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最初の決意

来夢らいむ、只今パニック状態。

泣く子も黙る恐い教官としゅうがメンチ切りあってるトコみたら誰だってそうなるだろが!と心の中で一人ツッコミをかます。

「貴様らは任務遂行を任されている身でもあるのだぞ!!遅刻や談笑など、ここでは言語道断だ!!」

談笑。教官にはそうとれたのか。ちょっとぶつかったときに交わした言葉でさえもか。

それでも、ここは一応謝っておかないと、任務を他の人にまわされてしまう可能性もある。

「すいませんでしたっ!」

ぼく一人、勢いよく頭を下げる。気付けばもう、射撃のテストは中断されていた。

「柊!お前は言うことは無いのか、あァん?!」

教官はもう、完全に喧嘩腰だったのだが、柊はこんなときにもあくまでしれっとしていた。

「別に、何もねえよ」

きっぱりとそう言い切った。いくらか周りがどよめく。――――柊、ヤバイって!

「なんだと!」

「任務ってのは要するにチームプレーだろ。誰かが足を引っ張るようだったら、誰かがサポートすればいい」

その時、何故か胸のあたりがちくっと痛んだのは、気のせいだったのだろうか。

「……ならば証明してみろ」

そして一旦、教官は言葉を切った。一体、何をする気なんだろうか。

「その距離から、標的ターゲットを狙ってみろ!中心くらい狙い撃ち出来るのだろうな」

この自動ドア前から的のある場所まで、およそ500メートル。ここから的の中心を狙って撃てだって?!いくらなんでも無茶苦茶な話だ。

「そういうことか。…別にいいけどな」

柊は皮肉を込めた笑みを浮かべた。しかし、怖気付いた様子はなく、むしろこの状況を楽しんでいるかのような気さえする。

そしてこちらによこされたのは、全長1メートルは有にある、どこか見覚えのある光線銃だった。…これ、もしかして。

「それは、つい最近組織内で開発された光線銃モデルD3-02だ。その銃なら、的のどこに当てられたかがはっきりと分かるだろう」

やはり、最近圭也たちが開発を一任されていた銃だった。柊はその銃を感心しているかのように見つめ、重量や扱いの確認をしている。―――この冷静さは、一体どこで教えられたのだろう。いや本当に。

「来夢」

唐突に名前を呼ばれる。声の主は、柊だ。

「そのゴーグル、ちょっと貸してくれないか」

ぼくが常につけているこのゴーグルか。

「いいけど…ホントにやるの?今からでも教官に謝…」

「いいから、貸せ」

言い終わる前にさえぎられてしまった。どうやら、彼のスイッチが入ってしまったようだ。こうなるともう、誰にも止めることはできないのはよく分かっていたので、あきらめてゴーグルを頭から外し、柊に渡す。「ガンバレ」と小声で言いながら。

柊は一瞬ほほ笑んだかのように見えたが、すぐにゴーグルを装着し、視線を銃に取り付けてあるレンズに集中させて「構え」の姿勢に入った。足を広げて立ち、大勢を低く保った姿勢で静かに口を開く。

「いつでも撃っていいわけ」

その声を聞き、背筋に冷たいものが走ったような感覚がした。


――――――なんだ、この声、この眼は。感情のない声に、有那ゆなとはまた違う、何の感情も込められず冷たく光る赤い眼。誰も寄せ付けない、その雰囲気そのものが、ぼくには怖かった。


そして、教官が「いいだろう」と返事を返した瞬間。

ビィィ―――――――――っ!!

