第16話・陰の正体
5月7日、ゴールデンウィークが終わって久しぶりの登校。
僕はいつもと同じ時間に教室についた。だけど、そこには信じられない光景が待っていた。
「……連休だったのに」
「俺も来た時はそう思った」
僕の机の周りにゴミが散乱していた。
それだけじゃない、変えたばかりの机には傷がいっぱい付いてて、おまけに「死ね」とか「女男」などの落書きが書いてあり、他に雑草を摘めた花瓶が置いてあった。
「俺が来た時はもっとゴミがあったんだ。
こんな紙くずだけでなく生ゴミまで」
「僕……ここまで恨まれてるのか……」
「先生にはもう報告した。だがまたやるだろうなここまでやるってことは」
もう怒りなんて込み上がらる気にすらならなかった。ただ、自分をこんな風に思う人がいることを改めて思い知らされた。
★
6時間目が終わって今日最後のホームルーム、俺は今日も疲れた、という意味で手を伸ばして一つ呼吸した。
隣をふと見るとユウが哀しそうな顔をしたまま、黙々と教科書などを鞄の中に片付けていた。
今日のユウは酷く災難だった。まず最初に机に傷や中傷と言えるものをつけられ、次に音楽の授業の移動教室の際に上から水が降り、さらに弁当がなくなったりと、酷い有り様だった。
これは明らかにいじめと言われるものだ! 一体どいつがユウをこんな目に……。
しかし、だからといって俺がユウにやれることなんてほとんどない事が現状だ。
何か力になってやれることがあれば……。
「? ……どうしたの敬一?」
考え込んでいる間に当の本人が話しかけてきた。
表情は辛さを隠すためか元に戻っていた。
「い、いや、何でもない」
「そう……」
ユウの表情がまた哀しそうな物に戻った。
そしてまた机の物を鞄に入れる作業に戻るが、一枚の紙が出てきた事で動きが止まった。
「……?」
「どうした?」
「これ……」
その紙にはこう書いてあった。
『春崎優さん、今日17時に4階多目的室に必ずきてください。』
「怪しいな」
その字は形からして女性のもののようだが、あまりキレイな字ではなかった。
「ユウ、これは間違いなく罠だ、絶対に行くな」
「でも、もし違ったら失礼だし……」
おいおい、こんな時でもお人好し発動かよ……。
「それに、もし罠でも誰が僕にこんなことをしたのかわかるかもしれない。
お願い! 行かせて……」
「…………」
俺はしばらく考えたが、他に言うことがないので仕方ないから行かせることにした。
★
「えっ、優ちゃんが危ないの!?」
俺は秋奈の問いに答えた。
「ああ、ユウは違うかもしれないって言っていたが、これは十中八九罠だ」
「大変……でもなんで私に? 坂下君には?」
「あいつは無理だ、いざ大変なことがあってもあいつは腕力ないし、女のあんたならなんか機転が聞くかもしれない。それに……」
「それに?」
「ユウはあんたのことを心から慕ってる、俺が見た感じでも信用できる」
「夏木君……。
……わかった、力になるわ。場所は?」
「紙には4階多目的室に17時って書いてあった」
「わかった、行きましょう、時間には早いけど、優ちゃんのことだから多分もう向かってると思う」
★
<4階、多目的室前>
「ここか……」
携帯で時間を見ると現在16:42分だった。
結局僕は、予定より前に来てしまったようだ。
まあいいか、待つ側になるのはいつものことだし。
僕はそのまま多目的室に入った。
「やっぱり時間より早くきたわね」
優が多目的室前についた時には、夏木と秋奈は隣のドアの近くに隠れていた。
「多目的室の中、ドアから見ても誰もいない。送ったヤツはまだ来てないのか?」
「待ち伏せしてるのかも。
でも、私達も用意しないと」
そう言って秋奈は携帯を操作して、準備に取り掛かった。
やっぱりと言うべきか、中には誰もいなかった。
多目的室は僕らの教室と特に変わりのない作りだ。
縦5つ横6つに並べられた机、黒板と教壇、黒板の左には掃除用具入れがあり、後ろには生徒用のロッカー(もっとも、多目的室だから誰も使わないけど)、更に窓側に大型の電気ストーブがあり、ロッカーの間には人一人入れそうなスペースがあるけど、ここからじゃ死角になって見えない。
まあそんなこと気にすることもなく、僕は暇をもてあましたまま辺りを見渡すと、ふとある机が目に止まった。横から4列目の5つ目の机だ。
その机には一枚の紙が置いてあった。
なんだろう? と思って僕はその紙を手に取ると、紙にはこう書いてあった。
『かかったなアホが』
“バンッ"
紙の文を見たと同時に用具入れから柄の悪い男子生徒が現れた。
他に教壇の下から髪を金髪に染めた女子も出てきた。
どっちの顔も僕は知っている、同じクラスの日比谷と千代田だった。
「……へ? えっ……」
二人の登場に僕は驚いて言葉を失った。
……何でこの二人がここに、……まさか!
