六,美少女霊能力者の正体 その1
オカルト雑誌「アルケミー」編集長鹿尻天一郎は「環境電磁波研究所」に所長の朝日奈秀夫博士を訪ねた。
朝日奈博士は天敵(と向こうが勝手に思っている)の鹿尻編集長が訪ねてきたのを不審に思いながら、追い返すのもかわいそうなので所長室に通してやった。
「ご立派な研究所だね?」
博士と同年の鹿尻編集長は敵のテリトリーに愛想笑いを浮かべてお世辞を言ったが、国立大学のサテライトキャンパスも付属する、実験棟と解析棟と二つのビルの連結したなかなか壮観の施設だ。
「まあ、どうぞ。掛けて」
博士の方は日頃から馬鹿にして相手にもしたくない相手に面白くない顔のままテーブルのソファーを示し、手ずからコーヒーを出してやった。
「いや、突然押し掛けまして済みません」
鹿尻氏は恐縮しながらありがたそうにコーヒーをすすった。向かいに座ってその様子を眺めた博士は、相手の視線がちらっと自分に向いたのを機に尋ねた。
「で? なんなの? あんたがわたしんところ訪れるなんて、どういう風の吹き回しだね?」
天敵はともかく犬猿の仲である相手に博士は不愉快を隠そうともしないで言った。
「うん」
さすがに鹿尻氏も面白くない顔をしたが、よっぽど言いたいことがあるようで、カップを置くと、手を組み、真剣な顔で言った。この人は常に真剣であり、人が冗談と思うこともすべて本気で言っている。
「君、ネットであの検証番組の内容をリークしたよね?」
「したさ。わざわざ呼ばれて出てやったのに、局の連中、すっかり萎縮してまるで放送する気がないじゃないか?」
「うん。僕も残念だけれどね。君、あの死体が出てきたのをどう思う?」
「そりゃあ、あんた……」
博士はいつもの常識的意見を述べようとしたが、今回の場合、その常識的考えが逆にあり得ない非常識になってしまう。渋面を作って黙り込んでしまうと、表情を窺いながら鹿尻氏が言った。
「こんなこと言うと君は怒るだろうが、僕はあの姫倉美紅という少女を、本物の霊能力者だと思うよ」
「あんたはいつも本物だと言うだろう?」
「じゃあ君はあくまで彼女をインチキだと言い張るのかい?」
「当たり前だよ。必ず合理的な仕掛けがあるに決まっている」
「またスタッフがグルだと言うのかい? 今回はいわば敵側が仕組んだことだよ? ましてテレビのショーのために、テレビの人間が人を殺すかい?」
博士は鹿尻氏のしつこさにうんざりしたふりをしながら、実は心中どういうことなのかと焦る気持ちで考えていた。鹿尻氏の方が言った。
「君が納得行く合理的な仕掛けを説明できないでもないんだよ」
「ほお? なんだね?」
「うん…。姫倉美紅はやっぱり偽の霊能力者で、あれはやっぱり彼女に用意された台本を演じただけなんだが、じゃあ誰がその台本を用意したのかと言えば、彼女のバックに付いている連中だよ」
「誰よ、それ?」
「国家機関」
また出た、と博士は呆れた顔をした。鹿尻氏は真剣な面持ちで話す。
「君の得意の合理的解釈で言えばそうなるじゃないか?
