はっぴぃ・ばれんたいん
『My Spotlight』番外編SS。
女子校に行ったことのない人に、この雰囲気がどれだけ分かって頂けるか微妙ですが…
「うー、寒っみい。」
さすが二月だ。部室棟へと続く渡り廊下のドアを開けた途端、刺すような冷たい風が吹き込んできた。グラウンドではすでに運動部の活動が始まっていて、気合いともヤケクソともとれる大声が響いている。
横目で見ながら、ビル風に吹き上げられるプリーツスカートを片手で押さえた。これだから、冬のスカートは嫌いなんだ。寒いし、風は強いし。こんな中でもミニスカにしようなんて思う同級生もいるみたいだけど、私に言わせればそんな奴の気が知れない。
だいたい、短くする必要性がどこにある。ここは女子高なのに。
私立宮ヶ丘女子高等学校。通称、宮高。高校募集のある中高一貫校で、高校の偏差値はそこそこ、進学実績もそこそこ、運動部はそんなに強くもなく、変わった部活動といえば日本舞踊と筝くらいで、たいして知名度は高くない。というか低い。
まあそんな学校案内なんかどうでもいいとして、兎にも角にもここは華の女子高、女の園なのだ。女子高というと世間の抱いているイメージはおしとやかでお嬢様でうふふおほほとかいう感じなのだろうと思う。内部を知っている者からすればとんでもない幻想だ。打ち砕かれる前に捨て去る事をオススメする。
そんな事を考えつつやっと部室棟に辿り着いて、重たいドアを押し開ける。風に背中を押されるように転がり込んでドアを閉めた。廊下に暖房はかかってないけど、吹きっさらしの渡り廊下に比べればだいぶ暖かい。さて、暖房が入っている筈の部室に着くまであと少しの辛抱だ。高校側入り口から三つ目の部屋、やや色褪せた茶色いドア。ここからなら……十五歩ってとこかな。目測で距離を測るようにそのドアの場所を確認した時、そこに人影が見えた。
「?」
ドアの前で何か小声で言い合っているらしい、三人の女子高生。そのドアの中に用があるのだろうが、なかなか入ろうとしない。明らかに部員ではないな。と、三人は一斉にこちらを振り向いた。
「あ。」
私含む四人の声がハモる。三人とも、私と同学年で顔見知りだった。
「神谷ちゃん!」
三人は押し殺した声で叫ぶ。私が近付くと、慌てたように手に持ったものを後ろに隠した。
「未来に由里佳、それに舞浜さん。何してるのこんな所で。」
放送部の汐留未来と大宮由里佳、隣のクラスの舞浜夏乃は確かイラスト部だ。どちらの部も、今日は活動がなかった筈。そもそもイラスト部は部室棟を使っていない。ここにいる理由は見当たらなかった。
「えっと、その……」
俯いて口ごもる。まず未来が、恥ずかしそうに微笑んで言った。
「相模先輩、いるかな。」
「は?」
一瞬、思わず目が点になった。
相模先輩……相模礼子先輩は、確かに私の部活の先輩である。いつも早いから今日も来てるんじゃないかと思うけど……なんで? どうして私のクラスメイトが、知り合いでもない筈の先輩を訪ねてくるの?
と、未来の言葉を皮切りに他の二人も口を開いた。
「あたしは未来の付き添い。そしたらそこの入り口で夏乃にバッタリ会って。」
「私は、これ、白金先輩に……。えっと、男役の方の。」
「……ああ、なるほど。」
未来と夏乃が綺麗にラッピングされた包みを取り出して、鈍い私にもやっと分かった。
「バレンタイン、ね。」
今日は2月14日。私もいくつか友チョコを受け取った。というか何も持って来なかったのに友人達からもらうだけもらって、ちょっと申し訳ない気分になった。私だって、忘れてた訳じゃない。けど、女子校に来て一年目の私は、友チョコがこんなに盛んに交換されるものだとは知らなかったのだ。部員の分しか持ってきてない。
しかし、これは……友チョコじゃ、ないよな。
ラッピングの凝り方といい、シチュエーションといい、本気の告白以外の何物でもない。まあそれも相手が相模先輩と白金先輩なら、納得できる。
私はドアの小窓から中を覗いた。好都合、部室にはお目当ての二人しかいない。私はにっこり笑って、いきなりドアを開けた。
「おはようございます! 先輩方、お客さんですよ。」
「キャーッ! 何すんの神谷ちゃん! まだ心の準備がっ」
悲鳴を上げる二人。付き添いの由里佳は面白がってニヤニヤしている。私の声とその騒ぎに、暇だったらしくチェスで対戦していた先輩方は顔を上げた。
「おぅ、栄ちゃん。客? どっちに。」
この顔だともう用件を察してるんだろう。白金先輩が声をかけてきた。
相模礼子と白金月香。二人は、我らが演劇部の男役ツートップだ。今までに演じた役は全て男性。ショートヘアに背は高め、普段の言動もなんとなく男っぽい。イケメンだし、二人とも校内にファンは多い。
私はまず緊張のあまり硬直している夏乃を引っ張り込む。
「この子が、月香先輩に。それから…」
夏乃を押し込んだあと一度廊下に出る。そこでは、逃げ出そうとする未来を由里佳ががっちりと押さえていた。そのまま由里佳と一緒になって未来を部室に引きずり込む。
「礼子先輩に。」
背中を押してやると、二人は真っ赤になったままそれぞれの前に立った。私と由里佳はにっこり笑って、
「じゃ、ごゆっくり。」
部室のドアを閉めた。
廊下の窓から見える空は、冬らしい晴れだった。雲がひとつふたつだけ、ゆっくりと流されていく。
「あー、面白かった。まさか女子高で青春ドラマが見れるとは。」
「笑ったりしちゃ未来と夏乃に悪いよ。でも、ホントだ。」
私たちは声を殺して笑った。しばらくしてドアが開いて、真っ赤になりながらも笑顔の二人が姿を現した。その嬉しそうな顔を見て、私は微笑んで呟いた。
「ハッピー・バレンタイン。」
女子同士で本命チョコって、ありだよ…ね?
彼女らはあくまでも冗談でやってるので、その辺は分かってやってください。




