職業選択の自由は大切
「メル!攻撃」
「は、はい!」
剣を構えた勇者───黒髪黒目の異世界の少年───は、メルに向かって的確な命令を下した。
突然名前を呼ばれてびくりと身体を震わせるも、自らの職務を思い出し、両手で握った杖に力を篭める。
メルは一応、黒魔術師と呼ばれる攻撃専門の術師だが、飛び抜けて優れているわけでもない。
家は魔術の名門で爵位も賜り代々王宮仕えをしているし、学生生活では筆記と実技も得意だった。
それでも実践に関して、メルはどうしようもなく落ち零れだった。
杖の先端に嵌められている、世界でも数少ない透明色の魔石に力を混入する。
魔術はイメージだ。呪文の長さは構成力の技術次第で、メルは膨大な魔力を練り上げ、操り組み立てるのは得意だった。
「炎の礫」
熱く燃える炎。青でもなく赤でもなく、熱の色は白。ぶつけるのは勇者の前に立ちはだかる、サルを巨大化して凶暴化させた人の二倍はある大きさの魔物。
拳大の炎がぽわぽわといくつもメルの周りを囲う。一つ一つが岩をも溶かす熱量を持ち、より純度の高い魔力で構成されていた。
「熔か」
『せ』と最後の一言を呪文として紡ぐ前に、こちらを振り返ったブラッドモンキーとばっちりと視線が絡む。
真っ赤に染まった大きな瞳が僅かに見開かれ、形振り構わずメルに突進してきた。
知恵があるかの種族は多様な攻撃を仕掛けてくるが、巨体から繰り出される突進力も凄まじい。
「メル、逃げて!」
こんな時でも鈴を振ったような軽やかな声は耳に心地よい。しかしながら、逃げるにはメルの運動神経は目の前の魔物のスピードを遥かに下回る。
「めーちゃん、攻撃!!」
普段は勝気な声が、僅かに震えている気がした。幼い頃よりずっと滑らかな低音に変わった義弟のそれに、はははと小さく空笑いした。
ここで攻撃できるなら、メルは昼行灯と呼ばれながら王宮魔術師で構成される近衛第二隊に所属している。
彼らはマジックハッピーだ。魔術を使用し王侯貴族を守るために戦ったり、魔物退治に出向いたりと精力的に働いているだろう。
それが出来ないから、引きこもり気味に開発局の片隅に何とか居場所を見つけて燻っているのだ。
そもそも今出した炎の礫も、攻撃用ではなく撃退用で、似て非なる存在である。
メルは魔物を傷つけたことはあっても、致命傷を負わせたり、殺戮したりしたことはない。十八年の人生の中、ただの一度も、だ。
普通の村娘ならともかく、メルは黒魔術の名家の生まれ。魔術に優れるものはより冷徹に己の才能を見極めろといわれる一族の中でも、飛び抜けたはみ出し物だ。
一族の中から才能はあれど活かしきれない愚かなる凡人と呼ばれているくらいだ、いくら攻撃が性格に向いてなくとも背負った責務を放り投げていると謗られても仕方ない。
だが、仕方ないだろう。こればかりは、どうしようも出来ないのだ。
「メル、避けろ!」
メルを城から連れ出した勇者が、叫んだ。
しかし行動を移す前に呆気なく大きな掌に握りこまれ、足が空中に浮く。
メルの身体を片手で持ち上げた巨体の持ち主は、自らの視線の高さまで調整すると、赤い瞳でこちらをじっと見詰めた。
一応、今も炎の礫が空中を彷徨っているものの、ブラッドモンキーに触れそうになると慌てて避けていく。
炎の礫は見た目は地味だが攻撃力は抜群で、メルほど短い呪文で発動、維持できる魔術師は、大国と呼ばれるこの国でも片手で数える程度しかいない。
つくづく無駄な才能だと思う。一族屈指の膨大な魔力量も、構成力も、黒魔術の才能しか持っていないメルには使いこなせていない。
国民の役立つ術の開発なんて才能の無駄遣いをさっさと止めろと、声高に叫ぶ分家の人間の気持ちも理解できた。