さすがにそのために人を殺すのはいくら何でもやりすぎで、内部でも反対があるだろう。だから死体は最初からあそこに埋められるのが分かっていたんだよ。その連中はこの犯罪を知っていて、きっと犯人ももう知っているんだよ、どう行動して、どこに死体を埋めたかも。それを世間的にはあえて隠している。姫倉美紅に霊能力者としてショーを演じさせるためだ。警察も察知していない……まあ警察がそういうふりをしているのも十分疑えるが、表だって解決していない事件をすっかり知っていて、それを利用しようという連中だ、国家規模の組織でなくて、他のなんだと言うかね?」
「どうやってその犯罪を知ったんだね?」
「現代社会は監視カメラと盗聴器、インターネット網がありとあらゆる所に張り巡らされているんだ、ここに自由に使用できる監視衛星があれば、ありとあらゆる犯罪を察知、追跡することが可能だ」
「素晴らしいね? じゃあやればいいじゃないか? だが実際は殺人だの拉致だの強盗だの未解決事件だらけだぞ?」
「そんな強力な監視システムが存在しているとしたらどうする? 一般市民がそれを許すと思うかい? 多くの市民が支持したとしても、必ずそれに反対する活動家が現れるだろう? だいたいそんな大規模な監視システム、たかが一般犯罪のために整備されていると思うかい? これはね、公安、テロ対策、軍事作戦のための極秘システムなんだよ」
「アメリカじゃあるまいし」
「アメリカにある物がなんで日本にあっちゃおかしいんだい?」
鹿尻編集長の真剣さに博士が押され気味なのは、博士自身この事件の納得行く合理的解釈を見いだせていないからだ。
「分かった。いいよ、それをあるとしよう。でもね、そんな物凄い国家的秘密機関が、なんであんな小娘に荷担するんだい? いったいどういう意味があるんだね?」
「うん…。僕もまだ分からない。これからやろうとしている事のカムフラージュ…もしくは布石なんじゃないかと危惧するんだが……」
鹿尻氏は深刻な面持ちで考え込み、博士はまたありもしない国家的陰謀かと冷ややかに見守った。鹿尻氏は思い出したように。
「ああ、いや、だから僕は姫倉美紅を本物の霊能力者だと思うんだよ」
「なんだ、今言った国家の秘密監視システムはただの仮説かい?」
「いや、それはあるんだよ。確かな事例があって、例えば二〇〇八年七月……」
「……………」
「いや、いいよ…。でもね、彼女のバックにそうした大きな組織が付いているのは間違いないよ」
「本物の霊能力者なんだろう?」
「そうだよ。本物だから、利用しつつ保護しているんだ。…………
君は…………
紅倉美姫という女性を知っているか?」
「え? ベニ…何?」
「ベニクラミキだよ」
「知らないよ。誰?」
「うん………」
鹿尻氏は一層深刻な顔つきになり、恐ろしそうに言った。
「君がネットに彼女をインチキだとリークしたように、ネットで話題になっている投稿映像があるんだ。見てみたまえ」
鹿尻氏は鞄から取り出したスマートフォンにネットの登録ページを呼び出して博士に向けた。手元に引き寄せて、博士は眉を寄せながら老眼の目に距離を合わせて動画を見た。
それはどこかの森の中、ブルーシートの囲いを張られた周辺を警察の鑑識官が忙しく立ち働き、更に手前に立入禁止の黄黒のロープが張られ、厳しい顔の警官が見張りに立っている。見るからに何かの犯罪現場のようだ。
そのロープの内側に、場違いと思える異質な女性が立っていた。白いコートを羽織り、寒そうに腕を抱える女性は、綺麗な銀色の髪の毛をしていた。
博士も思わずギョッとした。
「これは、姫倉美紅じゃないか?」
「まあ、見てなさいよ」
鹿尻氏に落ち着いた調子で言われて博士は忌々しそうに続きを見た。
画面が切り替わり、現場を距離を置いたバックにしながら、マイクを握った女性リポーターが正面に上半身を捉えた白い女性にインタビューした。
『紅倉先生。先生の霊視通り埋められた遺体が発見されました。あれは、先生の霊視の通り、連続している少女誘拐殺害事件の被害者の一人と見て間違いないでしょうか?』
