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七,幻惑 その1

 「再検証!姫倉美紅−世紀の美少女天才霊能力者は本物か!?心霊廃ビル徹底再検証!」のスタジオ収録は一番小さなV4スタジオで行われた。番組プロデューサーは三津木と藤森が共同して行う。ちなみに番組タイトルは姫倉自身が決めたものだ。この企画は姫倉が中央テレビ首脳に竹林から発掘された死体に関する霊視の結果を教える交換条件に実現させたものである。


 収録前にちょっとした小競り合いがあった。呼ばれていないオカルト否定派の東風康平が生出演のワイドショー終了後この収録のことを知り、自分も出演させろと言ってきたのだ。彼も朝日奈博士同様あの検証番組でコケにされたのがずうっとわだかまっていて、反撃してやらないではいられない気分だったのだ。

 弱った藤森プロデューサーが控え室の姫倉にお伺いを立てると、

「あの人マジ嫌いなんだよねー」

 と面倒くさそうに言い、

「じゃいいや。ナシ付けるからここに呼んで」

 とヤンキーみたいに命じた。東風が不機嫌にぴりぴりした顔でやってくると、ギラッと刃物みたいに光る目で一睨みし、

「そんなにお化けのいる証拠が欲しいなら鏡を見てごらんなさい」

 と言った。

「鏡?」

 控え室にはメーク用の大きな鏡が壁に貼り付けてある。疑わしい目で横の鏡を見た東風は、ギクッとし、鏡の正面を向いてまじまじと見つめ、顔を青黒くすると、

「どういう仕掛けだ……」

 と呟いて、ひどく怒った目で姫倉を睨み付けた。姫倉はチョコレートスナックをポキポキ食べながら、面白そうに東風を眺めた。

「どうしたの? 幽霊でも見たみたいな顔して」

 東風が何か言いかけるのを、

「とっととうちに帰って鏡と遊んでろ。これ以上わたしを怒らせると、…一生後悔することになるわよ?」

 と恐い目で脅し、東風はもう一度横目でちらっと鏡を見て、青い顔のまま出ていった。藤森が不思議に思って鏡を見てみたが、東風が見た物は藤森には見えなかった。


 スタジオ。

 出演者として集められたのは、「恐怖心霊事件ファイル」司会の天衣喜久子、同ゲストのベテランお笑いタレント・モッチー兆也、シャレの分かるベテラン俳優・渡井克也、ロケのリポーターを務めたアイドルユニットダブルトライアングルの樺山沙希、反オカルト主義の旗手・朝日奈秀夫博士、そしてオカルト信奉者の鹿尻天一郎編集長、そして、姫倉美紅である。

 急きょ収録に呼んでもらえた鹿尻編集長は喜びを隠せない。

 姫倉は今日も校則違反のミニスカートのセーラー服姿である。

「さて」

 今回は司会も自ら務めるようで、司会業の天衣はくすぐったそうな苦笑を浮かべている。

「本日はわたしこと姫倉美紅がいかに素晴らしい霊能力者であるか検証する番組にお越しいただきましてありがとうございます」

「馬鹿言っちゃいけないよ」

 さっそく朝日奈博士が噛みついた。

「誰がそんなこと認めるかい。あの廃ビルのロケを検証するんだろう? シャボン玉のインチキはどうした? あんた自分で霊能力者だって主張しているけれど、言ってることも間違いだし、明らかにインチキをやってるし、それで霊能力者なんてちゃんちゃら可笑しいよ」

 姫倉はジロッと博士を睨んだけれど、口元には余裕の笑みを浮かべていた。

 今の発言、博士はいささか卑怯だった。

 姫倉は放送されていない検証番組で作られたはずの心霊写真から本当の死体を発見するという霊能力を見せている。しかしそれはこの番組では言及しないように、収録が始まる前に藤森プロデューサーから出演者全員が揃ったところでしっかり注意されていた。あの事件の犯人はまだ捕まっていないのだ。中央テレビ首脳はこの事件にオカルト的に関わってしまうのを極端に嫌っていた。

 その件に触れないでインチキの部分だけ指摘するのはいささかフェアプレーに欠けていたが。

「困ったおっさんだなあー。あなたはどうしてもわたしを偽物のインチキ霊能力者にしたいのね?」

「したいんじゃなくて、そうだ、と言っているんだよ」

 博士のしょっぱなからの対決姿勢に姫倉は応じる構えを見せた。

「いいでしょう。いい加減わたしもあんたにはムカついているんでちょっとお仕置きしてあげましょう」

「わたしを呪ってみるか? いいよ、おやんなさいよ?」

「そうね」

 姫倉は怪しく微笑み、ふと、周りをぐるーっと見回した。

 このスタジオは、ちょっと変わっていた。

 十五メートル×十五メートルの真四角の床に、四方が真っ白な壁で覆われていた。目がちかちかしそうだ。出演者と、二人のカメラマンと一人ずつの助手の他に部屋に人はいない。収音マイクも天井を縦横に走る足場から三本下げられている。これで立体ステレオの音響が得られる。プロデューサー、ディレクターたちの詰める副調整室もラインで結ばれる完全別室になっている。