「その通り、お前を呼びつけたのはオレ達だ」
「手紙書いたのはアタシね」
まるで僕の心を呼んだかのように二人が答える。
「な、何で僕の事呼び出したの?」
「そろそろ種明かししてやろうと思ってなぁ」
「種明かし……?」
「そう、今までアンタに隠れて嫌がらせをしてたのはアタシらだよ」
そ、そんな……。
「じゃあ……、今日の事も?」
「そうさ、特に机は苦労したぜ、お前や学級委員のヤロォより早くに来て、あれだけの数のゴミをお前の机にぶちまけたのはなぁ」
――怖い、この人達怖い!
そう思って僕は後ろに下がり部屋を出ようとした。
「逃がすな」
日比谷がそう言うと僕の肩が後ろから誰かに掴まれた。
僕は恐る恐る後ろを見ると、そこには信じられない人物がいた。
「ま、丸ノ内……君」
丸ノ内君は僕の肩を掴む手の力を強め、僕を日比谷達の方に突飛ばした!
「ま、丸ノ内君? 何で? 約束したのに……」
僕は細い声で言うと、丸ノ内君が顔を歪ませて口を開いた。
「……へっ、バカじゃねぇの」
丸ノ内君の口調は、この前のオドオドした口調ではなかった。
「あんな約束、俺が素直に守るって、本気で思ってたのか? 甘ちゃんが」
「!!」
「オレらさぁ……お前のことムカつくんだよなぁ」
「そうそう、少し体が変わったからって他の奴らにチヤホヤされてさぁ」
三人が僕を囲むようにしてそれぞれ口にする。
「ホントは結構気分よかったんじゃねぇの」
「ぼ、僕はそんな……」
「ウッセェッ!」
「うっ!」
日比谷が僕に蹴りを入れた。
「オレからしたらなぁ、突然性別変わったヤツなんて、気持ち悪ぃだけなんだよ! だのに皆お前をチヤホヤともてはやして……溜まったもんじゃねぇ!」
そんな……、いるとは感じてたけど本当にそんなこと考えてた人がいたなんて……。
「ご、ごめんなさい……」
「なに謝ってんだよ! そんなことで気が済むとでも思ってんのか!」
日比谷が僕を横に倒す。
「本当に謝るんだったら、体で詫びろ」
体で…詫びる?
「おめぇ結構いい体してんだからさぁ」
「あっ、ズルいっすよ日比谷さ〜ん、俺にもヤらせて下さいよぉ……」
「なに、お前にも後でヤたせてやる」
「あ、……いや……やだ……」
このままじゃヤバい!
そう思ったその時!
“バンッ"
「日比谷ぁぁぁぁぁああぁぁ!!!」
ドアがおもいっきり開いて、開けた人物が日比谷の頬に拳を入れた。
その人は、僕がよく知る幼馴染みだった。
「け、敬一……」
「もう大丈夫だユウ」
ユウはすっかり涙目になっていた。
……あいつらぁ!
「てめぇら、よくも俺の親友をいじめてくれたな!」
俺は指をポキポキ鳴らして日比谷達に近づいた。
「……はっ、一人で何が出来る。オレらは三人いるんだぜ」
「一人じゃ無いわ!」
俺が開けたドアから秋奈が出てきた。
「秋ちゃん……秋ちゃんも来てたんだ……」
「優ちゃんもう大丈夫、こっちには切り札があるわ」
「アマが! 何が切り札だ!」
「これが切り札だ!」
そう言って秋奈は携帯を出し、少し操作して見せた。
『な、何で僕の事呼び出したの?』
『そろそろ種明かししてやろうと思ってなぁ』
『種明かし……?』
『そう、今までアンタに隠れて嫌がらせをしてたのはアタシらだよ』
「これは……」
「これで一部始終全部録らせてもらいました、下手なことしたらこれをユアチューブに流します!」
「壊しても無駄だ、既にこいつのパソコンに送ってる」
「……くそっ」
それを聞いて、ヤツらは大人しくなった。
ユウはまだ、小動物のようにガタガタ震えていたが。