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初の依頼、潜む陰

無我夢中で階段を駆け上がっては、一つ一つの部屋を訪ね、また駆ける。


――もし、しゅうに何かあったら。――

悪寒が背筋を凍らせた。――――ううん。

頭をよぎった考えを打ち消すように、首を横に振る。

きっと、大丈夫だ。柊を信じなければ。

そのまま全力で走り、そして地下1階まで辿りついた時、ほっと胸をなでおろすことが出来た。


教室の窓を覗いてみると、そこには柊が、もう1人の人物――――颯斗だ――――と一緒に、ホワイトボードの上に設置されたモニターを凝視していた。


何をしているのだろう?


息がまだ上がっているのにもかまわずに、ドアノブを勢いよくひねって中に入る。


「ら、来夢らいむ?!」

そう言って驚いたのは、柊ではなく颯斗はやとだった。柊は声こそ上げなかったが、少し驚いたような表情でぼくを見た。颯斗のことを無視して、柊のシャツの袖を引っ張る。

「柊!……良かった、無事で。心配した」

安心して力が抜ける。床にへたりこみそうになっていたぼくを、柊が優しく抱きとめた。

「悪かったな。また迷惑かけちまった」

また、とは、昨日の風邪の件のことだろうか。ううん、いいんだと首を横に振る。


ほどなくしてそのやりとりを見ていた颯斗が、少し言いずらそうに切り出した。心なしか、少し慌てた様子だ。

「来夢!……実はさ、おれ達ちょっと話合いしてたんだよ、な、柊?」

「……ああ」

颯斗に話しかけられた瞬間、柊が仏頂面になった。この2人の仲の悪さは有名で、座学の授業中も隣同士にも関わらず、2人が喋っているのは見たことが無い。そんな2人を仲裁するかのように、話に割ってきた人物が――――モニターの画面に存在していた。

『まぁまぁ落ち着きたまえよ諸君』

低い声。顔は、モニターで見る限り渋めの、メガネを掛けた30代くらいの男性の顔だった。


この話に水を差すのはなんだかいたたまれないので、教室から出ようとしたぼくをその男性が呼び止めた。

『待ちたまえ。君にも関係ある話だ』

それなら何故呼び出してくれなかったのか、と不満に思ったが、聞かないわけにもいかないので、背を向けかけていたモニターの前に戻る。

『ちなみに、私はP班の者。きみにお目にかかるのは初めてだな』

「なんですか」

P班といえば確か、政府や警察組織などとの連携を行う、SDPの「脳」となる班だったか。

オホン、とわざとらしく咳ばらいをし、実はな、と少しためてから男性が切り出す。


それは、予想の斜めを行く切り出しだった。


『そこの3人に任務を任せることにした』

任務、という言葉に反応し、思わず目をひんむいて続きを促す。

『最近世間でもこの組織内でも騒がれている犯罪組織でな。そいつらを回収して欲しいとのことだ、政府からの依頼だよ』

「……ぼくらが…任務を…」

『ああそうだ。お前にとっては初の任務となるか』

――――――や、

「やったあぁ~~!!」

思わず両手でガッツポーズをしてしまう。

ついに、任務を任される時が来たのだ。ついに、この敷地より外の世界を見られるのだ。

ちらっと柊や颯斗の方を見ると、俯いていて、なんだか暗い表情になっている。なんだよ、2人して。

まあ、確かに2人とも「初」の任務ではない。2人は未成年ながら、大人顔負けの実力を持っているために、以前にも任務の依頼を受けたことがあったはずだ。………それにしても、そんな暗い顔をする必要はないのに。

気持ちが少し落ち着き、1つ、疑問が浮かび上がる。

「なぜ、ぼくら3人だけなんだ?任務と言ったら普通、大人たちが10数人でまとまって行うものじゃないの?」

未成年3人というのは、いくらなんでも戦力不足なのではないかと思い首をかしげたぼくに、モニターの男性はゆっくり説明した。

『このターゲットの工場の内部を、最新型GPSを以てして調べ上げたところだな。侵入・脱出経路が狭く、大の大人は非常に入りにくいことが分かった。それに、子供というのは、奴らが見過ごしやすい点だ。そこに漬け込む方が、よりスムーズに事がうまく運ぶというものだ』

確かに、成人していない者のほうが侵入しても見落とされやすいので、派手に戦闘しなくても捕獲出来たというケースが多い。ぼくなりに納得した後、さらに切り出す。


「ターゲットはどんな犯罪組織トコなの?」

先に柊たちに説明していたからか、男性もスラスラと説明していく。


――――――その組織は、一見普通の工場なんだ。…だが、人の出入りが無く、不気味だという噂が、ある日政府の耳に入った。そしてSDPが監視したところ、確かに人の出入りは全くなく、工場の内部の点検に来た者を頑として入れなかった。


そして更に、こちらに新しい情報が入った。

その工場では火器の生産が行われているという情報だった。こちらは秘密裏にうちの組織のS班の連中が調べ上げた、確実性の極めて高い情報でな。以前にも、周辺の住民が気付かない程度に、工場で内部爆発等が相次いであったそうだ。

