最奥部へ
今更ですが、縦書きで読むとカッコよさが倍増します。
(あ、どの小説もか)
階段を一気に駆け降りていく。階段は6段階あり、一つの階段の長さがかなり長く、思っていたより体力を消耗したようだった。――――無論、へばったり、弱音を吐いたりはしない。
そして、ついに最下の階まで辿り着いた。ここの一番奥までいけば、ぼくらの目的地である階段の先には、先程より一層暗く長い道が在った。一先ず、3人とも足を止める。…少し息は上がっているが、何のこれしき。遠くまで見渡せるほうがいいかとふと思い立ち、ゴーグルを装着してみる。
と。――――――そこには今まで目に見えなかったものが「あった」。
なんだ、これは。工場内部セキュリティポイントには、こんなものは……
「柊、颯斗!この道、床に沿ってレーザーが張り巡らされてるよ!」
念の為無声音で、しかし語調を強め2人に呼びかける。肉眼では見えない、しかしこの特殊ゴーグルでは鮮明にとらえることの出来る無数の赤い光線が、この廊下に広がっていた。颯斗は僅かに驚愕の表情を見せ、「計算外だな」と舌うちした。柊はというと、…もはや言うまでもなく無反応、かと思いきやすっと赤外線のぎりぎりまで歩み寄って、
「こんなことは、前にも何度か経験した」
「……レーザービームにイキナリ遭遇…ってパターンをか?」
この颯斗の問いかけに当然の如く無視をしつつ、続ける。
「潜り抜ける方法なら、ある。ここから先、少しばかり体力勝負になるかもしれないが……突破するためには、その方法が一番手っ取り早い」
「どんな方法なの?」
まあ、突破するためだったらどんな方法でも遂行しなきゃいけないけれど。
問うてみると、柊は50センチ無い程度の大きさの、銃の「ような」ものを、懐から取り出した。
そして、唐突に引き金を引く。銃の「ような」ものからは太いロープが勢いよく飛び出し、廊下の大分先のほうでは「カン」という、何かに突き刺さったような軽快な音がした。
「ロープの先端には鋭利で頑丈な刃がついているんだ。今、廊下の向こう――――目的の製造作業室に繋がる自動ドアまで、刃が貫通している。その位置まで、このロープに掴まって進む」
……と言われても。
イメージがどうも湧かない。颯斗も同じような反応をしていた。
「じゃあ、俺が手本を見せる」
そうした方が口で言うより早いと思い立ったのか、柊がそう発言する。
「俺が向こうまで行ったら、一人ずつ俺にならって来い。――――いいな」
柊がくるりと身を翻し、ロープを掴んだ。そして、ロープに足を掛け、背をレーザーに当たるか当らないかスレスレのところまで持っていく。つまり、あおむけの状態である。そして、足と手を交互に使い、するすると向こうまで進んでいく。柊が動くたび、ロープが軋む鈍い音がした。
「おい……まじかよ、アレ。あの態勢で、200メートルはある廊下を直行するっていうのか」
颯斗が溜め息混じりに言う。確かに、もっともな意見である。少しでも気を抜けば、背中が赤外線に当たって焼失してしまうような状況だ。
柊はというと、いつのまに暗さで確認できないところまで進んでいた。素早く動作を行わないと、かなりの体力を消耗するのだろう、ロープの軋む音がだんだん速くなっていくのがわかる。
それから2分くらい経過しただろうか、音が止み、遥か向こうで声がした。さすがの柊も、いくらか息が切れている様子だった。
「一人ずつ、慎重に来い。刃は、俺が押さえておく」
すると、「どっちが先に行く?」などという相談もなしに、颯斗がロープを掴んだ。
「おれから行くぜ」
軽い調子で言うが、少し緊張しているのが見て取れる。颯斗の柄でも無い様子に、なんだかこっちまで緊張してしまう。
そして、柊よりも時間はかかっていたが(ということは体力の消耗も甚だしかったというわけだが)、颯斗は無事に向こうまで行きつくことが出来た。
残るは、ぼく一人だということだ。心臓がドクン、と跳ねる。
「来夢ぅー焦んなくていいからファイトー」
「取り敢えず、レーザーに触れないようにしろよ」
声援を送ってくれる2人の表情までは、暗過ぎて覗うことは出来ないが、
……なんか、人事じゃね?2人とも。
まあ、こんな状況では、他人に構う余裕などないのかもしれない。
そしてぼくは、意を決してロープを掴んだ。
――――――――――SDP敷地内施設地下2階『情報管理室』――――――――――
『ねえそっち、例の3人は今どんな状況?』
『モニターを見るに、製造作業室前廊下まで来ているな』
『割と早いじゃない。まあ、2人は任務経験あるものね、やっぱこういうのは慣れてないと』
『そっちは、どうだ。何か動きは』
『相変わらずよ。ったく、政府がやってることなんて、こっちから見え見えなのにねえ』
『……では、まだ大きな動きは無いということだな』
『ん~、それはまだ判らないわよ。あいつら、もしかしたら隠蔽に隠蔽を重ねてくるかもしれないし。もーホント、ややこしいわねえ」
『取り敢えず、裏切られる前にこちらが対処せねばいけない。つまり……』
『わかってる。対策は考えておくから。……そうね、もっと人員を集めなきゃってトコかしら、対策としては』
『……まあ、そこらへんのことは君に任せる。P班でない、この計画に関わる君に、な』
――――――――
このロープにぶら下がって、どれくらい経っただろうか。少なくとも、5分くらいは……。
あと、どれくらいで着くのだろう。後ろ向きで先が見えず、おまけに暗い為不安な気持ちを煽られる。ロープが軋む度、自分の手足が悲鳴を上げるのが分かる。汗が流れ落ち、レーザーに触れてジュワっと音を立てる。……弱気になってはだめだ。わかっている、わかっているけれど……
「柊、颯斗、一体ぼくは何処まで進んだんだ……」
手足を動かして進みつつ、不安でたまらず聞いてしまう。しかし、返事が返ってこない。それどころか、廊下の先では、物音一つしなかった。
「……おい、聞いてんのか、2人……」
呼びかけようとして、ふと、恐ろしい予感が頭を過った。――――――――もしかして。
もしかして2人はもう、先に製造作業室へ、この廊下の先にある工場内部へ向かってしまったのではないか。
まさか、とは思う。しかし、初めからぼくがここを突破出来ないと見切っていたとしたら。ぼくがこうしている間に標的を捕らえ、またここに戻ってくる計画だとしたら。
背筋が凍る。汗がだらだらと溢れ出る。
…あれ、でも、待てよ。
そんなことを思うのは、最初からぼくが、2人を頼っていたからだ。自分の事は自分で何とかするしかないし、甘えてはいけない。最終的に任務を遂行出来れば、それでいいのだ。
自分を戒め、再び動作を続けることにする。
続けようとした……が。
ずるっと手がロープから滑り、離れる。
ぼくはレーザーが張り巡らされている床めがけ、真っ逆さまに落ちて行った。