 姫倉は悪戯っぽい顔でさてなんと言ってあげようかしらと指先であごを叩きながら考えていた。指が止まり。

「朝日奈博士。あなたはこの世に幽霊なんていないとおっしゃる。そんな物はすべてそれを見たと言う人間の目の錯覚で、単なる思い込みの幻だと。そうですね?」

「その通りだよ」

「ふうん…。ところで、博士。今この部屋には、何人の人間がいるでしょう?」

「うん?」

 博士はチラッと視線を泳がせて、何を企んでいるのか怪しんで姫倉を睨んだ。

「どうぞ? 数えてみてください?」

 博士は警戒しながら一人一人確かめながら数えていった。一人、二人、三人…。出演者は部屋の中央に全員で緩い輪を作って、博士と姫倉は正反対に向き合っている。

「スタッフとわたしを含めて十一人だ」

 姫倉は無言であらぬ方に目を逸らして、口元がヒクヒク笑いたいのを堪えていた。

「なんだ? 間違いないだろう?」

 怒ったように言いながら、博士は、他の出演者たちのさわさわした様子が気になった。目を動かし、もう一度数え直してみた。十一人。間違いない。姫倉がようやく口を開いた。

「じゃあ…、沙希ちゃん」

「はっ、はいっ」

 指名された沙希はびっくりした返事をした。高校の制服風ブレザーに姫倉に負けないミニスカートから自慢の長い脚を露出させている。

「何人いる?」

「え? えっとー……、十……二人です」

 うん?と博士に恐い目で睨まれて沙希は首を縮こめた。

 姫倉が丸い目をパチパチさせてわざとらしく驚いた。

「あら十二人? 答えが違うわねえ? じゃあ、モッチーさん。何人かしら?」

「十二人ですわ。博士、数え間違うてるんやあらはりまへん?」

「そんなはずはない。…………やっぱり十一人じゃないか?」

 博士は出演者たちの困惑して自分に向けられる視線に不安を感じ、怒ることでそれを打ち消した。

「なんだ、おまえらみんなグルか!? この小娘にそう言えと言われて口裏合わせているんだろう? …おい、鹿尻君!」

 博士は日頃馬鹿にしている敵ながら馬鹿正直なのを知っている鹿尻をきつく見つめて言った。

「何人だ? 十一人だろう? 正直に言いたまえ!」

 鹿尻氏は困った顔で、

「十二人だよ」

 と言った。博士はカッとしたが、ふと、彼らの視線が自分の背後を見ているのに気づいた。うん?と振り返っても、部屋の隅にカメラマンと助手しかいない。前に向き直ると姫倉のニヤニヤした顔が自分を見ていた。

「おかしいですねえ、博士。わたしたちは全員博士には見えないもう一人を見ています。現実主義者の博士に見えない一人を見ているわたしたちの目は……幻の人間を見ているのでしょうか?」

 他の出演者たちは、何故博士にその一人が見えないのだろう?と、博士の後ろを見ている。博士はじいっと視線を凝固させ、おもむろに振り返った。視界の端をさっと黒い影が動き、急いで反対から振り返った。また視界の反対の端に黒い影が残像のように一瞬かすり、視界の外に消えた。ああ、分かった。博士はフェイントをかけてもう一度さっと振り返ったが、影の主を捉えることは出来なかった。チッと忌々しく心の中で舌打ちし。

 博士は姫倉を睨んで言った。

「あんたの秘書とか言う女だな? 俺の後ろに張り付いて、俺の視界から逃げ回っているのだろう?」

 この部屋には出演者の見られるモニターが一つも置いてない。それがあればカメラの撮している部屋の全景の中に自分の背後に立つ女秘書の姿が映っているを見ることが出来るはずだ。

「さあ? どうでしょう?」

「つまらん茶番はいい加減に…」

 苛々して博士はもう一度さっと振り返った。

 博士はそのまま固まった。

 部屋の真っ白な壁の前に、その白に溶け込むように、白い女が立っていた。

 白いパンツに白い大きなショールを羽織り、白い顔に、銀色の髪をして、緑色の瞳をしていた。綺麗なお人形のような顔をして、姫倉美紅にそっくりだが。

 博士は思わず

「紅倉…」

 とつぶやき、喉に痰が絡んで痛そうに咳き込んだ。逸らしてしまった視線を戻すと、白い女の姿は消えていた。

「大丈夫ですか?」

 気遣う声に振り返ると、セーラー服の姫倉美紅が紅倉美姫そっくりの冷たい顔で自分を見ていて、その背後に黒服サングラスの長身の女、御堂美久が立っていて、博士は二度びっくりさせられた。

 姫倉はニヤリと嫌な笑いを浮かべて言った。

「どうしました? 博士。まるでお化けでも見たような顔をして」

 幻惑だ!