音とともに500メートルほどの長い閃光が一瞬、訓練室内をまっすぐに駆けた。

反射で耳を塞いでいた手を外し、的の方へと視線を移してみると………


的には、先程までなかった大きな穴が空いていた。そしてその穴は――――――――


確かにそれは、的のど真ん中に出来ていたのである。




「いや~ホントすごいんだな柊って~。あんな距離から1ミリの狂いもなく正確に狙うなんて、そうそうできることじゃないでしょ」

「まあ、圭也アイツたちの銃ってのもあったけどな。撃ちやすい銃なんだよ、アイツらのは」

昼になり、訓練室から同じ階に設置されている食堂へと向かっている途中、そんな会話を交わしていた。と、その時。

「なあ、柊!さっきのすごかったぜ!!」

「ホントホント!あの教官を完璧に出し抜くなんて、さすが柊よね!!」

D班メンバーがぞろぞろと、ぼくら……いや、柊の周りに集まってきたのである。

「今に始まったことじゃないけどよォ、才能分けて欲しいくらいだよ~マジで」

「やっぱ天才はちがうわよね~」

ざわざわと皆が柊に賞賛の言葉をかけている間、柊はずっと無表情で聞き流していた。そしてぼくは柊の隣からD班メンバーの誰かに押しのけられ、ぽつんと話の輪の外で立ち尽くした。


――――――――なんなんだろう。

すごく、柊が遠くにいるように感じてしまう。遠い場所に居て、手を伸ばそうとしても彼には届かない。そして、柊のさっきの言葉がフラッシュバックする。

『任務ってのは要するにチームプレイだろ。誰かが足を引っ張るようだったら、誰かがサポートすればいい』

それはぼくが何か失敗しても、柊がカバーすればチームは成り立つということなのだろうか。失敗することが、彼にとっては前提なんだ。ぼくなしでも、むしろいない方が、任務は上手く遂行できる。ぼくはハナから信頼などされていない、ただの足手まといにすぎないんだ。柊にとっても、颯斗にとっても。――――――――


「おい、来夢。人ごみ追い払ったから、今のうちに行くぞ」


柊は、ぼくの憧れなんだ。でも、それは……

「――――来夢?おーい」

「……柊。」


それはつまり、ぼくと彼の間には天と地ほどの差があっての憧れであって……

「ったく、何ボケてんだよ。食堂行かねえのか」

「――――行けない」

「は?」

「ぼく、任務には行けない!!」

柊と目を合わせることが出来なかった。今まで、当たり前のことのように柊と肩を並べて歩いていたのも、なんだか恥ずかしいことのように思えた。ただただみじめで、自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

「いまのぼくでは、きみと颯斗の足を引っ張ってしまうと思うんだ。だから」


――――――――――……


「そうだな」

なんの躊躇もない柊の一言が、矢のごとく自分の身に降りかかってくる。

自分から言い出したことなのに、言われても仕方が無いのに、その言葉が胸にぐさりと突き刺さる。


――――やっぱり、柊はずっとそう思ってたんだな。


そのまま食堂を通過し、ぼくは柊をその場に残したまま自分の部屋に引きこもった。そして、

――――――――『そうだな』

頭から離れない柊の一言や表情を思い返しては、頬に涙が伝っていった。その涙さえ、自分が弱いということへの皮肉に思えて悔しかった。






俺は急に走り出した来夢を追わず、廊下に一人立ち尽くした。そして、後悔の念と少しの安心が、体中を駆け廻った。先程の来夢とのやりとりを見ていた者はどうやらいないらしく、D班の連中は食堂に集まってギャーギャー騒いでいるのだろう。


と、その時。

「ちょっとぉ、あの子とアンタが喧嘩するとこなんて、初見だったわよー」

背後から声がした。振り返ってみると、そこには顔は何回か見たことがある、赤い口紅をした女が立っていた。確か、来夢と仲が良い奴ではなかっただろうか。

「……有那、といったか」

「ふふ、正解。な~んかカタイわねぇ、アンタ」

初めて話したというのに、何故俺が「アンタ」呼ばわりされなくてはいけないのか、少々気に障るのだが。

「アンタと来夢、それから颯斗が3人で某工場の任務を任されてることは知ってるわよ」

そうか、とそっけなく返事を返したのだが、有那はなおも食い下がってきた。

「アンタや颯斗が来夢に隠していることもね、まあ、なんとなくだけど」

血の気が失せた気がした。何なんだコイツ、お前には関係のない話だろう。そもそも……

「誰から聞いたんだ、ソレ」

ふふ、と微笑を浮かべながら、有那は言った。

「情報っていうのはね、とても漏れやすいし、手に入れ安いものなのよ」

答えをはぐらかされているのがよくわかる。鼻に着く奴だが、心を冷静に保つのは得意技なので、ここは何も言わないでおく。――――どうせ、出所は言わないつもりなのだろう。