これで、この工場は完全に『クロ』であり、逮捕するには十分すぎる条件がそろったというわけだ。

それからその犯罪組織ターゲットの全ての情報を、私たちP班を通して提出したところ、正式に政府から依頼を受けた――――――


『とまあ、おおまかな流れはこのような感じだ。――――何、心配することはない。颯斗は情報操作に優れているし、柊は現地に行ったときでも、判断力に長けている。様々な武器を扱えるしな。お前も何か出来ることを考えるといい』

そうだね、と溜め息をつく。長めの説明を理解しようとするだけで、かなりの体力を消耗したように感じられた。話をちゃんと理解するのは、やっぱり難しい。

『任務は一週間後だ。――――頼んだぞ』

はいよ、と返事を返したのは颯斗だけだった。心なしか、颯斗も柊も顔色が悪い気がする。もしかして、顔色が優れないまま、今まで黙って立っていたのだろうか。

「どうしたの2人とも!顔が真っ青だよ?!」

大丈夫だ、と力無く答えたのは颯斗だった。

「ずっと立ってたからな。貧血っぽいかも…大したことないけどな」

そういえば、早朝から姿が見えなかったのだから、長い間その場で立っていたのだろう。ずっとその場で立ち尽くすというのは、疲れることだ。

「柊は大丈夫なの?!」

ぼくと男性が話している間、終始無言だった柊はその場でわずかにたじろいで、ぶっきらぼうに答えた。

「いつもと変わらない」

いや、変わるよ!と返そうと思ったが、柊が断固としてその表情を崩さなかったので、なんとなく、口には出せなかった。

つーかさぁ、おれ思うんだけど、と今度は颯斗が男性に切り出した。

「武器を扱えるって……何、おれら、悪の組織と一発ドンパチやんなきゃいけないわけ、オッサン」

オッサンというフレーズに、不意を突かれて吹き出してしまう。――――ぼくもオッサンって呼ぼう、これから。

『オッサンではない…………いや、万一こちらの侵入が奴らに感づかれる場合ケースや、緊急事態がに備えてという意味だ。武器を使用する確率は低い』

ぼくらがうまくやると信じての事なのだろうか、それとも武器の準備が面倒くさいからなのか……まあ、ぼくもなんとかなるだろうとは思っているが。

「んじゃ、いざとなったら頼んだぜ、柊。おれも来夢も武器の扱いには慣れてねえ。それによォ、お前、射撃の腕いいんだろ、確か」

そう言いながら、颯斗は柊の肩をポンポンと叩いた。柊はものすごく不快そうな目で颯斗を睨んだ。

――――――2人の仲が悪いというより、柊が一方的に嫌っている、という感じだ。

というか、さっきの颯斗の発言。確かに颯斗はS班に所属しているため武器は触ったことも少ないはずだ……

しかし、ぼくはD班であり、武器は訓練の為、毎日扱っている。まあ、上手く扱えないんだけどね!

そんなことが他の班である颯斗にまで知れていたとわかると、かなりへこむ。

自分の実力は昨日配られた成績表でもよくわかってるんだけどね!!

『それでは、私からは以上だ諸君。頑張ってくれたまえ、期待している。それから……』

モニターの男性……オッサンが、咳払いして一言付け加える。

『私の名は、松青しょうせいだ」

…………それ、もしかして「オッサン」発言気にしちゃってます!?ぼくと颯斗が豪快に吹き出して何も言えない中、柊は冷静にとどめをさした。

「どうせ、幹部からもらった偽名だろ、オッサン」

さらりと言ってしまうのが、柊だ。ぼくは笑いをこらえきれず声をあげてしまい、颯斗もそれに続いて笑った。柊は少しあきれたような表情だったが、ぼくにはわかる。――――あれは、笑いをこらえている時の顔だ。

松青はというと、あくまで平然を装っているフリをしているのだろうが、顔が赤くなっている。その様がおかしくて、颯斗とともに、また上戸に入ってしまう。そんなぼくたちを見て、ついにモニターの電源が切られた。

「お前ら……いつまで笑ってんだ」

やれやれ、といった顔で、柊があきれたように言う。そろそろ上戸から抜け出せるようになった。


落ち着いたところで、ふと、柊に問いかける。

「いつのまに、射撃の腕磨いてたんだ?」

ああ、護身用にな、と返した柊に、颯斗が口をはさんだ。

「そのわりにはこれまで受けてきた任務じゃ、麻酔銃バンバン打ちまくって、敵さん大勢眠らせて確保してきてんじゃねーか」

「そ、そうなの?!」

全然護身用じゃないじゃん!思いっきし攻撃に使ってんじゃん!とツッコミそうになったが、そこは自分を制御する。

「……どこから聞いたんだ、ソレ」

柊が颯斗をギロリと睨んだ。本日一番恐いひょうじょうに、颯斗もやや慄いた様子だった。

「そ、それはよォ、あれだよ……S班の連中からだよ。班の中には、D班と連携を取って任務を任される奴だっているんだ。そいつらから聞いたんだよ、なんか文句あっか」

最後は投げやりに吐き捨てた。チンピラの喧嘩腰、といったノリである。

しかし、柊の対応の仕方はあくまで冷静で、そうか、と静かに応えただけだった。

確かに彼の的確な判断力と、長時間の任務をこなせるだけの集中力や体力は、ぼくがこの組織に来た時から高い評価を受けていた記憶がある。武器の扱いにおいては、噂には聞いていたが特に興味はなかった。噂なんてあてにならないし、何より本人が言ったことではない。それで勝手に騒いだりするなんて、ハタ迷惑な話なのではないか。ぼくは昔から、なぜだか噂に対する嫌悪感が強い。