 しっかりしろ!、と自分を叱りつつ、博士は背筋がぞおーっとするのを止めることが出来なかった。なるほど幽霊を見るとはこんな気分かと笑ってやりたいが、恐怖心の方が強かった。

 いいや、紅倉美姫などこの世にはいない! ……いや、この部屋にはいない……。

「なんだって言うんだ? つまり、あんたは自分で幽霊なんて気の迷いと視覚の錯誤だと証明してみせただけじゃないか?」

「あ、失敗。てへ。」

 姫倉は舌を出したが、全然反省していない。

「じゃ、種がばれちゃったんで、次の手品」

 自分で言ってポケットから一組のトランプを取り出した。

「これからちょっとした手品を…」

 カードを切り始めた途端にしくじって床にばらまいた。

「・・・・・」

 自分の失敗にむっつりしていると、御堂が素早くきれいに拾い集め、姫倉に手渡そうとしたが、

「美久さんやって」

 と任せてしまった。

「はい」

 御堂はずいと博士の前まで出て、器用にトランプを切りだした。博士は身長百六十五センチ。姫倉美紅とほぼ同じだが、御堂は博士より十センチは高かった。近くから見下ろされる博士は変なドキドキした気分を味わわされた。綺麗な顔と大きな胸をしているが、この女は以前人を殺しているのだ。

 御堂はトランプを裏向きのきれいな扇形に開いて博士に差し出した。

「好きなカードを一枚引いてください」

 他の出演者も思わず二人の周りに集まってトランプを覗き込んだ。博士は面はゆさにふてくされたように一枚引き抜いた。

「ではそれをわたしに見せないように他の方といっしょにご覧ください」

 博士はますます見せ物にされている気分で仕方なく皆に見せた。スペードのエースだった。

「ご覧になりましたね? ではそれをお好きなところに戻してください」

 適当な中間辺りに戻した。御堂は扇形を閉じ、きれいな手つきでカードを切った。

「これでわたしも皆さんもどこにお引きになったカードがあるか分からなくなりましたね?」

 博士は思いきり疑わしそうにカードを凝視していた。

「では、ご自身でもう一度お切りください」

 博士は差し出されたカードを切り、御堂のサングラスの顔を見上げ、もう一度切った。

「ではどこでもお好きなところで二つに分けて、上の組の一番下のカードを表にしてください」

 博士は大いに怪しみながら考えた。今現在このカードがバラバラに切られているのは間違いないはずだ。更にどのカードを選ぼうと自分の自由意志で、もちろん自分にも最初に選んだカードがどこにあるか分からない。今自分の選んだカードがそれである確率はジョーカーを含めて五十三分の一。そんな確率で都合よく出るわけはないから、きっとこれは「ではそのカードを今度は…」と次のトリックにつなげる前振りにするつもりだろう。

 博士は一番上のカードをめくった。スペードのエースだった。実は博士は手品というものが嫌いだった。

 わあっと歓声が上がった。

「すごーい! どうやったんですう?」

「はあーん! 器用やねえー? 秘書のお姉さんは手品まで出来ますんかあ!?」

 騒ぐ観客に、トランプの束をひっくり返して全部別々のカードがバラバラに並んでいるのを確認しながら、むっつりと博士は言った。

「どうせ手品だろう。上手いもんだねえ」

 手品というのはこうして人をコケにして面白がるから嫌いなんだ。悔し紛れに言う博士に、

「そうですよ」

 観客たちの後ろから姫倉が歩み出て、まっすぐ博士を見つめて言った。甘ったれて世の中舐めきったような今どきの女子高生的ふにゃふにゃさは消えて、しっかりした強い意志のみなぎった顔つきになっている。

「今彼女がやって見せたのは手品です。ですが。どうやったのか、お分かりになります?」

「分からんよ」

「では、どうしてこれが手品だと分かります?」

「そんなことは決まっている。種と仕掛けがあるのが手品だ」

「魔法や妖術はあり得ないから仕掛けがあるに決まっている。でも、本当は、彼女が魔法使いなのかも知れませんよ?」

「馬鹿馬鹿しい」

 と言いつつ、博士は自分を真っ黒なガラスの向こうから見下ろす女を苦手に感じた。

「分かりもしないことをどうしてそう決めつけます?」

「馬鹿馬鹿しい」

 ずいと姫倉が博士の前に歩み出て、博士の首の後ろに手を伸ばした。

「ニャア」

「ひっ」

 頭の真後ろに上がった声に博士は思わず首をすくめて身を縮め、姫倉は首の皮を掴んだ黒猫の子どもを胸に抱き、ニイッと、やっぱり悪戯っぽく意地悪な女子高生の笑みを浮かべて博士を見下ろした。

「ニャア〜〜ゴ」

 姫倉に頭を撫でられてぱっちり開いたまん丸の目は、飼い主とよく似たエメラルドの瞳をしていた。

「くそおー……」

 コケにされた博士は怒りに悪態をつきながら振り返った。自分たちがトランプ手品に気を取られている間にスタッフがこっそり連れ込んだのに違いない。

 振り返った博士はまたギョッと身をすくませた。

 いつの間にか、四人の子どもたちがそこに並んでいた。

 姫倉が紹介した。

「本日のスペシャルゲスト。中大畑小学校のお二人と、礎中学校のお二人よ」

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