来夢が思っているほど、この任務はそう上手くいくものではないだろう。

俺はそう確信している。ターゲットとなる工場は強固なセキュリティシステムを持ったもので、潜入自体もおそらく困難だ。まあ、そこは策士でもある――あまり認めたくないが――颯斗に任せるとしても、標的ターゲットをどう仕留めるかも考えものだ。工場の人員は推定でも100人から150人、それをどう一網打尽にするか。こちらの人員が3人というのはあまりに無謀な気がするのだが、P班にも考えがあると、松青オッサンが言っていたので、それを信じるとしよう。


問題は。


来夢にまつわる、秘密。


それをやはり本人に知られたくなかった俺は、来夢を任務から遠ざけようと、あのように振る舞ったのだった。心にもない言葉セリフだったが、あいつが傷つくところを見るより、自分が嫌われ役になる方が遥かにマシだと思った。


「な~んでよりによってあの子を選んだのかしらねぇ。アンタもそう思わない?」

……。

「それとも、もしかしたらP班の間で分裂が起きてるとか…。だって、此処(SDP)では情報を隠すのが基本でしょう?D班って、一番情報から遠い場所にいるのよね」

分裂、というワードがやけにひっかかる。

「おい、それってどういう…」

「そういうことよ。あら、それよりお客さまよ、アンタの。あたしはここでおいとまさせてもらうわ」

有那がじゃあね、と手を振り、どこかへ行った。あいつは、結局何だったんだ、いったい。

それと入れ替わるかのように、階段の方からこちらへ駆けてくる者の気配を感じた。そちらを覗ってみると、人影の正体がはっきりと分かった。


――――――――さっきどこかへ走って行ってしまったはずの、来夢だった。

「柊!」

息を荒げつつ、懸命にこちらに駆け寄ってくる。

「お前…」

そして俺の前に辿り着くや、来夢は一際大きな声を発した。

「ごめん!!」

こうべを垂れ、そして俺に向き直ると、目をぎゅっとつむりながら再び話し始めた。

「ぼく、どうかしてたんだ。自分がいくら弱いからって、任務を放棄しようとしたりして…一生懸命いつも自主練してる柊を知りながら、自分はただ見てるだけだったくせに、そんな自分勝手なこと言って…!」

「来夢」

もういい、と止めようとしたが、無駄だった。

「ぼくは柊や颯斗の足を引っ張るお荷物じゃない、きみたちと…対等に張り合えるようになりたいんだ!いや、するんだ!だから」

「来夢!」

来夢の頭を自分の胸に引き寄せ、出ようとしていた言葉を強引にとめる。すると、来夢がすすり泣きし始め、俺はいささか動揺した。

「…俺が言い過ぎたんだ。何も言うな」

来夢はそれからしばらく黙って泣いていた。―――――ああもう、来夢を任務に行かせないというのは無理そうだ。

それでも、これだけの決心があるのなら。コイツなら案外、大丈夫なのではないか。

そう考えると、任務の依頼を受けてから今まで、来夢のことばかり気がかりだった自分が馬鹿らしく思えてくる。――――――今まであいつのことを信用しきれていなかった自分が。肩の力がいくらか抜けた気がした。

「来夢。…一つ、約束できるか」

来夢が涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげ、こくこくと頷く。

「この先、どんな辛いことがあっても耐えて、前に進むことだけを考えろってこと」

「わかった」

意志の込められた、綺麗な目。この目の光を失わずに、任務を遂げるのが俺の役目なのかもしれない、そんな気さえしてしまう。

「…あのさ、柊」

唐突に来夢が呼びかけてくる。

「なんだ」

「ぼくのこと、いつもサポートしようなんて、思わないでほしいんだけど」


心の中を見透かされてるようで、ドキッとする。

「だって迷惑でしょ。あれ、柊、顔が赤……」

「黙れ」

案の定来夢はそれに従い、そして2人とも黙ったまま食堂へ向かった。


D班メンバーに声をかけられることはあったが、その日の昼、2人の会話が交わされることはなかった。







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