しかし贅沢な話だが、才能は選べないものだ。黒魔術を欲した義弟は白魔術の才能しかなく、白魔術師になりたいと願うメルには黒魔術師にしかなれない。
そこまで考え、ふうと短く息を吐き出した。
いや、メルに選べる職業選択は、家の名が邪魔しなければもう一つあった。
それは───。
「メル!!右手!」
「・・・うん、ごめん」
幼馴染に促されるまま、黒い手袋で覆われた右手をそっと差し出す。
そこには透明な宝石が三つ、青、白、黒と色を変えた魔石がそれぞれ一つずつ連なるブレスレットがついていた。
「ぐるぅおおぉうっ!!」
ブラッドモンキーの雄叫びを聞いたメルはすっと殉教者の如く恭しい仕草で、けれど瞳には諦観を宿したまま右手首を差し出した。
満足そうに頷いたブラッドモンキーは、片手で捕まえたままのメルを傷つけないようゆっくりと宝石に指を伸ばす。
その指先が触れるか触れないかの瞬間、溢れんばかりの光が辺りを覆った。
「っ」
『危ない!』
着地できないほどではないが、いきなり落とされればバランスを崩す程度の位置から落下し、咄嗟に瞼を閉じる。
メルの身体能力は魔術師として一般的、つまり普通の人間と同レベルか、それより劣る程度のもの。
剣士や騎士など身体を資本とする人間のように動けない。地面に向けて攻撃魔法を放とうかと一瞬迷ったが、仲間がいるのでそれも出来ない。
だが結局、何をしなくともメルは傷一つ負わなかった。
手首につけたブレスレットが淡く光り、追加された緑の魔石から影が飛び出る。
太くしっかりした腕が空中でメルを受け止めると、ほとんど衝撃を残さぬまま地面へと着地した。
次の瞬間、がちりと大きな音がする。驚いて瞼を持ち上げると、視線の先では綺麗に倒れている三人の姿。
「だ、大丈夫?」
「・・・大丈夫だ」
「メルは気にしないで。『私』が下手な野郎よりずっと強いの知ってるでしょ?」
「僕のことは気にして、めーちゃん。痛いよー」
「あんたは白魔術師でしょ!?ちゃっかり『あたし』を下敷きにしたくせに何が痛いよ!」
「分厚い化けの皮が剥がれかかってるよ、お・ば・さ・ん。そんなんだから嫁き遅れるんだよね~」
「あんたの大好きな『めーちゃん』もあたしと同い年よ!残念でした」
「めーちゃんは僕のだからいいんだよ!」
「あんたの『めーちゃんは僕の』発言も聞き厭きたわ!言っておくけど、メルはあんたのじゃなくてあたしのだから!」
「お前の『メルはあたしの』発言だって聞き厭きてるんだよ!僕がめーちゃんとこに来たときからずっと言ってるけど、女同士じゃ結婚できないんだからな!」
「兄弟だって結婚できませんー」
「僕たちは血の繋がりはないんですー」
「・・・・・・」
子供の頃から何度も、それこそ耳にたこができるくらい聞いている言い争いに、思わず深いため息を吐き出す。
これは仲良し喧嘩みたいなものだ。
メルの家と幼馴染であるソフィアの家は、魔術師の家系、剣士の家系として国でも屈指の名門だ。
伯爵、侯爵と身分に多少の違いはあれど、勢力にほとんど差はない。そして互いの過不足を補うため、年齢の近い者同士が自然と親しくなる。
メルの場合はソフィアがそれに辺り、幼い頃から互いを互いの分身として扱ってきた。
ソフィアはメルの盾であり、剣。メルはソフィアの魔術の盾であり、剣。通常なら白魔術と黒魔術の両方を扱える術師ばかりなのだが、メルは力は強大なものの偏りがあった。
それ故に分家から力が濃い、それも白魔術に特化したアインが幼くして養子として受け入れられ、片手でしか繋いでいなかった手が埋まった。
