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射抜く眼



只今午前10時は、訓練の始まる時刻で、ぼくたちD班は地下9階の訓練室に集結している。

地下9階は、フロア丸ごと訓練室の作りになっていて、とにかく広い。そして今日はこの階を、D班だけで使うのだ。しかし、ぼくはあまり好きな時間ではない。「D班だけ」ということは、任務での実戦に備え、過酷なトレーニングが延々と行われることを意味するためだ。


「あ~、訓練とかホント嫌になるわよねえ、汗かくしアツいし」

隣でそう言いながらだるそうに教官の説明を聞いているのは、背中までおろしたゆるい巻き髪に、綺麗な顔立ち、D班の姉的存在のぼくの友達、有那ゆなだった。

「でも、有那は実技もできるんだから、いいじゃないか」

彼女はその美しい容姿とは裏腹に、運動能力に長けておりとても俊敏な動きをする。非常に優秀なD班メンバーなのだ。


そして訓練開始の合図が出た。今回の訓練内容は、ぼくが苦手とする、最新型の短機関銃サブマシンガンを使用しての射撃だった。短機関銃は室内での戦闘に主に用いられ、ぼくら秘密組織が使うにはもってこいの火器である為、訓練でもたびたび扱われるものだ。一気に緊張感が増しその場の空気も張りつめ、なんだかじっとしていられないような、そんな気持ちになった。こういう空気は本当に苦手であるぼくだ。

そんな中、教官が引き続き声を張り上げて言った。

「ここから100メートル程先にあるターゲットに、順番に1人ずつ打ち込んでもらう!1発で決められなかった者は授業が終わった後もペナルティとして補習を受けてもらうこととする!日頃の練習の成果を発揮するように!」

い、一発だって……?!十分の一の確率でかろうじて的に当てられるかどうかのぼくが、一発で決めるなんて……!

「射撃ねえ~。でも、来夢らいむは視力いいし、有利じゃない?」

今までのぼくの成績をよく知っている有那は、まるで「ドンマイ」とでもいうような口調でぼくをなだめた。確かに、ぼくの視力は両目2.0で、その点だけは戦闘職種向きなのだが……。

「……ぼくの成績、有那だって知ってるだろ。まあ、きみは射撃のセンスあるって、教官にも褒められるくらいだから、問題ないよなぁ……」

しゅうには負けるけどね」


柊。その名を聞いて、ハッとする。

そういえば、柊が見当たらない。教室から直行でこっちに来たため、今まで気がつかなかったのだ。

「ねえ、有那。柊見なかった?」

「え、見てないわよ。一緒に来てるんじゃなかったの?」

「今日は来てないんだ。もしかしたら……」

本当に具合が悪かったのかもしれない。そう思うと、とたんに不安になってくる。――――今からでも、部屋に戻って様子を見に行った方がいいのではないか。

そう思い立った直後だった。ついに、教官がチェックを開始し出したのだ。

「あ~あ、始まっちゃったわねぇ……。まあ、これを終わらせてからでもいいんじゃないの、そこらへんは」

ぼくが一発で終わらせられなさそうであることへの皮肉なのか、それとも、一発で決めろ、と彼女なりにエールを送っているつもりなのか。

そんなことを思っていると、再び教官から指示が出た。

「先頭に立っている者から指定の位置につけ!」

ぼくらはいつの間にか、先頭の列で今まで話を聞いていたようだ。なんで、いつの間に!!

でも、かえっていいのかもしれない。その分早く済ませられるのだ。…あれ?でもこれって一発で的に当てられる人は良いかもしれないけど、そうじゃないぼくには関係ない話なのか…いや、あきらめるのは、まだはやいだろう……

そうこう考えているうちに、有那が指定の位置まで歩み寄っていった。トップバッターを自ら選ぶとは、さすが有那のやることである。

「ん~。この位置からだとちょ~っと見えずらいわねぇ」

そう言いながら、既に彼女は銃にたまを込め、標的ターゲットの確認をしているところだった。自分のミニスカートのポケットから特殊眼鏡を取り出し、ピントを合わせている。細かい動作の中で、一つも無駄がないのはさすが、としか言えない。

「構え!」

唐突に教官が指示を出し、その大きな怒声とも呼べる声に思わず小さな悲鳴が上がる。

一方で有那はというと、冷静に全長70センチメートルほどの短機関銃サブマシンガンを構える姿勢に入っていた。

――――――彼女の目つき。

標的をそれだけで射抜いてしまうような獣の目……あくまで訓練のひとつであるのに、緊張感は凄まじいものがあった。この緊張感を皆が察したのか、空気が凍りつく。

やはり彼女は、タダ者では、ない。


次の瞬間。

「撃てェェェェ!」

ドン!!!

