序章 第1話・始まり
「行ってきま〜す」
僕、春崎 優はお決まりの挨拶をすると同時に、家から出て学校へ向かった。
僕の通う色島市立蓮根高校は、この家から出て20分の距離にある。
もっとも、今7時半で1時間目は8時35分だからかなり早くに出ていることになるが、これぐらいゆとりを持って行く方が僕にはちょうどいい。
そんなわけで、僕は散歩しているお爺さんや、駅へ向かうサラリーマン以外誰も通っていない傾度30度の坂を登りながら、学校へ歩みを向けていた。
★
「ふぅ…」
学校についた僕は下駄箱で靴を履き替え、自分の教室の1年3組に向かっていた。
「あっ、春崎君。おはよう」
二階への階段上り終えると同時に、少し茶色のかかった肩に乗るくらいの長さの黒髪の女の子が挨拶してきた。
橘 秋奈さん。僕のクラスメイトだ。
「た、橘さん、おはよう。き、今日は早いんだね」
僕は少し緊張しながら言った。
「うん、今日日直だから。これから日誌取りに行くの」
「へ、へぇ」
「そ。じゃ、後でね」
橘さんは僕に手を振った後、僕に背を向け職員室へ向かった。
「橘さん…」
僕は橘さんが向かった方を見てポツリと呟いた。
橘さんが僕に話し掛けてくるようになったのは、11月の文化祭の時からだ。
僕達は偶然同じ当番になり、それがきっかけで橘さんは僕に話し掛けてくるようになった。
僕はあまり女の子と喋ったことが無いので、殆どは相槌をうったくらいだけど、文化祭が終わってからも毎日挨拶を交わすようになった。
それでも、僕は未だに慣れないけど……。
「って、早く行こ」
僕は足早に、再び教室に向かった。
★
「おはよー」
「よう春崎。相変わらず速いな」
教室の中に入った僕に窓を拭いてる眼鏡を掛けた男子生徒が挨拶した。
このクラスの学級委員、坂下 冬路だ。
「おはよう。冬路も速いね」 僕は自分の席に座りながら言った。
「なに、仕事だからな」
学級委員は朝8時より前には学校に来て、鍵開けや窓拭き等をしなければならない。
これはよほど真面目な人でないと出来ない仕事だと思う。
「おーっすユウ、冬路」
元気が良い声がドア側から聞こえたので僕達はそっちを向いた。
その声の主は健康的に焼けた肌が印象的な、明るい茶髪の男だった。
彼は僕の幼なじみの夏木 敬一だ。
「おはよー敬一」「おう、夏木」
これでいつもの3人が集まった。
★
「ところで、今日の4時間目の日本史、体育に変更らしいぞ」
冬路が不意にそんなことを言い出した。
「マジか!やった日本史潰れるぜ!」
敬一がガッツポーズして言った。
「…羨ましいよお前が」
「まったく」
「なんだよ、お前らはあの柴田の念仏ような唱える授業のほうがいいのか?」
「そうゆうわけじゃなくてな、お前は体育に変更して嫌じゃないのか?」
「今月持久走だよー」
冬路と僕はそれぞれ不満をこぼした。
冬路は元々運動は苦手で、体育の授業はいつも憂鬱そうな顔をしている。
僕は運動が嫌いというわけじゃないが、持久走は嫌だ。
あのいつまで続くか分からなくなるような感じがどうも好きになれない。
それも昨日やったばかりだし。
「なんだよだらしないなぁ。おっと、ちょっと便所行ってくる」
そう言って敬一は一旦教室を後にした。
「まったくあの元気…、羨ましいよまったく」
「だね」
冬路は呆れ顔で、僕は苦笑しながら敬一が行った方を見た。