虚構、驚愕
ロープから離された手が、むなしく空をかいた。
あまりにいきなりすぎて、走馬灯も何も過らない。柊、颯斗、ごめん。ぼくはもう、この先には行けないみたいだ……。
ドスンッ。
…………あれ。「ドスンッ」って…。
体が、焼失して、ない?
「来夢!大丈夫か!」
柊の声がはっきりととらえられる。……ぼく、もしかして、生きてる?
「ふ~、なんとか間に合ったか」
これは颯斗の声だ。――――「間に合った」ということは。
「……それじゃあもう…標的は捕獲したんだね…」
言いつつ体を起こして目線を合わせると、颯斗は不思議そうな表情でこちらを見下ろしていた。
「は?何言ってんだ、お前。寝ぼけてんのか」
「何言ってんだ」って…ぼくもきみの言っていることがよくわからないのだけれど。
首を傾げると、颯斗はやれやれ、とでもいうような口ぶりで、
「何勘違いしてんのか知らねーけど、おれも柊も、レーザー装置の機能解除に勤しんでたんだぜ?お前が渡ってる間によ。だからお前、落ちてもこの通り、大丈夫だっただろ?」
颯斗の言うとおり、無数にあったレーザーは、1本残らず消えていた。
――――ああ、そういうことだったのか。返事が無かったのは真剣に作業をしていたからで……2人を疑った自分が、馬鹿みたいだ。心なしか、温かいものがこみ上げてくるのを感じる。
「お前を置いて行ったりしねえよ。俺らは仲間なんだしな」
これは柊だ。その淡々とした口調には、どこか温もりが宿されていた。
そうだ。ぼくらは仲間なんだ。誰も自分を見捨てないでいてくれる。ぼくも、絶対に見捨てはしない。
このまま工場最奥部まで侵入して、みんなでこの任務を遂行しよう。
「よしっ!行くぞ~、製造作業室!」
「おうっ!なんだ来夢、急にはりきり出したな」
「……ああ、やっぱ前言撤回する。颯斗は仲間じゃねェ」
「ああ?!んだコラァ上等じゃねーか、おれもお前とは断じて仲間じゃねええ!!」
そしてぼくらは、製造作業室への侵入を開始した。
製造作業室。工場の大部分を占める規模で展開されるこの場所は、いわば工場の表向きの活動場所であり、大勢の人間が関わる地点であるのだが、恐らく犯罪組織の核となる人物は、いない。ここで働かされている人たちは、自分が何をさせられているのか理解していないのだ。こちらが
自動ドアを通過すると、計算通り、製造作業室にはまだ誰もいなかった。とはいえ防犯カメラが設置されているポイントは確認されているので、慎重に、計画の場所へそれぞれ移動する。
ふと、自分の手首の腕時計型パネルに目を移す。現在の時刻は7時55分。ここまで、計画通りの時間で動けているようだ。そして予定ではあと5分で、ここで働く者――――いや、強制的に住み込みで労働を強いられている者と言った方が正しいか――――が作業をしにここに来る。
そこで、柊は自動ドアを入ってすぐ、ぼくと颯斗は少しさがって柊の左右に、それぞれ待機する。大勢の人間がやって来たところを一斉に捕らえ、黙らせる。そして犯罪組織としての実行犯をもまとめて誘き出す。おおまかな流れはそんなところで、問題は標的がどう出てくるか、というところである。
この工場の表向きの名目は、どうやら「おもちゃ」の銃工場らしい(実弾入りの銃を製造・売買しているとはなんとも笑える話だが)。他にも製造している製品はあるらしいが、裏で法に触れる取引が行われている事実や無関係な人物の拉致・監禁している事実は変わらない。事前に調べ、揺るぎない事実として認められているのだ。
神経を研ぎ澄まし、奴さんのご登場をじっと待つ。まだ、足音一つ聞こえてこない。
あと5分。あと5分。ああ、5分ってこんなに長いものだったっけ?