そして、やっと自分が任務を遂げる時が来たのだと思うと、改めて嬉しくなり表情かおがほころぶ。

「でも、2人とも能力あるしいいじゃん!あ~1週間後が楽しみだな~」

有頂天になっていると、「お前も現地で役割こなせよ」と颯斗に釘を刺される。

「まあ、おれは工場内部の詳細地図でも暗記しとこーかな。脱出経路とかもチェックしないとだし」

「颯斗は頭いいもんな~。ぼくも何か準備しなきゃね」

テンションが急上昇してきたところ、ふいに、柊が教室のドアノブをひねった。

「柊?どうしたの?」

「……わりい。気分悪いから先戻ってるわ」

聞いて、ぞっとする。柊が体調を崩すことなどそうそう無いのに。

「大丈夫?!……もしや、ぼくが騒ぎすぎたから……?」

おそるおそる問うてみると、柊は微笑を浮かべながら首を横に振った。

「いや、そういうわけじゃねーよ。…とにかく、戻ってる」

それならぼくも、と手を伸ばそうとしたが、颯斗に制止されてしまい、柊はドアを閉めて行ってしまった。

「ちょっ……!なにすんだよっ!」

颯斗はなんでもないような様子でいる。

「そっとしとけ。あいつのことだ、1人で考えたいことでもあんだろ。体調崩したことなんてみたことねえしな」

確かに颯斗の言うとおり、柊が体調を崩したことなんて、実際のところお目にかかったことが無い(ちなみに昨日の朝柊が『具合が悪い』といったのは一種の芝居で、授業をサボるために彼がよくやることである)。

「……まあ、水を差すのも野暮ってもんかな」

「そーだ。奴は他人ひとに弱み見せるガラじゃねーしな」

確かに。

「ところで、例の侵入ルートなんだけどよ、おれ、ちょっとピンときたことがあんだよな」

「え、もう思いついたの?!」

さすが、頭の回転の速い颯斗である。

「おう、ざっくりだけどよ。まず、SDPから工場までの移動手段は……」


それから教室で授業が始まるまで、ぼくと颯斗は侵入ルートのほかにも、ターゲットの捕らえ方や脱出経路など、様々なことについて話し合った――――――――――………













――――――――仮病を上手く装うことが出来ただろうか。俺はまだ中に来夢と颯斗ヤローが残っている教室を後にし、早足で部屋に向かう。

「仮病」といっても自分が今、顔面蒼白の状態であることは鏡を見なくても明白だった。組織内エレベーターを使おうと思い立ち、ボタンを押したところでその青白い顔を押さえ、そのままその場にへたり込んだ。

――――――――酷だな。

力が抜け、ふうっと溜め息が漏れる。そう、この任務は実に残酷なものなのだ。…俺にとってではない、来夢アイツにとって。

早朝にP班から俺と颯斗だけが、部屋から遠く離れた教室に呼び出されたのには、この先に待ち受けるであろう「真実」を来夢に知らせないようにする狙いがあってのことだったのだろう。――――1週間後には、自分にまつわる「真実」をその目で見せられるというのに。

「真実」を来夢に知らせては、任務を拒まれてしまうといった思惑もあったのかもしれない。とはいえ、何故わざわざ「俺たち3人」で引き受けなくてはならないのだろうか。代えとなる人材は腐るほどいる筈だ、それなのに…………

「任務が楽しみ」と無邪気に笑う来夢アイツの目は、濁りのない綺麗な緑色で、自分の汚れた赤い目とは比較対象にもならないものだった。反則な笑み――――正直、あの笑顔が自分にとっては1番残酷だった。

言っとくけどな、来夢。俺だけじゃない、SDPの組織の連中は皆例外なく、お前が女だって知ってるんだぞ。まあ、何故男のフリしてんのかは知らないけど。

純粋なアイツの反応を見て、いっそ「真実」を明かしてしまおうかとも思った。


…………でも。


ふいにエレベーターの扉があいたので、立ち上がり中に入る。……誰もいないにしては少し、来るのが遅いのではないか。


…………俺にそんな勇気は無かった。

自分の言葉でアイツを傷付けたくない。あの目を汚したくない。――――俺にはそんなこと出来ない。

俺は、かなり我が侭なヤツだな、

それでいい。


エレベーターの扉が開き、地下5階に到着した。

心の中で自分を嘲笑しつつ、俺は圭也達の待つ部屋(D-3号室)へと、歩を進めた。



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