閃光と爆音、どちらが先だっただろうか。あまりにも唐突な一部始終にぼくらはわけがわからず、とりあえず耳を塞いだ。――銃声が室内に響き渡る。どうやら、威力はかなり強力であるようだ。

煙がおさまってきたところで、今まで有那の横でチェックをしていた教官は的の方へ歩み寄り、「うむ、いいだろう」とOKサインを出した。

そして、有那がぼくの隣へ戻ってきた。きっと相当の精神力を消耗したのだろう、深い溜め息をつき、顔には汗がにじみ出ている。

「おつかれ様!すごかったよ!」

「ふふ、ありがと。今回はまあまあだったみたい」

まあまあ、か…。

「はああ~。やっぱ有那はセンスあるんだな~…」

一応褒めたつもりだったのだが、彼女はぼくがそう言った途端表情を曇らせ、聞こえるか聞こえないか位の音量で呟いた。

「……昔からそれだけを頼りに生きてきたからね……」

「え?」

「あ、いや、なんでもないわ。ちょっと疲れたみたい。それより、次は来夢の番じゃないかしら」

確かに、有那の隣に居たのだから、次はぼくがチェックを受けるのが筋だろう。

「そうだった。行ってくるね」

「頑張って。応援してるわよ」

そう言って彼女はフラフラとどこかへ行ってしまい、前にはぼくだけが残された。教官に指示を出され、指定の位置に着く。


有那の一人ごと、だったのだろうか。呟いた彼女の目はどこか、遠い場所を見ているような、悲しそうな目だった。まるで、過去を思い返しているような…そんな目。

ぼくは彼女の過去はおろか、身近に居る柊や颯斗、圭也や剣也たちの過去も知らない。何一つとして知らないのだ。

かといって、彼らに過去について問いただすような真似もしようとは思わない。この組織には、暗い過去を背負って生きている人がたくさんいる。若い者でも、それを諭しているような、濁った目をした者は大勢存在しているのだ。それでも彼らはそれを背負って日々熱心に活動しているのだから、ぼく自身も過去は過去、今は今だと割り切るようにしている。

過去を引きずって生きるのではなく、このかけがえのない「今」を大切にしよう。

ぼくはそう思っている。

―――――――――そう思っていた。


それより、テストだ。早く終わらせられるように、柊の元へ行くために全力を尽くさなければ。

深呼吸しつつ、位置に着く。やはり、この場所に立つと緊張するとともに集中力が一気に増す、感じがする。

そして出来るだけ手早く、短機関銃に弾を込める。この作業は割と得意な方だった。そして、普段から耳にかけ、サングラスのように頭に乗っかっている多機能ゴーグルをおろし、目元に合わせる。このゴーグルには遠くにある標的でもはっきりとらえ、ピントを少しの狂いもなく合わせる機能が付いており、かなりの優れものだ。何故か、ぼくはこのゴーグルを、物心ついた時にはもう所持しており、常に耳に掛けた状態にしているのだ。

そしてピントを合わせたところでその場で立て膝の姿勢を取り、次の指示を待つ。これで第一段階は、おそらくクリアだ。

「構え!」

ジャキッ。標的に狙いを定め、静止する。ここまでは良いのだが、いつも打つ瞬間に手首がブレてしまうのが、ぼくが失敗する最大の原因である。

落ち着け、集中しろ、ターゲットに当てるんだ、絶対――――――――――

額から冷や汗がポタポタとたれ、集中力がピークに達したその瞬間。

「撃てェェ!!」

バアァァン!と、耳をつんざくような銃声が鳴り響き、全身を貫く。

例によって数秒後、教官が的のチェックへと向かった。はたして、的に当たっているだろうか。

やがて、教官が口を開いた。

「……的の隅にギリギリ銃弾が貫通している痕跡を確認することが出来た。姿勢や反応も合格ラインには達していた。…お前にしてはよくやった。合格!」

わあ、と胸が温まっていく感じがした。

「ありがとうございましたっ!」

一発で、的に。当てることが出来たのだ、ぼくは。

そして、初めて教官に褒め言葉らしきものをかけてもらったもらったのだ!もう、それだけで胸がいっぱいになってしまう。


そうそう、合格したのだから、部屋に戻ろう。急ぎ足で教官の目を盗みながら、訓練室の自動ドアを突破しようとした。……が。


ドン、と、どうやら今から訓練室の中に入ろうとしていた者に正面衝突してしまった。教官の目を見計らうあまりに、前を見ていなかったとは。今更ながらしまった、と思った。

「あの、ごめんなさ……」

顔をあげてその人物に謝罪しようと思ったが、反射で思わず言葉を飲み込んでしまった。

その人物、とは柊だったのである。

「柊!ちょっと、具合は大丈夫なのかっ?!」

ばっ、と彼の肩をつかみつつ尋ねる。

しかし、柊はぼくとは対象的に、落ち着き払った調子で答えた。

「ああ。一時的に気分が悪くなっただけの話だ」

顔を覗き込むと、――――柊は一瞬ビクっとしたが――――先程より確かに顔色が良くなっていた。ほっと胸をなでおろす。

「はー。それならよかったよ」

「…心配したか?」

「うん」

即答すると、柊が吹き出した。

「え、な、何がおかしいんだ?!今のどこに笑いどころがあったんだ?!」

「…冗談だっつーの」

「は?何が?」

「お前に『心配したか?』なんて自分で言うわけないだろ、俺が」

「そっか」

これも、即答。

「……ったく…。」

「でも、ほんとによかったよ」

笑って見せる。本当にいつもの柊だと思って、安心したその時だった。


「コルァァァァ!!!!そこで何をしている貴様ら!」

教官の怒声が室内をこだました。柊が堂々と遅刻してきたことに加え、ぼくがこっそりここから抜けだそうとしていたことが知れてしまったのだろう。


――――――教官は、怒らせたが最後。

そんな話を、有那か誰かから聞いたことがある。やばい、どうしよう!

柊の方をちらりと覗うと、彼はどこか面白そうな顔で、教官の顔を見つめていた――――――――。

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