第2話・宣告
「ユウー、もう少しだぞー」
「はぁ…はぁ……」
先にゴールした敬一の応援も耳に入らないぐらいに僕の体力は限界に近ずいていた。…いや、すでに限界だろう。
普段は後ろを向けば冬路が見えるはずだが、今僕の後ろには誰もいない、当然前にも誰もいない。
…要するに僕が最下位だ。
何でこんなことになったかと言うと、突然高熱を出してしまったからだ。
持久走が始まった時は特に何もなかったが、コースの2周目の時くらいに突然頭が痛くなり、それから身体がまるで燃えるように熱くなったんだ――。
――ああもう持久走なんて大嫌いだっ!
そんなことを考えている内にゴールが見えてきた。
――よし、これでこの地獄から開放される。
僕はフラフラになった頭と足でゴールに向かっていく。そしてゴールを表す白い線を踏み、僕は倒れ込んだ。
「春崎、45分27秒。なんだ〜何時もより8分遅いぞ?体調悪いのか?」
タイムを告げる先生の言葉も聞けないくらい意識がもうろうとしてきた。
だがいつまでもこうしているわけにはいかない。早く起きよう。
………あれ?体に力が入らない。動かない。
「どうしたー早く起きろー」
「…………」
どうゆうわけか声も出せない。おかしいな…こんなことって……
「春崎、春崎っ!おい!しっかりしろ!」
先生が何かを大声で言っているところで僕の意識は途絶えた。
★
「ユウ君、優!しっかりして!」
「んっ……」
優は目を細く開けて自分を呼ぶ声を探した。そこには心配そうに優を見る優の母、美子がいた。
「母さん…」
「良かった…学校から優が倒れたって聞いたから、心配したのよ…」
美子が涙を流しながら優を優しく見る。
「優」
もう一つ声がしたのでそっちを見る。そこには頭にタオルを巻いた色黒で整った顔の男がいた。優の兄の洋だ。
「兄さん…仕事大丈夫なの?」
「お前が倒れたって聞いたから慌て飛んで来たんだ。全く、倒れる程体調悪かったのに何で俺や母さんに言わなかったんだ!心配したんだぞ」
「ご、ごめん…」
優が顔を俯かせる。
「全く…」
「失礼します、春崎君」
ドアから白衣を着た中年の男が出てきた。恐らくこの病院の医者だろう。
「あっ、先生。この度は優が…」
「まあお母さん、そのことは後で…それに…これから私が言うのはとても明るい話ではありませんので…」
その言葉で優をはじめ、美子や洋が不安な顔をする。
「じゃあ優君、熱がでたのはいつ頃ですか?」
「今日の早朝…お弁当作っている時から……その時はほんの微熱くらいでしたけど」
医者は優の話を聞きなるほど、と返す。
「それで、その熱の事なのですが……今は解熱剤を飲ませたので引いていますが…」
医者が一旦俯いて再び優達を見る。
「優君が突然発熱した原因、そしてそれが治るかどうかは、今の医学では全く解らないことが判明しました」
「えっ…」
医者は続けた。
「今言えることは、このまま治療法が解らない場合、……やがて死に至ることです」
「「「!!!!!」」」
「僕が……死ぬ?」
「先生、嘘ですよね?優が…そんな……」
「お気持ちは察しますが事実です。ですが、我々もこれからも原因を探ってみるので…」
死の宣告を告げられた優は、これまで味わったことのない程の絶望感を感じていた。
★
僕が死の宣告を受けてからもう1ヶ月くらい過ぎた。あれから病院に入院することになり、学校にも事情を話した。
学校側では僕は風邪をこじらせた、ということになっていて、他の生徒にはそう伝えたらしい。
入院2日目の日には敬一と冬路が来てくれた。
2人とも僕のことを凄く心配してた。
その日僕は2人といつもと変わらないような話をして楽しんだ。
2人が帰るのを見て僕は少し淋しく感じた。
――僕がこうして友達と話せるのもあと少ししかないんだ…。
そして今、3月17日。
ここに来てから時間の流れがゆっくりに感じるようになった。例えるなら、ビデオのスロー再生のようにゆっくりだ。
それでも母さんや敬一達が来るときは凄く時間が短く感じる。
こうゆうのって楽しい時とかは短く感じるだっけ。
でも、今日は誰も来ない。当たり前か。そう毎日僕に会うほどみんな暇じゃない。
だから今日は凄く時間が長く感じる。
「寂しい……」
僕はポツリと言った。ここに来てそう思うようになったのはもう何度目だろう。
何もない病室、部屋は個室で、やって来る看護師もどこか機械的。ずっとこんな状態だと、今度は自分まであの看護師のように機械的になってしまうんじゃないかと思うと怖くなる。
そんなことを考えているともう夜も眠れない。
――元の生活に戻りたい。
僕はもう絶対かなわないことを思った。
…その時。
「!」
僕の頭があの日のように熱くなった。
しかしこの状況ももう何度目かも知れないぐらい体験した。すぐに解熱剤を飲めば…。
!、解熱剤が無い!
