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日常、事の発端

―――SDP極東部敷地施設内「教室」にて―――



「そこ! 起きろ!!」


教官に言われて、机に突っ伏していた頭をあわてて上げる。クスクス、とあくまで控えめな笑い声が

この「教室」と呼ばれる部屋に響き渡った。―――聞こえてるし、普通に。


「……何も皆笑わなくたっていいじゃん…。」

「お前、よく教官が見てる前で眠れるよなあ。スゲーよ。」


苦笑交じりにぼくの肩を軽く叩いてきたのは、真後ろの席に座っている、情報収集・管理専門の班であるS班のメンバーの、颯斗はやとだった。

チャラいし、人当たりが良い人物かと思いきやぼくにはなにかとつっかかって来る、ぼくの友達(?)

のひとりだ。違う班なのによく喋ったりするのは、コイツの社交性的なものがあってこそなのかもしれないのだが。


 「それはなんというか、凄くばかにされているようなカンジがするんだけど?!」

「その通りですが何か?来夢らいむ『ちゃん』?」

「~~~~っ!ぼくは男だァ!!」


「ちゃん」を嫌みたらしく強調され思わず声をあげてしまい、さっきのごとく教官に喝をいれられる。瞬間、先程より一際大きな笑い声が上がった。思わずぶすっと頬を膨らし、また机に突っ伏する。

―――ったく、S班もD班も皆そろいもそろって!!


ぼくは本当は女だ。でも、どうしても男のフリをしていたい理由がある。

その理由はアイツらに明かしても笑われるだけなので黙っているしかないのだが。


しかしまあ、こうみると、S班もD班も、頭脳明晰な人材が揃っている班だなと思う。特にぼくの所属しているD班は戦闘職種であるにもかかわらず、メンバーは皆教官の熱心な講義に耳を傾けているのだ。つまり、それを理解できるほどの頭脳があるということであって……

(…だめだ、自分を周りと比較してたらネガティブな方向に思考が行っちゃう)

人は人、自分は自分。どうせだめだと思ったら、それきりだ。

ガバっと突っ伏していた頭を引き上げ、パンパンと頬を叩く。



程なくして講義が終わり、直後、ぼくにとって最悪の瞬間が訪れた。

「今から先週実施した筆記・実技試験の成績表の返却を行う!名前を呼ばれた者から前に出てくるように!」

一瞬場の空気が張り詰め、直後、教室のあちこちから溜め息が発生した。ぼくはその中でも一際大きい溜め息が出た。……また教官に怒られる……。

僕は頭はからっきしだが、戦闘能力だけは優れている――――――

―――――ならいいのだが、実際のところ、勉強も実戦も得意な方ではない。そんなぼくにとって、この月に一回行われる成績表返還の時間は、何より憂鬱な時間である。


「颯斗!」

最初に名前を呼ばれたのは、颯斗だった。ぼくの後ろに座っていた颯斗がはい、と、ややだるそうに返事をし、教官の前まで歩いて行った(前から10番目、後ろから二番目の席の為、距離が長い)。


前に進み出た颯斗と手にしている颯斗の成績表を交互に見て、教官はうんうんと頷きながら言った。

「筆記試験は満点だ。実技は……満点は逃したが、良く出来ていた」

ちなみに教官の声は、鍛えているのもあって良く通るので、この席までよく聞こえる。つまり、全員の成績が、この時間で晒されてしまうのだ。


「ま、筆記試験はとーぜんだよな」

こちらに戻ってくるなり、颯斗はしれっとした顔でぼくにそう言い放った。確かコイツ、筆記試験で満点を逃したことが無いんだっけ…

「でも今回はどっちかっていうと、実技より筆記試験のレベルのほうが高くなかったっけ?」

「ばか。どんなレベルだろうとなァ、おれが筆記で満点逃すわけねーだろ。第一、こんなの真面目に授業聞いてりゃ楽勝じゃねーか」

颯斗はぼくの友達だ。授業以外の時でも顔を合わせる機会があれば喋ったりするし、実際、ぼくの中でも「親友」と呼べるほどの交流は今までにあった。だがしかし、


腹立つなコイツ!!

「ぼくは真面目に聞こうと頑張ってるもん!そもそも颯斗だって授業中そんなに真面目じゃないじゃないかよ!!」

「おれとお前とじゃ格が違うんだよ、格が」

そう言い切って、皮肉な笑みを浮かべられる。気がつくと、このやり取りを見ていた数人がクスクス笑っていた。大声をあげそうなのを、必死に我慢しようとぼくは努めたが…―――ほんっと、嫌味な奴ばっかだな!――――

しかし、颯斗や他の皆と比べて、自分の出来が悪いことは事実だ。もっと頑張って、いつか目に物見せてやる。いつになるかはわからないけどな、ちくしょう!