と、唐突に右肩を軽く叩かれる。柊だとわかっていながら内心どきっとしたのは、神経を集中させていたからか。
「来夢。もっと肩の力抜け。そんなに張り詰めていても逆にミスするぞ、お前の場合」
「……?どういうこと?」
「…気楽にやればいいんだよ、任務なんてもんは」
では、あのパフォーマンスじみた諸々の動作も、気楽に行っていたということなのだろうか。
「やっぱり、すごいなあ、柊は」
「は?」
「ぼくにはあんな俊敏な技、どうやったって出来ないのに、柊は軽々とこなしちゃうしさ。いったい、どうやったら……」
「おい、何勘違いしてんだお前。俺はそういうことを言いたいんじゃ……」
と、その時。
「なあ、なんか音が聞こえてこねえか」
颯斗が真剣な面持ちでこちらに訴えてきた。ぼくも柊も一端口を閉じ耳を澄ませると……
ザッザッと、大勢で歩み寄ってくる足音が、ドアごしにでもよく確認できた。
「よし、2人は銃構えろ」
柊が静かに指揮をとる。言われてぼくらは装備しておいた短機関銃をゆっくりと構えた。柊は、この組織が政府公認組織であることを証明する、――――警察手帳ならぬ――――秘密警察手帳を懐から出した。
「ああちなみに、それはあくまで脅すためのもんだからな。今の段階では撃つなよ」
返事の代わりにうん、と頷く。ここで労働しているのは、「犯罪者」ではなく、「被害者」なのだ。罪が課せられない訳ではないが、本当にぼくらが捕らえるべき人間は、ここにはやって来ない人物だ――――――と、組織からも念を押されている。
足音が先程より明確に、近づいてきていることがわかる。しかし、「気楽にやればいい」という助言を貰ってか、緊張感は薄れ、以前より落ち着いて構えられている気がする。
ふと、音が止む。こちらの存在には、結局気付かなかったらしい。
――――――そして。
すんなりと、自動ドアが開かれた。
――――――――――SDP敷地内施設地下3階『情報保存室』――――――――――
『おいじじい、そっちの処理終わったんだろーなぁ』
『はいはい、終わりましたよー。そっちはどーっすかー』
『終わってるに決まってんだろぉ!あたしを誰だと思ってんだテメー殺すぞ』
『ハイハイ。つーか、オレのほーが年上なんだけどねー。まあいーけど』
『……取り敢えず政府の目に入る前に、この情報は削除しておかないと…』
『ああ。なんだっけ、有名だよな、あの…』
『柊のこと、か?』
『あーそう、それ。なんか凄いらしーよな。あいつがこの任務に居りゃあまあ、問題も起きないだろーし、政府や政府信仰派のP班の連中にもバレるこたぁねーだろーな』
『あたしが行ってもよかったんだけどな。まあそもそも、D班の連中とは面識がなくてよぉ。ナイフかっさばくのはあたしの十八番なんだけどなぁ、こう見えて』
『お前、D班希望すりゃよかったのに。女でそーいうこと出来んのって、貴重な人材じゃねーの。こうやって任務の様子が保存されていくのを削除していくなんて地味な作業、延々とやらされんのよりはマシってもんだろ』
『ったく、配属ミスもいいとこだよなぁ。…まあ、それだけが仕事ってわけでもないんだけどさぁ』
――――――――――――――――
えっ。
なんで。
ドアが開き、大勢を前に銃を構えつつ、心臓がドクンと跳ねる。――――どうして。
突然現れたぼくらを前に、明らかに動揺している、ざっと30人程度の人達。
「こちらは政府公認組織、SDPだ!」
ぼくは今まで組織内で見たことが無かった。疑問さえ感じたことはなかった。
でも。
「静粛にしろ!」
明らかに異様だった。
「貴様らを雇っている犯罪者の居場所を教えてもらおうか」
短機関銃を構える手が震える。
組織内で見たことは無かった……自分自身を除いては。
「らい……む…」
その中の一人が、蚊の鳴くような声で、ぼくの名前を呼んだ。
なぜだろう。なんだか、前にも会ったような……。
そこに佇む全員が、ぼくと同じ、金髪緑目の――――
ぼくと同類と思われる人種の人々だった。