もう使いきったのか!
「はぁ…はぁ…」
僕は必死にナースコールを押す。これですぐに看護師が来るはずだ。
「!……うぅ……」
熱が身体中に広がっていく。ここまでひどいのは初めてだ!
「は、早く…来て……」
その言葉を言うと同時に看護師が慌てやって来た。
やって来ると同時に、僕の意識も消えていった。
★
――真っ暗だ…。
――何も見えない。
目を覚ますと僕はとても暗い所にいた。
そこは、自分の身体が全く見えない程暗かった。
――ここはどこだろう?そして、何で僕はここにいるんだろう?
僕は記憶を手繰った。そこで一番新しかった記憶は、僕が病室で高熱を出して、看護師を呼んだところだった。
そんな状況でどうしてこんな所にいるのか考えた。
――ああ、そうか…。
――ここは、死後の世界か…。
――僕は、あのまま死んでしまったのか…。
僕はそうやって結論づけた。
――16年、なんて短い人生だろう。
日本は長寿の国の筈なのに……。
母さん達……悲しむだろうなぁ。
きっと母さんは僕の死を知るとショックで倒れてしまうだろう。
いや、母さんだけじゃない。
兄さんも、敬一も、冬路も…、僕が死んだのを知ると絶対悲しむだろう。
――橘さん…。
僕はふと橘さんを思い出した。橘さんは、僕が死んだことをどう思うだろう。
僕が死んだことは当然話されるだろうから、きっと最初は悲しむだろう。
でも、時間が経ったら僕のことなんて忘れてしまうんじゃないだろうか。
……ハハ、仕方ないか。だって僕らは少ししか話したことがないんだから。
――悔しい…。
僕は自分が悔しかった。
なんて僕は弱いんだろう。
なんて僕はつまらないんだろう。
何で、僕はこんなすぐに死んでしまったんだろう。
自分が惨めで仕方なかった。
―ーもっと…生きたかったなぁ…。
僕は二度目の絶対かなわない願いを呟いた。
その時!
“ピカァッ!!"
――ッ!
突然目の前暗闇の一部が輝き始めた。僕はそれを見て目を細める。
『………ぶ……』
――えっ…?
『大丈夫……あなたは死なない……』
目の前の輝きが女性の声でそう言った。
とても、温かくて、優しい声だった。
――君は……?
『絶対……あなたを死なせない』
輝きはさらに強くなった。僕はそこで、再び意識を失った。
★
「駄目だ!心臓が動いていない!」
「心臓マッサージだ!早く!」
一方、治療室は大騒ぎだった。
病室から運ばれた患者、優が心臓の動きを止めてしまったのだ。
「クソッ、もう駄目か…」
医師達は諦めかけた…。
その時!
「先生!患者の心臓が再び動き始めました」
一人の研修医が医師にそう告げた。
「な、何!本当か!?」
「はい!しかし…患者の身体が…」
医者は優の身体を見る。
「こ、これは…」
医師達は優の身体の変化を見てこれ程もなく驚愕した。