「では次!しゅう!」

柊、という名を教官が口にした瞬間、一瞬だが教室中が静まり返った。颯斗の隣の席で、今まで頬づえをしていた柊が、黙って立ちあがった。

「……あれ、柊、風邪引いてたんじゃなかったの」

前に出ようとしていた柊を呼びとめる。

「ああ、すぐ直った。迷惑掛けたか」

「ううん。治ったんなら良かったよー」

柊はぼくのルームメイト兼D班のメンバーだ。歳はぼくとほぼ変わらないはずなのに、どこか大人っぽく、いつも冷静である。

「おいテメー、早く取りにいかねーと、教官がイライラしてっぞ」

 これは颯斗だ。ところが颯斗の声を耳にした瞬間、柊が一気に不機嫌そうなオーラを放った。

「イライラすんのは俺の方だ、クソガキが」

「あぁん?!テメーと歳変わんねーだろうが、もういっぺん言ってみろやぁぁ!」

「俺は実年齢の話はしてねーぞ、ホントにシャレにならないガキだな」

 何を!ととっかかりそうになった颯斗を教官が一喝し、一悶着したのだが、双方の機嫌は最低レベルに陥っていた。いつもあの二人は、ちょっとしたことですぐ喧嘩になる。何より、普段から目つきが鋭く近寄り難いオーラを醸し出す柊が怒ると、恐ろしいことこの上ない。

 まあ、最近は慣れてきつつあるのだが。


 柊が教官の前に出ると、教官は先程と同様に声を張り上げた。

「筆記も実技も満点だ!今回も良く頑張ったな!」

 とたんに周りがガヤガヤと騒がしくなる。「すごい」というより、「またか」というような感じだ。柊は筆記、実技共に満点しか取ったことが無いという、異常ともいえるような記録を更新し続けている。合わせて200満点の試験で1つもミスが無いというのは本当に大したことであり、将来組織トップの地位に立つだろうという噂もある(柊本人は全く気にしていないが)。



 そして、全てのテストが返却され、そのまま各自解散となった。

「柊!一緒に戻ろ!」

 いつも授業が終わると、柊と部屋に戻るのが習慣である。柊もああ、とそっけなく承諾する。

 帰り道は普段と同じ、階段を降りながら他愛もない話に花を咲かせた。


 ここのSDP組織は一つの少し高級なホテル並みの規模の地上2階、地下10階建ての建物と、そこから半径200メートルほどの土地を敷地としている。一般の人間が入ることが出来ないように、敷地内には様々なセキュリティロックが掛かっている。

 ちなみにぼくの部屋は地下5階のD-3号室で、自分や柊を含め4人で使っている。


「――ていうか、柊は本当にすごいよな~。毎回毎回満点なんてさあ」

「別にすごかねーよ」

 いつもどおりの淡々とした口調に、思わず笑ってしまう。そんなぼくを見て、柊は怪訝な表情になった。

「……何がおかしい」

「あ、いや、なんか柊っぽいなって。成績の事どんなに言われても、しれぇっとしてるって言うか……」

「……」

 無表情になった柊がまたおかしかったが、今度は笑いをこらえた。表情を人に悟られたくないとき、決まってポーカーフェイスになるのが柊のクセだ。

「……れは巻き込まれない」

「え?」

「いや、一人ごとだ」

 ……柊はなんだか、周りとは違うというか、不思議なところがある。時折、何か心に決めたような、そんな様子を見せるのだ。つかみどころがない人、というフレーズは、まさに彼の代名詞である。


「それより、お前はどうだったんだ」

 一瞬、何を言われたかわからなくて、首をかしげる。

「今日配られた成績表。」

 ギクッと肩がこわばったのが自分でもよくわかった。柊は自分の成績表が配られた後机に突っ伏していたので、ぼくの成績を聞いていなかったのだろう。

「えぇっと……うん、まあまあだったよ」

「ざっと赤点ってとこか」

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら言われて、ますます悔しくなる。

――――ここまで来たら教えるしかなくなるじゃないか!

「………筆記が32点で……実技が67点」

「惜しかったな。あと1点で100点だったのに。」

 言われて、思わず柊をキッと睨みつける。

「筆記と実技合わせてだろ!自分が200点満点だからって――!」

 柊がおかしそうに笑う。馬鹿にしているというよりは、まるで遊んでいるかのような軽やかな笑い声だ。柊と話していると、どうも自分が子供扱いされている気がしてならない。

 その後、勉強教えてやるよ、とさりげなく言われて、なんだか泣きたい気持ちになった。


 ぼくらD班は戦闘職種だが、一般的な知識も一応は必要ということで、ああやって授業をうけることもある。もっとも、そんな時間は願い下げなのだが。


 ほどなくして部屋の前にたどりついた。「D-3号室」の標識を見ると、なんだか安心する。柊が部屋に入るべく、ドアノブに手をかけた。


 次の瞬間。

「ピッ」


 バアァァァン!!!!