銀色の髪の肌の白い女性は硬いか細い声で答えた。
『はい。間違いありません』
『そうですか。少女を殺害してここに埋めた犯人についてはどうですか? 現場に来て何かもっと具体的な情報は得られたでしょうか?』
『はい。犯人は−−−−−−−−−−−−−−−』
女性はしゃべり続けているのだが、音声は消されている。しばらくして女性がしゃべり終えたところで画像データも終わってしまった。鹿尻が言った。
「君も覚えているだろう、今から六年前、ちょうど耐震偽装事件と同じ頃、少女が連続して誘拐され、その後遺体となって山中から掘り起こされたという事件があっただろう?」
「うん。あったね。覚えているよ」
博士も痛ましい事件の記憶に顔をしかめてうなずいた。
「事件の終わり方を覚えているかい?」
「いや………、なんだか、ひどくショッキングな事があったように思うんだが……」
「犯人と断定され、指名手配されていた男が、頭と体と離ればなれになって発見されたんだよ。発見されたのは少女の遺体の一つが見つかった山のほとりの川の岸。上流の橋に先が輪っかになったワイヤロープがぶら下がっていて、犯人の男はこれで首を吊り、飛び降りた勢いと体重でワイヤが首にめり込み、切断し、頭部と体と分かれて落下、下流に流されたと見られる。遺書はなかったが、凶悪な犯行が発覚しての自殺と判断された」
鹿尻氏の説明に博士は大きくうなずいた。
「そうだったね。なんだかミステリー小説みたいに上手く出来た話だと思ったよ」
「うん。殺害された少女は全員で六人。それぞれ別の山で埋められた死体が発見された。…………
変に思わないかい?」
「何が?」
「犯人は逮捕されることなく自殺したんだ。別々の山に埋められた遺体を、よく全員発見できたと思わないかい?」
「どうやって発見されたんだった?」
「たまたまその付近を通りかかったドライバーや、散歩をしていた麓の人、それから警察の懸命の捜索で発見されたんだ」
「けっこうなことじゃないか。見つかってよかったよ」
「発見された山々はそれぞれ別で、三県に散っていたんだぞ? よく見つけられたものだと思わないか?」
「それだけ警察が頑張ったんだろう?」
「ふん……」
鹿尻氏は鼻白んだが、気を取り直して続けた。
「ところで、この女性だが、」
スマートフォンの画面はデータの終わった最後の画で止まっている。話し終えた女性が口を閉じ、おどおどした表情でカメラを見ている。
「どう見える?」
「うーーん……」
さすがに博士も考え込んだ。
「似てる……が、別人だろう?」
「そうだね。年が違う。六年前の映像で、明らかに姫倉美紅より年上だ」
似ている。銀色の髪に緑の瞳、白い肌にくっきりした目鼻立ち、しかし純粋な西洋人ではない輪郭の柔らかさ。姫倉美紅が成長したらこうなるだろう、二十二、三歳の美しいハーフの女性。しかしこの自信のなさそうなおどおどした頼りない視線は姫倉とずいぶん違う。髪型もストレートのセミショートだ。だが、それでも尚、印象は驚くほどそっくりだった。
「彼女の名は紅倉美姫。僕らもお世話になっているテレビ局の警察と組んで未解決の事件をテレビの情報網で解決に導こうという番組で、当時流行っていた超能力者による霊視で行方不明者を捜索しようというコーナーで、唯一、本当に行方不明者を見つけだしたのが、彼女だ。結果は残念ながらこんなむごいことで、彼女もだいぶ落ち込んでいるようだがね」
鹿尻氏は痛ましそうに静止した彼女の肖像を眺めた。
「彼女が発見した遺体は三体目だったが、実際は六人目、最後の被害者だった。
彼女の出演はこの回一回切り。後にも先にもテレビに出演したのもこれっきりだ。
彼女が埋められた遺体を発見してから、急にバタバタとそれまで行方不明だった少女たちが山中で遺体として掘り起こされた。
ねえ、君、これらの事実を、どう思う?」
「どう思うも何も」
博士は苦い顔で言った。
「だから警察が新たな証拠を得て頑張って捜査した結果だろう?」
「まあそうだね。世間的にもそう宣伝されている」
