしさに目を細めて見上げると、上の方、十三階にも通路から灯りが漏れているのが見えた。更に手すりのある最上階=二十二階にも灯りがあった。朝日奈博士がケチを付けるように訊いた。

「ここは危険であんた無しじゃ入っちゃ駄目だったんじゃないか?」

「スタッフには全員わたし特製のお守りを持たせています。それにこれから始まるショーのために少し引っかき回しておいた方がいいのよ。……お守り、欲しい? 一個十万円で売ったげるわよ?」

 いけしゃあしゃあと言う姫倉に博士は「フン」と鼻を鳴らした。

 前回のロケでは姫倉も沙希もヘルメットを被っていたが、今回は誰も被っていない。出来るなら今回のロケには参加したくなさそうな沙希が

「あのー、ヘルメットは?」

 と訊いた。姫倉は

「ああ……、めんどくさい。せっかくのわたしの見せ場にあんな野暮ったいもの邪魔でしょう? 平気平気。この建物、震度五までは大丈夫なんだから。平気だけど……ま、震度五の地震が起こっちゃったら、運が悪かったと諦めて」

 と勝手なことを言い、沙希は

「そんなあ〜…」

 と泣きそうな顔をした。姫倉は委細かまわず。

「それじゃあ主役はわたしだから勝手に始めるわね。

 先ほどの岡田健人さんの幽霊、あそこから飛び降りた人ですね」

 姫倉は通路に灯りのついている十三階を指さした。

「問題なのは、あそこから『ここが我が家だ!』と恨みと執着たっぷりに飛び降りて、まるで大きな血判を押すように死んだ彼が、なんで、幽霊にならなかったのか?ということです。

 まあ、さんざん現代人がいかに化学的合理主義に毒されて本来の魂を失っているかは解説しましたが、彼ほど強い恨みを持った人間までが、思い入れたっぷりのこの場所で幽霊にならなかったのかは不思議です。

 何故でしょう?

 ところで皆さん、あそこから飛び降りて、ここでぐしゃっと潰れて死んで、まあ普通日本人なら伝統的に『成仏する』ということを考えると思うのです。そう思ったとき、ここで死んだあなたは、どこへ行こうとします?」

 はい!、指さされ、重鎮俳優渡井克也は厚い皮膚に渋いしわを寄せ、深いいい声で

「そうだねえ、やっぱり、天国に行きたいと思うんじゃないの?」

 と上を見た。姫倉も上を見たので他のゲストもみんな上を向いた。

 二十二階でもスタッフが何かやっていて手すりから照明が漏れ、その灯りが、コンクリートの天井を灰色に照らし出している。

「見えますね? 天井です」

 天井だなあ…、と、高い位置にある灰色をみんな眺めた。

「つまりこの吹き抜けはふたがされているのです。なんだか変だと思いませんか?せっかく明るくするための吹き抜けなのに、わざわざ上に部屋を載っけてふたをしてしまっている。そもそもこの建物、マンションとしては変なデザインだと思いません? 外見からしてマンションにはあんまりない真っ黒だし、ストンとして妙に殺風景でお布団を干せるベランダもない。おまけに耐震強度不足の欠陥マンションだし。何故でしょう?」

 分からない。皆答えることが出来ず、姫倉の用意しているであろう答えを期待した。

「知ってます、このマンションの名前? ここまで来ちゃったらばらしてもいいわよね? DKBマンションって言うんですよ? DKBって分かる? 今流行りのアイドル集団とはなんの関係もないわよ? 『ダイ・コク・バシラ』。ね? 『大黒柱マンション』。笑っちゃうわよね?あはははは。