 爆音とともに、もうもうと煙が立ち込める。これは……

「煙幕?」

 柊の方を見ると、柊はいたって冷静……というかあきれたような顔で煙の先を見据えていた。

 ……もしかしてまたアイツらが…

 そう思った数秒後、やはり予感は的中していた。


「来夢、柊兄、おかえり~!」

 元気な声でこちらに来たのは、ぼくのルームメイトの残りの2人である、圭也けいや剣也けんやだった。この2人は10歳前後にも関わらず、双子で様々な発明品を開発して、「天才」と讃えられているようだが……

「きみたち、どんな迎え方してくれてんだ!近所迷惑だし、何より部屋の1部分壊れてんだぞ!」

 ドアを支えていたネジが外れ、ドアが倒れているのだ。そんなことはよそに、2人は歓喜の声をあげている。

「みてみて圭也!ひゃっほう!!実験成功だぜ!今回はスムーズにいったよな!」

「ほんとだ!今月に入って3回目の快挙だな、剣也!」

 ……コイツら…おい、

「部屋のもの壊したのは3回どころじゃないんだぞ!勝手に部屋で実験するなって何回言ったらわかるんだよきみらは!」

 ぼくが説教モードに入ったとたん、2人は柊の懐に飛びついて、泣いた「フリ」をした。

――――嫌味なほどわざとらしい。――――

「柊兄~!来夢が僕らをいじめてくるよー!」

「僕ら、新型手榴弾の開発をP班の奴らから頼まれただけなのにぃ!」

 柊は無表情のまま、大きなフードをかぶった2人の頭をなでて言った。

「実験ってのはなァ、部屋でやるもんじゃねーんだよ。他人の迷惑になることはもうすんなよな」

「わかった」

 何故そんなあっさり!?僕が言ったときとは態度があまりにも違いすぎて、非常に腹ただしいのだが。

だいたい、ぼくは呼び捨てなのに、柊は「兄」がつくんだよ!

 そんないかにも不機嫌そうなぼくを、柊はたしなめるように中へ誘導した。


 D-3号室は、アイツらが兵器の依頼を出されるたびに、危機的状況にさらされる。ひどかった時には、被害は周辺の部屋にまで及んだ。大きなフードを常にかぶっている2人の姿は、破壊獣のようにさえ感じられてしまう。

 ぼくは、今月に入って何回目か知れない修理を柊や圭也・剣也と行いながら、そんなことをぼんやり考えていた。


 ドアの修理がようやく終わり、気がつくと時計の針は5時を指していた。部屋に帰ってきたのが3時過ぎだったはずなので、時間が過ぎるのはあっという間だった。圭也と剣也にもう1度釘をさしてから、ぼくは自分の部屋に戻った。


「来夢」

 ドアをノックしつつ名前を呼ばれて、何?と返事をする。柊の声だ。

「俺、ちょっと外出てるわ。飯作っといたから、アイツらと一緒に食っといてくれ」

「了解。いってらっしゃい」

 そして、先程直したばかりのドアがガチャン、と音を立てて閉じた。ドアの隙間から、柊がトレーニングウェアに着替えていることが分かった。おそらく、走り込みにでも行くのだろう。あいつは他人には見えないところで、相当な努力をしている。一緒にいればすぐにわかる、あいつの一面だ。

 その日、圭也たちと、柊が作っておいてくれたピラフを食べ、圭也たちを先に寝かせ、柊の帰りを待った。




 気がつくと朝になっていた。時刻は朝7時。どうやら自分は小さなリビングで、そのまま眠ってしまっていたらしい。柊はぼくを気遣って、そのまま自分の部屋に戻ったのだろう。

 ぼくは顔を洗って一息ついた後、まだ眠っている3人を起こしに行った。


 まずは圭也と剣也を起こしに、玄関から1番近い個室へ向かう。コンコン、と念のため部屋をノックすると、意外にも「はーい」と返事が返ってきた。

「あれ、起きてたんだ」

 いつも寝起きの悪い2人にしては珍しい。

「うん。なんか早く目が覚めたんだ」

 二人が口をそろえて言う。まあ、起こしにくい2人が起きていてくれたのは幸いだった。

 次は柊を起こすべく、隣の部屋へと向かう。

 先程と同様に部屋をノックすると、返事は返ってこなかった。部屋に入り、声を張り上げようとしたが、言葉を飲みこんだ。


 柊が居なかったのだ。


 ――――戻っていない?

「圭也たち!柊がまだ戻ってないんだけど、何か知らない?!」

 ぼくが焦ったそぶりを見せたからか、圭也たちの表情もこわばる。

「知らないよ!起きてるんじゃなかったの?!」

 昨日のあの時間から今まで、柊がトレーニングをしている可能性は極めて低い。いつもならば、夕食を食べて少したてば引き上げている。それに、無断でこれまで練習するなんて、柊らしくない。


――――――何かあったのではないか。――――


 居てもたってもいられなくなり、ぼくは部屋をとび出した。

ここから、歯車が回り始めます。

早く投稿出来るように努めます。

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