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第20話・無謀な説得

「さあみんな~、クラスマッチ近いんだから今日も張り切って行きなさ~い」


 体育の先生の掛け声でみんなが散り散りに支給されたラケット片手にテニスコートへ足を踏み入れた。

当然僕も秋ちゃんと栄倉さん、蜂島さんと一緒にテニスコートに向かった。


「さて今日も行くか! 足手まといになるなよ秋奈!」


「……礼ちゃん怖いよ」


 蜂島さんはテニス部なだけありもの凄く張り切っていた。普段は大人な感じなだけありこのギャップにすさまじいものが見える。


「さ、僕らも頑張ろう栄倉さん」


「うん! 今日はすごく調子がいい感じがするの!」


 それで僕のパートナーとなる栄倉さんは、いつもこんな感じに元気で明るい子なんだけど、少しおっちょこちょいな性格で失敗も多く、運動や勉強の方もあまり得意ではないけれど、この元気さでとりあえず酷く言われることがなく、なんだか憎めない感じな子だ。


 当然このテニスでもいつも調子がいいと言って毎回失敗するけれど、それがなぜだか許せてしまう。


「行くぞー、うらぁッ!」


 蜂島さんが打ったサーブは凄く速かった。あまりの速さで僕も栄倉さんも動くことすらできない。


「ちょっ、初めから速過ぎるよ礼!」


「これくらい打てないと本番で何もできないだろ!」

「みんながみんな礼ちゃんと同レベルってわけじゃないでしょ……。

あくまで学校内での交流を深めるためのものなんだから、少し手加減しないとみんな泣いちゃうって」


「……ちっ」


 次のサーブはそこまで早くないので僕はそれを打ち返す。

蜂島さんのサーブは現役テニス部なだけありスピードを抑えていても重いボールだった。

……これ、軟式のボールなんですけど……。


 続いて僕が打ったボールを秋ちゃんが打ち返し、それを栄倉さんが打とうとするけど……。


「よっ、……ひゃあ!」


 こけた。打ったボールもあらぬ方向に飛んで行った。


「何やってんだ麻衣花! さっさと拾って来い!」


蜂島さんが鬼のように怒る。


「は、はいっ」


「あっ、僕も行くよ」


 少し可哀想に見えた僕は栄倉さんを追いかけた。




 ボールが飛んで行った方を探して行くと、体育館前の茂みに栄倉さんは居た。

ボールはまだ見つかっていないようでしきりにうーん、と小さい唸り声をあげている。


「栄倉さん」


「はっ!」


 栄倉さんは驚いた声で振り向いた。よく見ると少し涙目になっている。


「僕も手伝うよ。二人の方が早いし」


「あ、ありがとう春埼君……」



 茂みは結構深く、探すのはなかなか難しい。

誰か来てくれて嬉しくなったのか、栄倉さんは明るい表情に戻り、明るい口調でしきりに話しかけてきた。


「春埼君って結構テニス上手いんだね。昔やってたの」


「うん、小学生の頃よく敬一とやってたんだ。まあホントに遊び感覚で、ルールもあまり関係ないものだったけどね。ルールもあまりよく知らなかったし」


「そうなんだ。はぁ~、でも礼もあんなに厳しく言わなくてもいいのにね。本当の大会とかじゃあないのに」


「蜂島さんは自分の得意分野だから張り切ってるんだよ。……まあ、確かに行き過ぎてるとは思うけど」


「でしょ! あいつ昔からいつもはクールぶってるくせにテニスが絡むと途端にキャラ変わってさぁ」


 僕は彼女の話を苦笑しながら聞いていた。


「うーん見つからないね」


「もしかしたら体育館の裏かなぁ」

 栄倉さんは体育館の方を見た。


「……行ってみる?」


「こうゆう時の体育館裏ってなんかのフラグっぽいけどね」



     ★



「あ、あった!」


 体育館裏を見ると、意外とわかりやすいところにボールがあった。


「さて、はやく戻ろ」


 今更戻ってきても礼にどやされるだけだろうけど、今はあまりそれは考えないでおこう。


「うん、……ん?」


 ふと、春埼君がその茂みに近づいた。


「えっ、ちょっと、春埼君!?」


 春埼君につられ、あたしも茂みに近づく。

茂みの前に着くと、あたし達は一旦立ち止まった。


「どうしたの?」


「ここに、人影が見えた」

「一応今授業中だよ? こんなところにいる奴なんて……」


