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九,怨霊の箱 その1

 姫倉美紅。

 三津木が彼女に初めて会ったのは今年四月、関西政財界のフィクサーと呼ばれるさる大物経済人に「君に預けたい者がいる」と京都の高級ホテルに呼びつけられた時だ。三津木はまったく縁のない世界のことで面識などあろうはずがなく、この大人物の何号さんだかの息子だか孫だかをタレントとしてデビューさせろという話かと、それにしてもなんで俺なんだ?とその酔狂ぶりに戸惑いつつ、怒らせると恐いお人だとその筋から忠告されてのこのこ出掛けていった。

 影のフィクサーとして表に出ることのない白鶴(はっかく)様と呼ばれる老人はかなりの高齢で時代がかった羽織袴姿に杖をついていたが、白髪で痩せた姿はなるほど鶴だが、猛禽類の大きく鋭い目をして、見るからに恐ろしげな人物だった。

「あんたが今どき熱心にお化けなんぞを追っかけとる酔狂なお人かね?」

 老人はしゃがれた声で言って笑ったが、三津木はいつ取って食われるかと恐ろしさに震え上がる思いがした。

「三津木君と言うのだね? あんたを見込んで任せたい娘がいる。おい」

 黒服の秘書に命じて隣室に呼びにやり、黒服サングラスの女秘書を伴って現れたのが美脚もあらわなホットパンツにパーカーのポケットに手を突っ込んだ銀色の髪の美少女だった。

 その顔を見て引っかかる物を感じた三津木はその正体を記憶に探り、思わず、

「あっ!」

 と声を上げた。

「ほう。分かったか? これが呼べと指名しただけのことはあるようだな」

 美少女は肘掛け椅子に座った老人の隣に来てまったく表情のない綺麗すぎる顔で三津木を見た。

「表に出たいと駄々をこねおってな。以前の約束があってな、しょうがない。ところがただ出たいだけじゃなくテレビに出てアイドルになりたいなんぞとふざけたことを言いおってな。君、すまんが、よろしく頼むよ」

「アイドルに?」

 三津木はやっぱりそういう話なのかといぶかったが、老人の口振りでは彼女が三津木を指名したようだ。彼女のこの顔は、いったい…………

 穴が開くように見つめる三津木に彼女はプラスチックで出来ているような無表情で口だけ動かして固い声で言った。

「リハビリ中なの。ごめんなさいね」

 三津木もあの馬鹿馬鹿しい噂話を、あくまで面白可笑しい噂話として、知っていた。しかしこの大人物がバックに付いていると、その噂もまさかと思えてしまう。

 三津木はこめかみに冷たい汗を浮かべながら訊いた。

「君、名前は?」

 三津木の声はみっともないほど震えていた。

「姫倉美紅」

「ひめくら?みく?」

「そう。よろしくね、おじさん。

 おじさん、わたしの言うとおりに動いてね? きっと、すっごく面白いこと、してあげるから」

 姫倉はぎこちなく口の端を引き上げ、見開いたまま綺麗なガラス玉のような瞳の笑顔はまるで人形だった。

 三津木はゾッとしながら、霊感に撃たれた。

 ずっと探して、会いたいと思っていた相手だ。

 彼女だ。彼女が生まれ変わったのだ!

 初対面で三津木はそれを信じた。

 今、それが間違いでなかったと確信している。



 八時過ぎに現地に着いた。近くの有料パーキングをロケ隊関係で借り切っている。緩く大きなカーブ沿いに歩きながら、灰色の空をバックに真っ黒にそそり立つお化けビルが望める。五分ほど歩いて麓に到着すると、コントロールの入った中型トラックベースの中継車がとなりの眼鏡屋の駐車場を占有しつつお尻を歩道へ斜めにはみ出して止められ、スタッフが機材のチェックをしていた。

「よっ。ご苦労さん。準備はどう?」

 出演者たちを引き連れてきた三津木が挨拶するとチーフディレクターの戸塚が

「三津木さん」

 と緊張した面持ちで挨拶を返した。「検証」番組でシャボン玉の演出をばらした、いわば裏切り者だが、不遇を共にしてきた仲間であり、あれは姫倉がやらせたことなので、三津木は戸塚を信じることにした。

「こちらのスタンバイはオーケーです。いつでも始められます」

「よし。頼むぜ?」

「はい!」

 戸塚は張り切った返事をし、さっそく出演者たちに同行するカメラにVを回すよう指示した。心霊オカルト番組はいつ何が起こるか分からず、たった一度きりしかない現象を取りこぼすことのないよう常に最低一台はカメラが動いていなければならない。一台のカメラに、カメラマン、カメラマン助手、音声、照明、ディレクターからの指示の中継及び進行チェック等のAD、五人から六、七人がついて動く。

 出演者たちは南側からお化けビルの黒い姿を見上げた。鉄のかたまりがどーんと突っ立っているように見えるが、目のちかちかしそうな真っ白なスタジオで姫倉にさんざんレクチャーされたのでここが単なる建物に思えず、中身におどろおどろに怨念が渦巻いているイメージが黒い表面からにじみ出してくるように思える。

 出演者は全員ピンマイクを付けて音声のチェックも済んだ。

 三津木は腕時計を見て、時刻は八時四〇分になるところで、姫倉に訊いた。

「姫倉先生、まだ早いですが、どうしましょう?」

 姫倉はミニスカートの下に白いタイツを穿き、お気に入りらしいショッキングピンクのパーカーを羽織っている。

「ふうーん」

 姫倉は首を傾げ、

「どうしよう?」

 と目立つ影のように付き添う秘書の御堂に訊いた。

「よろしいんじゃないですか?」

「そう。じゃ、やっちゃおうか」

 姫倉は皆に向かって宣言した。

「それではこれより霊界ミステリーツアーに出発しまーす」

 周りを囲う鉄板の壁の入り口は角を曲がって東側にある。アルミのシンプルなドアが開かれ、姫倉を先頭に一人一人くぐっていった。

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