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第8話・制服

「そういえばユウちゃん、制服は一度着て見たの?」


 4月5日昼時、母さんはお昼ご飯を食べながらふとそういってきた。


「あぁ〜そういえばまだ着てないかも…」


「えぇ〜!まだ?

やっぱりこの前買った時に着てみればよかったのに」


――そう言われてもなぁ…。


 あの時は制服を買う前に母さんが僕を着せ替え人形のようにしたせいで、制服を着る気力も失って、結局買っただけでまだ着てないんだった。


 でも、母さんはあの後何も言ってなかったし、僕もその事を忘れていた。


「も〜明日から学校なのよっ!午後の間には着て見せて。わかった?」


「わ、わかったよ……」


 僕は母さんの気迫に押されて、渋々承諾した。


     ★


「さて………」


 昼食後、僕は部屋に戻り、ベッドの上に制服を並べた。


 蓮根高の女子制服は藍色のブレザー、その下に着るシャツ、そして紺色のスカートで構成されている。

他に夏用の空色の半袖シャツとさっきのより薄い生地でできたスカートもあるが、これは今は関係ないので後にしよう。


 これを着ると考えると僕は恥ずかしく思った。


 この前買った服も十分恥ずかしいけど、それでも制服となるとその倍以上の恥ずかしさを感じる。


 だって制服は今後二年間ほぼ毎日着る物だし、それを元男の僕が着るだなんて到底考えられなかった。


……でも、そんなこと言っても何にもならない。


「…ええい!こうなったら僕も男だ(今は女だけど)!これぐらいチャッチャと着てやる!」


 やけになった僕は蓮根の制服を着始めた。


(着替え中…)


「ハァッ…ハァッ……。

……できた!」


 僕は5分かけてこの苦行を乗り越えた。


「……さっさと見せてさっさと脱ごう」


 そう強く思い、僕は母さんの居る部屋へ早足で向かった。




「母さ〜ん、着替えたよ」


「ホント!?速く来て!」


 僕は母さんに促され、部屋の中に入った。


「きゃ〜!やっぱり可愛い〜!!」


……うぅっ、やっぱり恥ずかしい。


「やっぱり制服って女の子が一番可愛く見える服よね〜」


…。


「本当に、まるで翼の生えた天使みたい!

いよっ羨ましいね〜」


……。


「それにしても、まるで30年頃前のお母さんを見てるみたいよ。

あぁ〜、あの頃が懐かしい!」


………。


「あっそうだ。写真撮らなきゃ。

はーい笑って〜」


“カシャッ!"


「うん、ユウちゃんって写真写り良いわね〜」


…………。


「いや〜それにしても…」


「もう止めて!」


 僕は涙目になりながら怒鳴るように言った。


「ゆ、ユウちゃん?」


「さっきから僕のことをおもちゃみたいに扱って……、僕がどれだけ恥ずかしい思いをしてるかわかってるの!?」


「…………」


「それに僕がこの身体になってから母さんは僕をいじってばっかり!

ずっと我慢してたけど正直迷惑だよっ!」


「……そんな風に、思ってたの?」


「そうだよ。母さんは僕で遊んでるつもりだっただろうけど…」



“バチンッ"


 突然頬に痛みを感じた。……それは母さんの平手打ちの痛みだった。


――母さんが、僕に手を出した?


 僕は困惑してキョトンとした。

母さんは今まで、僕が悪いことをしても、叱りはしたけど実際に手を出したことはなかったからだ。


「遊んでなんかないわよ!

私は優が心配なのよっ!」


「し、心配…?」


頬を叩かれたからか、僕は少し冷静になる。


「そうよ。

今は想像もできないかもしれないけど、優はこの先どんどん女の子として成長するわ。

そうなると、だんだん女の子の友達が増えて、いろんな服の話をしたり、おしゃれしたりすると思うから、早く女の子の服に慣れてほしいの」


 そんなこと、今まで考えたこともなかった……。


 母さんは、僕のことをちゃんと考えてあんなことをしてたんだ。


 ただ遊んでたんじゃなかったんだ…。


「……ごめん。そんなことを考えてくれてたなんて思いもしなかった。

僕の方が、母さんの気持ちを考えてなかったよ」


「まあ、確かにちょっとやり過ぎたわね。

優の気持ちも考えなかったこと……許してくれないわよね」


「ううん。……僕も母さんの気持ちも知らずにあんなこと言ってごめん」


「お互い様ね。

こっちは手まで出しちゃったし。

あっ、それと…」


 母さんが続けた。


「恥ずかしがっちゃ駄目よ。

優は本当に可愛いんだから、もっと胸を張りなさい♪」


 母さんはいつもの明るい口調に戻った。




「胸を張れ、か…」


 部屋に戻った僕は、ふと目の前の大きな鏡を見た。


 この鏡はこの前母さんが、部屋が殺風景だからって買ってきた物だ。


「……やっぱり恥ずかしいけど……、結構可愛いかな?」


 僕は鏡の前の女の子を見て呟くと、顔を赤くした。


――何言ってるんだろう。ナルシストじゃあるまいし。


僕は自嘲しながらそう思った。




いよいよ明日は、女の子になって初めての学校だ――。


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