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その瞳に  作者: 伊咲 知里
本編
2/5

後編 シル

その日は森の中が妙に浮ついているというか、地に足がついていないような、そんな雰囲気が漂っていたので仕方なしに森に出向いた。

森の中は鬱陶しいほど陽気で、入る度にエネルギーを根こそぎ奪われる感覚に陥り、本当に厄介でできることならこんな仕事放棄してやりたいとさえ思ってしまう始末だ。

無意識にため息がこぼれ落ち、近くで生い茂る落葉樹達がカサカサと音を立て囃し立てる。そのいかにもな態度に舌打ちを響かせてらやると反撃のつもりか、ザワザワと不吉な音を精一杯たてた。


「はぁ、もういいから。黙って立ってろよ」


そう言ってやると満足したように静まった。このやり取りだけでも面倒なのに、その日はやはり普段と変わっていた。


森の入り口には鬱陶しい程の落葉樹が聳え立ち、そのトンネルを抜ければ、大きな岩が無造作に二つ転がっており、そこに空間がうまれ、やっと視界が広がる。いつもはその二つの岩のうち、一つに腰を下ろし一息つくのだが、腰を下ろそうと近づいてみるとどさっと言う不吉で厄介そうな音が辺りに響き、本能のまま顔を歪めた。音がした方を見てみると、岩と岩の間を結ぶように女の子が横たわっていた。

その姿はここら辺では見かけない服に身を包んでおり、異様ではあるがそれ以上に驚くべき点は艶のある漆黒の髪。空から落ちてきた、という点も含め、この子は何処かから渡ってきたのだろう。この辺では、驚愕するほどの出来事ではないが、こんなにも身近で起きたことも見たこともなかったため、暫し固まってしまった。が、動きだそうとしない彼女に、何処か打ち所が悪く、怪我をしたのでは、という不安がよぎり、駆け寄り肩を揺さぶった。すると、瞼がピクッと動いてから少しの間をあけ、ゆっくりと開かれた。


面倒そうに開けられた瞳と共に何か発したが、こちらの言語ではないらしく聞きとることはできそうにない。

どうしたものか、と悩んでいると彼女は徐々に脳が覚醒したのか、大きな瞳をこれでもか!というほど見開き、こちらをただ眺めていた。その姿がなんとも可愛らしい。髪とお揃いの漆黒の瞳が揺れ動く様は背筋が妙にざわついた。

このままではいけないと、わけのわからない本能の警鐘に駆り立てられるように、逃げるように、口を開いた。


「…どこか痛むか?」


彼女もこちらの言葉が理解できないのか、キョトンとした表情でみてくるだけで何の反応も見られなかった。

やはりだめか、と言葉が通じないことを一瞬忘れていた自分の無能さを棚にあげ、彼女をただ見つめかえしていると、またしてもその場に倒れこもうとした彼女を反射的に片手で支えた。

上半身を片手で支えながら、彼女の細すぎる身体を壊したい衝動に駆られた。


なぜ?

…わからない。


そんな恐ろしく野蛮な思考から逃げるようにこの現状について考える。


とりあえず、言語だ。


自らのエネルギーを彼女に流せば、ある程度言語は理解できるだろう、と思い彼女の小さな頭に己の顔をあて、エネルギーを流してやった。

その際、勢い余って頭突きよろしく彼女にダメージを与えてしまったことに気づいたのは、彼女が気絶した直後だった。





気絶してしまった彼女に許可を取ることはできなかったが、このまま森にいては面倒に巻き込まれることは容易に想像できたので、早々にその場から離れ、森の入り口近くにある職場用として作った小さな小屋へ運んだ。

ベッドは簡素な作りで、出来ればこんな所に彼女を寝かせたくはないが、柔らかい彼女の肌を傷つけてしまわない場所はここしか思い当たらず、仕方なくベッドへ下ろした。降ろす際、これまでの人生の中でも細心の注意を払って優しく寝かせたつもりだが、彼女は無情にもコロンと転がってしまった。そのままベッドから落ちてしまうのではないかと一人ヒヤヒヤしたが、そのまま小さな寝息をたて、シーツに頬を寄せていたので、ほっと一息つくことができた。


そのまま彼女の寝顔を堪能していたが、先ほど感じた禍々しい感情がメキメキと足の先から這い上がってくるのがわかり、慌ててリビングへと逃げ込んだ。彼女が起きた時に何か食べれるものは無いか探そうという建前を自分に課しながら。



探してみたが、考えてみればここは普段職場として使用していたため、豪華な食材が置いてあるはずもなく、保存がしやすい簡単な食べ物や非常食しか見当たらなかった。

そもそも彼女にこちらの食材が口に合うのかもわからない、と思い当たりまたしても自分は空回ってしまっていた。地に足ついていないのは己ではないか、と皮肉ってみたが、気持ちは晴れず、その上手にしていた非常食を落としてしまった。その際ドサッという大きな音が響き、彼女を起こしてしまったのではないかと慌てて、仮眠室へ向かった。



どうやら、先ほどの物音で起こしてしまったようで、彼女はベッドから半身を起こした状態でこちらをじっとみつめていた。


「目が覚めたか」


彼女がこちらを見ているということだけに、心が安らぎ自分でも驚くほど穏やかな声で話しかけていた。が、彼女は答える様子も見せず、ただその漆黒の瞳を見開くだけだった。


「……まだ、言葉がわからないか?」

「く、ま…?」


俺の声に反応した。それだけでニヤつきそうな自分が居た。慌てて顔を引き締め、言葉を紡ぐ。


「身体に異常は?」

「と、とくには…」


特に異常はないということだろうか。そう言われても心配する気持ちは止まず、気付けば彼女に一歩歩み寄っていた。これでは彼女を怯えさせしまうだけだと己の高ぶる感情を抑え少し距離を取って跪いた。小さな彼女が半身を起こしただけでは跪いたとしても少し高さが余ってしまうが、なんとか視線を合わすことができた。


