第7話・ポラリス
4月2日、夜。
晩ご飯も食べ終え、お風呂にも入った後、僕は自分の部屋に戻った。
とりあえず暇なので本を読んでいたところ、10ページ目を読み終えたところで携帯から電話が来た。
誰だ、と思い着信画面を見ると、そこには「冬路」と書かれていた。
「もしもし」
『春崎、明日暇か?』
「?、大丈夫だけど」
『じゃあ明日13時に家に来てくれ。親父がお前に話しがあるらしい』
「店長が?」
冬路の家は喫茶店をやっていて、僕はその喫茶店、「ポラリス」でアルバイトとして雇われている。
「わかった。13時だね」『ああ。じゃ、伝えたからな』
そう言って冬路は電話を切った。
「話しってなんだろう…?」
僕は本を読むのも忘れるくらい考えた。
……もしかしたらずっと休んでいたから怒ってるのかもしれない。
思えば僕は熱を出した時からずっとバイトを休んでいたので可能性は高いかも…。
……そう言えば店長は僕が女の子になったのを知ってるのかな?
…いや、知ってるだろ。冬路ならその事をちゃんと話してるだろうし。
僕は少し不安に思いつつも、その事は保留として再び本を手に取った。
★
翌日、12時半。
お昼も速めに終えて、僕はポラリスへと向かった。
ポラリスは蓮根高の通学ルートの中にあり、10分程歩けば着いてしまう距離だ。
でも僕はこうゆうのは約束の時間前に来てしまう主義なので、20分も余裕を持って来てしまった。
「よう春崎。やっぱり約束前に来たな」
店に入ると業務用のエプロンを着た冬路が出てきた。
「へへ、ごめん」
「まあいい、すぐ親父呼んでくるから」
そう言うと冬路は厨房に入り、すぐに店長を連れて来た。
「これは優さん。あれ、優さんは?」
冬路と同じ眼鏡をして、口髭をはやしたいかにも人の良さそうな顔をした店長は辺りをキョロキョロ見回す。
ちなみに今この店には僕達3人しかいない。
「親父、……目の前」
冬路に指差された僕を店長は目を丸くして見る。
「ど、どうも店長…」
「き、君が優さん?ひえ〜!」
店長が大袈裟なリアクションをとる。
「いや〜冬路から聞いたけど、まさかこんなに可愛い娘が優さんとは。
いや当然前から顔が良かったから女の子になって可愛くなるのは当たり前だけど、まさかこんなに可愛くなるなんて夢にも思いませんでしたよ!ホントに」
店長がやたら早口で喋る。冬路もやや呆れ顔だ。
「あの店長……、今日は話しがあるって聞いたのですけど…」
「おぉっとそうだった。
それじゃあ……」
店長の目がいつもの冬路と同じような真剣な目になる。
「優さん、君はかれこれ一ヶ月バイトを休んだわけですが……」
「その……やっぱりクビですか?」
そう不安になって言うが店長の目が元に戻る。
「いいえ、クビになんてしませんよ。
優さんの事情は冬路から聞きましたし、スカウトした身としては勝手にクビにはできませんしね」
そう、僕は店長にお金がないことを相談して、ポラリスでバイトをしないか、と誘われたんだ。
「じゃあ、クビにはしないんですか?」
店長が頷く。
「ええ、もちろん」
僕は安堵のため息をついた。
……よかった。ホントによかった。
「それで今後ですが…、日にちはこれまで通り月・火・金・土曜日にやってもらいます。月・火・金曜日は午後4時から7時、土曜日は午前9時から午後5時までで」
「はい」
「…で、バイトの間はこれを着て下さい」
店長が出した服を見て僕と冬路は口を大きく開いた。
店長が出したのは僕が苦手なフリフリがついた所謂メイド服という物だった。
「て、店長……これは…」
「女性用の作業着ですが」
「いや親父、こんなの初めてみたぞ」
「こ、これを着るんですか?」
「ええ」
店長が涼しい顔で言った。
……なんてことだ。
「親父、本人メチャクチャ嫌な顔してるぞ」
「え〜だってなぁ」
「……勘弁してください」 その後、服のことで口論となり、結局前のエプロンを使うことにした。
……代わりに給料減らされたけど。