第5話・そのままで
3月31日。
ようやく僕は退院の日を迎えた。
1ヶ月以上動かしていなくて弱っていた身体も1週間のリハビリですっかり良くなり、女の子として生活するための最低限の知識も身に付けた。
「それじゃあ、ありがとうございました」
「はい。優君、これからつらいこともあるでしょうが、それでも負けないでください!」
先生の激励を貰った僕は涙を浮かべてながら兄さんの運転する車に乗った
…この病院はいい思い出は全然なかったけど、それでもいざ離れるとなると寂しく感じるものなんだ。
★
「ただいま〜」
この当たり前の台詞を言うのも何日ぶりだろうか。僕は久しぶりに我が家の玄関の扉を開けた。
「さて…改めまして……」
母さんが僕の前に来て、僕を抱きしめた。
「お帰り!ユウちゃん!」
「わぁ!ちょっ、母さん何だよユウ“ちゃん"って!」
「だって女の子に“君"なんて着けたらおかしいでしょ?
だからユウちゃんって」
「うう…ただでさえ“ユウ君"って呼ばれるの子供みたいで恥ずかしかったのに……」
「ほう?ちょっと前にこの歳で母親の胸を借りて大泣きしたヤツの言う言葉じゃないな?」
兄さんは顔をニヤニヤさせて僕を見た。
「に、兄さんまで!」
「ほらユウちゃん。入院生活は窮屈だったでしょ?
自分の部屋で休んでなさい。お母さんはパーティーの準備をしなきゃいけないから」
「あ、じゃあ僕も手伝うよ」
「だ〜め。ユウちゃんは休んでなさい」
母さんが人差し指を僕の顔の前に出す。
「そんな気を使わなくても…」
「いいからお母さんに甘えなさい!
疲れてるんでしょ?今日はユウちゃんが大好きなオムライスを作るんだから!」
母さんは僕を強引に部屋に連れて行った。
仕方がないので僕は部屋の中に入った。
当たり前だけど、部屋の中はいつもと何も変わってなかった。
無駄な物は一切ない、勉強机とベッドだけの質素な部屋だ。
この部屋を見て、僕は本当に帰って来たんだな。と、思った。
「優」
開いてるドアの間から、兄さんが話しかけた。
「母さんは全く無理してないぞ。
だから優も、変に気をつかわずにいままで通りに過ごせよ。
ここはお前の家なんだからな」
「兄さん……」
僕は兄さんの言葉でまた涙を流した。
「まったく。お前女になって涙腺緩んだんじゃないか?
じゃ、俺は母さんを手伝いに行くからな」
そう言って兄さんは1階に降りて行った。
兄さんが行った後僕はベッドに横たわった。
背が縮んだため少し広く感じたけど、やっぱりどのベッドよりも落ち着く僕のベッドだった。
「1番気をつかってたのは僕だったみたい」
僕はそう言って少し眠った。
その後、夕ごはんは僕の好きなものばかりだった。
それも、いままで以上に美味しく感じた。
物語は四月に続く――。