つまるところ自分たちは三人で一人前。しかし家系図の中でも屈指の実力を持つと呼ばれるまでに成長している。
もっともそれは力を存分にふるえる二人には当てはまるだろうが、結局持て余しているメルには微妙だ。
何しろ、メルは黒魔術師として多大な欠点があるのだから。
『主、大丈夫か?』
「・・・うん、ありがとう」
「メル・・・また、テイムしたのか」
「はい。・・・すみません」
心底呆れた、とばかりに眉間の間に深い溝を作っている人を見て、ぐぅっと喉奥で呻き声を殺す。
そう、メルが実践で魔物相手に黒魔術を行使できない理由。
それは異常なまでに魔物に懐かれる生まれ持っての素質にあった。
どうやらこれは先祖返りの才能の一つらしく、家に残る史実に記されていた。
曰くその少女は生まれながらにして魔物を虜にする、一種のチャームに似た魔力を持っており、彼女を前にした魔物は借りてきた猫のように大人しく、また飼いならされた犬のように従順になったらしい。
思えばその少女はまだ運が良かった。彼女の素質は癒しに秀でた白魔術であり、攻撃に特化した攻撃ではない。
誰だって自分に懐いて、尻尾を振って、きらきらしい眼差しを向けてくる相手をボロボロになるまで、或いは息の根を止めるまで攻撃し続けれないだろう。
いや、世の中にはそれができる人もいるだろうが、少なくともメルには無理だ。
子供の頃から家にある庭に行けば、自然と魔物が集まってくる。
小さなものから、時に大きなものまで。頭を垂れて従順にする彼らと仲良くなるのは当たり前で、彼らはメルの友達だった。
しかし年を経て学校に通い出せば、筆記と技術のほかに実践が入る。
今まで友達だった相手を敵と思い全力で屠れと言われても、初対面でも懐かれてしまう自分の性質上難しい。
『主、怒られてるのか?攻撃、するか?』
「ううん、大丈夫。ありがとう」
『大丈夫。主は、俺が守る』
先刻まで荒々しく怒っていたブラッドモンキーは、すいっと目を細めて笑った。
テイムとは、魔物を使い魔にする技術のようなものだ。モンスターを吸い込み使役する特殊な魔石を利用し、そこに吸い込むことで契約とする。
一度契約すると主が死ぬか、もしくは不要と廃棄するまで契約は続き、通常なら今回のように自ら進んでというのはほとんどありえない。
ちなみにメルはもうテイム終了済みの魔石を二十個近く持っている。これは一月旅に出てから確保してきた魔物の数であり、丁重におかえりいただいたものも何人(?)も居た。
魔石はメルの素質と相反する魔術の才能を心配した両親が昔から持たせてくれているものであり、契約者としての扱いも熟知している。
一度テイムすると念話ができる。会話のレベルは魔物のレベルによるけれど、彼はほとんど意思疎通に問題がない。
つまりこれこそがメルが魔物相手に最高レベルの黒魔術をぶっ放せない理由であり、才能のごく潰しと呼ばれる理由でもあった。
「メルは本来なら誰にも馬鹿にされる必要がない腕前の黒魔術師なんだ。今回の旅はそれを証明するチャンスなんだぞ?」
「・・・すみません」
「はぁ・・・だが、それこそメルって感じだけどな。黒魔術を暴発させてマジックハッピーになってるメルは想像できない。───連れて来ておいてなんだが、変わらないでいてくれると嬉しいのも本音だ」
黒髪黒目とこの世界では珍しい色彩を持つ勇者は、メルに向かって淡く微笑んだ。
彼が召喚されたばかりのころ、城の庭で出会ってから縁が出来たが、まさか世界安定のための壮大な旅の共に自分が選ばれると思っていなかった。
あの頃のコージは世界の何もかもを拒絶する、深く暗い闇を背負っていた。