『しなやかな免震ボディーで震度六強の地震にも耐えられます』

 なーんて、大嘘。芯が抜けたグサグサのコンクリートの積み木で、簡単に崩れちゃうって言うんだからお笑いよね?あはははははは」

 笑っているのは姫倉だけで、皆の引きつった視線に姫倉も笑うのをやめて、白けた目で言った。

「何故かと言うとね、ここがお墓を潰して建てられたマンションだからです」

 まだ言い張るか!、と朝日奈博士が指摘した。

「だからそれは間違っていると教えてやっただろう? ここは寺の地所だったが、ここに建っていたのは幼稚園で、墓なんて一基もなかったと?」

 姫倉が哀れっぽく博士を見て首を振った。

「いいえ。ここは元々墓地で、一つ、今でも、お墓があるんです」

 博士は自信満々の姫倉の様子に、しまった、と失敗に思い至った。遺憾ながらもそれを自分から尋ねた。

「幼稚園が墓地の跡に建てられていたということか?」

「いいえ」

 姫倉は首を振った。

「幼稚園は最初から幼稚園ですよ? 先祖代々の空き地を有効利用したまでです」

 博士はいぶかしく姫倉を睨んだ。

「幼稚園だったのは認めるんだな?」

「認めますよ? 事実ですから」

「じゃあ、墓地っていうのはなんなんだ? そんな物なかったはずだぞ?」

「ですから」

 姫倉はニンマリ意地悪に笑った。

「これが」

 両手を上へ開いた。

「墓地なんです」

 皆顔をしかめてマンションを眺め回した。どこが?という疑問の顔に姫倉が答えた。

「このビルの当初の名称は『モニュメンタルプリズム』。記念の立方体、となりますが。ここは元々都会の墓地不足を当て込んで、共同集合墓地として企画され、建築されたビルなんです。せっかく画期的なアイデアだったのに、企画した社長が建築途中で亡くなって、後に残ったぼんくら幹部どもがそんな成功するかどうか分からない企画にびびって、マンションに切り替えて内部のデザインを変更し、元は整然と小部屋と柱が並んでいた配置を、居住用に組み替えてバランスを崩し、吹き抜けをあの天井まで達するありがたーい金の輪塔の建つはずが、建築費削減で無くしてしまったから、極端に耐震強度が落ちてしまったんです。本当はこの剥き出しのコンクリートも外壁同様黒の鉄板で覆われるはずだったんです。銀箔を張るつもりがお金がなくてやめちゃった銀閣寺みたいなもの? 黒というのは、分かるわよね? 高級御影石のイメージです。外部は環境への配慮で反射のない樹脂塗料を使っていますが、内部は吹き抜けの金の塔を映すピカピカの鏡面のようにするつもりだったんです。今ここで見るのとは、全然違ったイメージになっていたはずなんです」

 皆今こそ明かされたビルの真相に驚き、ぽかんとしてうつろな空間を眺めた。ここに豪勢な金の輪塔が建つはずだったとは。確かに、それだけで一気に建築費が跳ね上がりそうだ。

 驚きながら博士は食い下がった。

「どうして計画が変更されたんだ? いかに指揮を執っていた社長が死んだからって、建設の始まっていた高層ビルの計画変更なんて、そうそうやろうとは思わないだろう?」

 姫倉は落ち着き払って説明した。

「社長がひどいワンマンだったからです。元々お金の掛かりすぎるこのビルの建築には幹部はみんな反対だったのです。その頃既に会社はかなり経営が危ない状態でしたから。お墓となれば小口でたくさんの契約者を募集しなければなりません。その対応も面倒くさく、リストラでせっせと社員の首を切りまくっている状態ですから、一時的に人手の掛かるようなことはしたくない。マンションにしてしまえばある程度手っ取り早く買い手を集められ、まとまったお金を集めることが出来る。高額の建築費を浮かせて、一石二鳥のつもりだったのでしょう。この段階でまさか耐震強度不足なんていう抽象的な物がうるさく言われるなんて考えもしなかった。

 もう一つ、お寺側の事情があります。社長同様このタワー型大規模共同墓地の建設に前向きだったのは幼稚園を経営していた前住職です。前住職は高齢ながら幼稚園を経営していたようななかなか世間に開かれた事業家の面がありました。ところが社長の後を追うように亡くなった前住職の跡を継いだ息子は、父親と似ず心配性の小心者で、墓をビルに納めるような罰当たりなことをしていいものか?、不動産会社と共同経営者になって……前住職とはそういう契約になっていました、こんな大きな不動産の共同経営者になって失敗したときの責任はどうなるんだ?、と、ネガティブなことばかり考えて、不動産会社からマンションに切り替えたいという申し出があったとき、喜んで土地の権利を会社に売ってしまったのです。この判断は結果として当たっていましたが、計画が実現していたなら管理費年間供養費で契約者から定期的に相当の払い込みがあったはずなのに、もったいないことをしましたね? 土地を売ったお金も、本当なら少しでもマンション住人に補償金として支払うべきものを銀行に貯め込んでいますから、あまり信心のある住職とも言えませんね。事情を知っているはずの檀家衆が口をつぐんでいるのもその貯金があるからです。いざというときの互助金として、自分たちのお金にしているのです。

 と、こんなところで納得していただけます?」

 博士はむっつり黙り込んでしまった。友人に気兼ねしながら鹿尻編集長が質問した。

「あなたはさっき今も、一基、お墓があると言いましたよね?」

「言いましたねえ。じゃあ、そのお墓を見に行きましょうか?」

 姫倉は天を指さした。

「上?」

「そう、上、です。皆さん、頑張って歩いてくださいね?」


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