「名は?」

「阿南 美沙です」

「アナミーサア?」

「いえ。あなん、みさ、です」

「……アナッミサ?」


名乗る言葉がこちらでは組み合わせない言葉の羅列に情けないがしっかり発することができない。


「み、さ。みさです」

「ミサ?」

「あ、そうです。貴方は?」


やっと彼女の名が音となって体が出ていく。その感覚に何とも言えない幸福感が身体中を駆け巡った。


「シルリーニア・サマナ・ヴァルキヌラ」

「え?! シ…?」

「シル」


どうやら彼女も発音がしにくいようなので、適当に区切ってやる。


「シルさん、ですか?」

「そうだ」

「熊さん、ですか?」

「そうだ」

「…触っても?」

「…構わないが、君は怖くないのか?」


こちらの世界でも獣は山ほどいるが、その中でもわりと巨大で軍所属の俺たちを好んで愛でる者は奇特で、情けなくもつい聞いてしまった。


「え?! 噛みつきますか?」

「噛まない」


それもありかもしれない。

が、力の加減ができない今は噛みつけないだろう。


「じゃあ、大丈夫です」

「…変わってる」


そう言ってから、このもどかしい距離を縮め、もう一度跪いた。


「失礼、します」


彼女は礼儀正しいようで、一言詫びてから頭上をその小さな手で撫でた。その優しく慈悲深い行為に没頭するように目を閉じた。なんて安らかなんだ。


「痛くないですか?」


こんな事で痛みを感じるはずもないのに、彼女は俺の体を心配しておずおずと尋ねた。その仕草が可愛く、今すぐにでもその手を掴み、ベッドに沈めてやりたいと言う衝動が指の先に伝わるその前に「いや」と苦し紛れに言い放った。安心したのか、彼女はそのまま優しく撫でていた。


「シルさんの毛並、素敵ですね。いつまでも撫でていたい…」


なんて、罪な女の子なんだろう。

幼さ故の可愛らしい発言なのだろうが、この状況で、そんな呑気な事な言ってられるはずもなく、ため息をこぼす。


「ミサ、それは俺を誘っているのか?」

「誘う? どこにですか?」

「ベッドに」

「もうベッドにいますけど」


だろうな。

その無邪気さが時として俺を狂わせる、なんて考えもつかないだろう。


「…ミサはいくつなんだ?」

「年齢ですよね? 21ですけど…。シルさんは?」

「俺は37だが。そうか、成人してはいるんだな」

「はい。ところで、私も質問してもいいですか?」


そう言うと彼女は撫でていた手をあっさり離し、ベッドの上ではあるが、身を正した。離された手を未練がましく目で追ってしまったが、彼女が気付く様子はなかった。


「よかろう。話せ」

「ここはどこですか?」

「サニターシュ国だ。ミサは空からきたのだろ?」


空から舞い降りた瞬間は見ていないが、あの状況でこの森に入られる可能性は空からしか考えられない。それもこんなか弱い女の子が、だ。


「え?! 私、空からきたんですか?! さ、サなんとか国って?」

「うるさい。少し落ち着け」


キンキンと喚く女特有の声は、俺の耳にはよく響き少し堪えるが、取り乱した姿は可愛らしくそのまま押し通してしまいそうになる。


「…触っても?」

「…ああ」


よほど気に入ったのか、ミサは俺の毛並みを撫でると不思議なほど落ち着いた。落ち着いていく姿はなぜか少し残念な気がしないでもないが、俺の毛並みを撫で、落ち着いて行く姿もまた、悪くない。


「空から落ちてくる者は何年かに現れる。そう、珍しくもない。ミサは何も怖がることはない」


落ち着いたミサはふにゃりと口元が緩んでいた。その表情はなんとも愛らしく、思わず、ミサの頭を撫でてしまった。その上、本音まで零れた。言ってから己がこの女の子に執着していることに気づき、自分で驚くが、不思議と嫌な感情ではない。


「俺が育ててやる」

「はぁ」


俺の言葉の真の意味を理解していないのか、ミサは取り立てて拒否する様子もみせず――わかっていないだけだろうが、ミサを傍に置ける口実ができ、心臓が弾む。口元は言うまでもなく緩み、本能のままにミサの頬やら肩を撫でながら、徐々にベッドに沈めてやった。



「安心しろ。優しくしてやる」


やっと理解し出したのか、ミサはあたふたと取り乱したが、その姿も可愛らしい。ニヤニヤしながら、獣の姿からヒトの姿に変わる。ヒトの姿になったとしても、身長差は大いにありそうだが、許容範囲だろう。


「ミサ。落ち着け。交尾がしやすいように人間の姿になってやった。ありがたく思え?」


優しく頬に触れてみると、想像以上の柔らかさが肌を伝い、なんて恐ろしい女なんだ、と思いつつ締まりのない顔で触れた。


ああ、なんて愛らしい。

これからの毎日を、未来を思い浮かべただけで天国にイってしまいそうだ。


本編はとりあえずここで終わらせますが、ここからは番外編を書けたらいいな、と考えています。が、かなり亀更新&作者の好み全開になると思います。それでも読んで下さるという奇特な貴方!ありがとうございます!また会えるように、がんばって番外編書きたいと思います。ありがとうございました。

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