涎
さくっと短いです。
職場の小屋からミサを連れ出すと、ミサの儚い足ではこの野蛮な森を抜けられないことに気づき、抱き上げた。
「きゃっ! なに?!」
落ちると思ったのか、ぎゅっと衣服を掴む姿に、頼られる喜びを知る。
ああ、なんて可愛いんだ。
「この森は危ない。慣れないミサでは怪我をしてしまう」
そう言ってしまうとミサは疑う様子は一切見せず、「重くない?」と俺の体を気遣った。なんて優しい女の子なんだ。
「ミサは軽すぎる。このままでは、風で折れてしまう」
真剣に抗議したのにミサはクスクス笑ってから「大袈裟」と一言もらした。
「家ってシルさんのお家にむかってるの?」
「ああ。あの小屋は職場として作ったもので、俺の家は森を抜けて町にある」
「町があるんだ。へー」
言葉からは特に興味があるとは感じ取りにくいが、覗き込んで瞳を見てみると爛々と輝きを放っていたので、町に興味があることは一目瞭然だった。そんな反応が小さな子供のようで、本当に年齢を疑いたくなる。…いや、昨夜歴とした淑女だということは理解してはいるのだが。
「…町に寄ってみるか?」
「え?! いいの?!」
「ああ。どうせ夕食の食料を調達しなければならないし」
ミサの服や日常品も調達しなければならないな、と頭の中で考えているとミサが「そういえば」と声をかけてきた。
「シルさんクマの姿にならなくていいの?」
「ああ。すっかり忘れていた。森を出てしまう前に気づいてよかった。ミサ、ありがとう」
そう言って、一度ミサを地面に降ろし、ヒト型から獣へと姿を変えた。
「うわー。やっぱり熊さんだ」
「ミサは熊の方が好みなのか?」
もし熊の姿が好みなら、このまま情事は行えないだろう。ミサの好みに合わせることが出来ない自分の身体が憎い。
「うーん。熊さんはもふもふしてて好きだけど、シルさんはどっちの姿でも似合ってるよね。違和感がないと言うか」
なんて可愛いんだ!
「きゃっ!」
抱きかかえ、肉球でミサの頭を撫でると頬を体毛に摺り寄せてきた。あまりの可愛さに、口から涎が出た。
「シルさん! 涎! 涎出てる!」
「…ああ、すまない」
ミサが訝し気に見つめてきたので、今後このような失態をしないよう心に誓った。