 あたしの言葉は無視して、春埼君は茂みをゆっくり開いた、そこにいたのはやっぱりというか彼らだった。




「日比谷……千代田さんに丸ノ内君君も……」


 日比谷達は茂みの中で特に何かするでもなく、ただ、そこにいた。

見られて不機嫌そうな顔になった日比谷は重く口を開いた。


「お前ら……何しに来た……?」


「あ、あんたらこそ何してんのよ!」


「ンなのお前に教える義理はないよ!」


「ちょっ、千代田さん、やばいっすよ啖呵切っちゃ……」


「……………………」


……何でだろう? あいつら何もしてこない。

日比谷はただ春埼君をギラリと睨んでるだけだ。


「ね、ねぇ、早く戻ろ?」


 あたしは春埼君に促すけど、春埼君はそのまま動かない。

ただ、彼女はいつもとは違う凛とした目つきになっていた。


「……ねぇ、丁度よかった」


 突然表情を元に戻す。


「何だよ?」


「来週のクラスマッチの話だけど……」


 ちょ、何言ってんの!?


 少し睨み合って、それからコロッと表情変えて、クラスマッチの話なんてしようと思ってるの?

普段からよく楽観的と言われるあたしにすら彼女の神経が理解できなかった。


「クラスマッチだぁ?」


「そう、クラスマッチで大縄跳びやるよね。その話し合い次のLHRでするんだけど、クラス全員が集まらないとできないんだ。

だから……、いるだけでいいから、つぎのLHRにでてくれないかな?」


――そんな話が通用するはずがない。

頭の悪いあたしでもそれはすぐに思った。


「バカ言ってんじゃないよ! ウチらはあんたに手は出さないとは言ったけど、命令までされる筋合いはないよ!」


「……それはわかってる。ただ、できればそうしてほしいって思っただけだから」

「そんなことで情を立てても無駄だぞ」


「そんなつもり……ごめん、強制しないんだっけ。

でも……」


 春崎君は少し俯いて、最初の凛とした目でまた目線を日比谷達に合わせた。


「なんで君達はそんなに悪ぶるのか、それだけ教えてくれないかな?」


 ま、まずいって……、そんな逆なでするようなこと言っちゃ……。


「テメェェェ!いい加減にしろよなぁッ!

ンなこと聞いて何になると思ってるんだぁぁぁッ!」


「ほらーやっぱり! もうまずいよ春崎君、こんなやつらほっといてもう行こうよー!」


「誰がこんなやつらだって!」


 ひいぃ! あたしまで標的にされたぁ!


「やめろ千代田、丸ノ内」


 そこに止めに入ったのは他でもない、日比谷だった。


「一つこっちも聞く、何故お前オレらに構う。


一度酷い目に合わせたオレ達を、憎んでるはずだぞ普通は」


「僕は人の罪は憎むけど人事態は決して憎いと思わない、絶対に」


「……ずいぶん恥ずかしいこというな」


 日比谷が背中をボリボリと掻く。


「オレ達が悪ぶるのは、誰もオレらを見ないからだ。

誰もオレらを必要としねぇ、何かしてもなんとも言わねぇ。ずっとそうだった、だから何しようが勝手だと思ってこうしてるのさ」


「なるほど……。でも、本当にそうかな?」


「何?」


「本当にみんながみんな君達を必要としないのかな? 単に自分がそう思ってるだけで、実は結構必要と思われているかもよ?」


「どうゆうことだ!?」


「例えばさっきクラスマッチのことを言ったけど、これは君達が必要だからって呼んだんだよ」


「そんな都合のいい話で……」


「確かに都合がいいと思う。でもほんの少し、一瞬でも君達を必要とされてるじゃないか」


「…………」


 すごい……、日比谷を言葉で黙らせた。


「日比谷さん! こんな世迷い言に耳を傾けるんですかい?」


「そうだよ!よくこんな恥ずかしいこと平気で言えるね」


「オレも世迷い言だと思うし、聞いててカユイと思う。

だが、こんな世迷い言を今時これほど長く面と向かって言えることに、ある種の敬意を持てる」


「「…………」」


 千代田と丸ノ内の黙り込んでしまった。


「……もし、来てもオレ達を邪見に見るだけだったら、どうするつもりだ?」


「だったら僕を好きにしていいよ。

何をされても、これは自分のせいと割り切り、文句は言わない」


 春崎君の目はいつもの優しい目に戻っていた。

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