一言も話さず、何もかもを怨み、世間の全てを拒絶していた。
当たり前だと思う。いきなりこの世界を救ってくれと召喚されて、右も左も、言葉も判らず、それをして当然とばかりの眼差しで見られ、味方はおろか知り合いもいない。
苦しいし哀しいし運命に絶望するのも当然だ。
メルはそんな彼の隣に座っているだけだった。昼休みになるたびに何も話さない少年の隣に座って、自分の弁当から少しおかずを取り分けて、何も言わずに去っていく彼の背中を見送るだけだった。
やがて少しずつ心を開いてくれたコージと言葉を交わすようになり、僅かずつでも言葉を教え、文字を教え、世の常識や城の上下関係なども教えた。
努力を欠かさなかったコージは一年とせず才能を開花させ、いよいよ旅立つという当日。
下っ端でも王宮魔術師として在籍しているメルも見送りしようと見違えるほど凛々しくなった顔を見詰めていたら、王が用意していた人間ではなく、まさかの逆指名がやってきた。
「ちょっと!そこのむっつりスケベ!あたしのメルにさり気無く手ぇ出してんじゃないわよ!」
「違う!僕のめーちゃん!ともかく勇者だからっていい気になるなよ!そこのサルもだ!」
「・・・別にいい気になんてなってない」
『騒々しい』
「はははは・・・」
右に左に、真っ直ぐじゃない道をたどりつつ、いつか自分たちは世界を救うのだろうか。
少なくとも今は全然脳裏に思い描けないと苦笑して、どうやって仲裁するべきかため息を吐いた。
メル:伯爵家令嬢
栗色のゆるふわ天然パーマの腰まで届く長さの髪と、同色の大きな瞳の持ち主。第一印象は小動物。
小柄で内気。しかし国一番、世界でも有数と呼ばれる黒魔術師の少女。自己評価は低い。
いわゆる天才であるが、そもそもの家系が魔術師の名家であるので特に誇るでもない。
そもそも攻撃的な性格をしておらず、分家から貰われてきた義弟の方が黒魔術に向いていると考えている。
ちなみに義弟は勝気な性格に見合わず、白魔術師。
黒魔術師に向いてないと考える理由は、メルの性格プラス、魔物に好かれやすい、『魔物使い』としての才能も一因としてある。
大竹高次
黒髪黒目の異世界人の少年。日本という国から帝国の王族により召喚された。
はじめは身勝手な理由で召喚した世界を守る気はなかったが、メルに出会って少しずつ心を開く。
王族は相変わらず嫌いだし、始めは見向きもしなかったくせに実力をつけてから蔓延るようになった貴族も嫌い。
しかしメルがいるなら世界を守ると、初恋のために努力している。
最近、自分に纏わりついて色目を使ってくる王女が鬱陶しくて仕方ないため、魔王討伐と銘打って旅に出た。
本当は二人きりのつもりだったのに、勝手についてきた義弟と幼馴染が邪魔。
ソフィア:侯爵家令嬢
金髪碧眼の迫力美人。楚々とした様子でありながら、両手剣を扱う騎士の名門の出。
幼馴染のメルを溺愛しており、邪な気持ちを持つ勇者と義弟にメルを汚されないように無理やり旅についていった。
メルがどうして魔物を倒せないのか理由を知っており、学生時代から記述や技術テストでは成績優秀でも実践ではほぼ駄目な彼女をフォローしてきた。
アイン:伯爵家養子
ストレートの栗色の髪と、栗色の瞳をしたメルの義弟。しかし身長も態度もメルよりでかい。
性格は俺様だが実力は折り紙つき。白魔術師としての才能を幼い頃見出され、本家に引き取られた。
子供の頃に抑えきれない魔力を何度も暴走させ、何度もメルに救われた。ずっと傍にいてくれた彼女を、自分のものだと思っている。
最近現れたばかりの勇者が義姉に手を出そうとしてるのを直感して、独占欲に振り回され気味。