「嫌な言い方だな?」
「だってそれまで手をこまねいて六人もの少女をむざむざ殺されて、急にバタバタとじゃないか? 上手く行きすぎだよ。
僕はね、表から姿を消した彼女、紅倉美姫が、裏で警察に協力して、隠された遺体を発見し、犯人を特定する情報を与えたんじゃないかと思うんだよ」
そんなことがあるわけ……という言葉を博士は飲み込んだ。彼女の存在に何かゾッとするものを感じないわけにはいかなかった。鹿尻氏は続ける。
「もう一つ怖い事実がある。警察は、一度犯人をすんでのところで取り逃がしているんだ。まんまと犯人に裏をかかれてね。その後緊急に敷かれた包囲網を、犯人はこれまたまんまと突破して逃げおおせている。それなのに、その向かった先が遠い犯行の隠し場所の山で、そこに掛かる橋から自ら斬首刑になるように死んでいる。なんだかねえ…、わざとそういう風にし向けられたように見えないかい? 首を切断されて無惨な死体をさらしたのが、誰かの意志による……処刑のようには、思えないかい?………」
「そんなわけ……」
博士は喉がひり付いて咳払いし、最後まで言葉を言えなかった。
「実際被害少女の遺族はインタビューで犯人の無惨な死について自業自得だと吐き出すように言っていた。警察としては犯人を取り逃がして、その上勝手に自殺されてしまって、大失敗だよね? 警察が好んでこのシナリオを飲んだとは思えない、紅倉の独断専行か、どうしても彼女の能力を欲しいバックが彼女の要求をごり押ししたものか……」
「おいおい、君は本当に彼女にそんな力があると思っているのか? …いいだろう、君のさっきの、国家レベルの秘密組織の存在を飲もうじゃないか、六年前当時既にその秘密監視システムは完成していた、その秘密システムによって彼らは少女が犠牲となる卑劣な犯行を知った、しかし秘密システムの存在を公にすることは出来ない、そこでいかにも神秘的な容姿の女性を俳優に起用し『霊能力』なる奇跡で犯罪を解決させた。そう考えればいいじゃないか?」
鹿尻氏はうんとうなずいた。
「確かにそう考えられないこともないね。君にしては柔軟な発想じゃないか?」
「あんたに褒められたくないよ」
鹿尻氏はやっと面白そうに笑って、またまじめな顔になって続けた。
「当時も紅倉美姫に対する本物偽物論争は起きて、彼女の再登場を求める声は大きかったが、彼女は二度と人前に姿を現すことはなかった。それをして彼女を偽物と言う人たちは嘘がばれるのを恐れているんだろうと嘲ったが、本物と言う人たちはそういう謂われ無き非難があるから姿を消したんだと彼女を擁護した。
どうだろうね? 彼女がそのまま活動を続け、次々未解決事件を解決したら、世間は彼女をどう思い、どう扱うだろう?」
「便利でありがたいじゃないか?」
「そうだね、万能の女神様だ。だが、社会はいつまでそれを容認するだろうか? 隠された真実に対し百発百中の彼女の言葉は、大衆の熱狂的な支持を得るようになるだろうが、必ず、それを快く思わない者たちが出てくる。彼女が犯人と名指ししつつ、裁判で証拠が揃わず無罪となるケースもあるかも知れない。霊能力で得られた証拠なんて、裁判では認められないだろうからね。しかしそうしたら世間はその被告をどう思うだろう? 女神様が犯人と名指ししたんだからこいつが犯人に違いない。それはきっと正しいんだろうが、法治国家の日本では認められない事だ。彼女の能力と社会の秩序に軋轢が生じ、人々の争う元になってしまうかも知れない。特に犯罪の被害者側の、犯人と名指しされた者への憎しみは抑えようがないだろう。そうした感情と、犯人を罰せよという大衆の声を、政府、司法、検察は、抑えることが出来るだろうか?
紅倉美姫という類い希なる能力を、社会は持て余してしまうのだよ、どうしたって。
だから彼女は姿を消すしかなかった。いや、姿を隠されたのだ、社会の秩序を維持しようとする者たちの手によって」
トンデモ系の鹿尻氏の説が、いつになく迫力があって、博士もいつもの茶々を入れる間を見いだせずに聞き入ってしまった。




